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017 菓子

 アウレイアの魔法によって三人は人気のない湖畔に来ていた。そこはアウレイアがご飯を食べるために建てたと言えるログハウスのような建物がある。湖から少し離れた所に木々が広がっているが、湖周辺に高い物はこの建物しかない。アウレイアは建物の近くの畑を確認する。まだ土は乾いていない。水やりをする必要はなさそうであった。そこでアウレイアはミルとオウガストが一言も発していないことに気が付いた。畑から先ほどいた場所に戻り、二人を確認すると、みごとに固まっていた。


 ミルとオウガストはルルアージュに対して聞きたいことがたくさんあった。ここはどこなのか。なぜ今魔法を使ったのか。どうして三人とも一緒に移動できるのか。この建物はなんなのか。なぜこんな魔法が使えるかなどである。聞きたいことがありすぎて、目の前で起きたことがやはり信じられなくて頭がショートしてしまった。しばらくして先に意識を戻したのは、ミルであった。彼女は同じく固まっているオウガストに同情を抱きながらも、ルルアージュに対して口を開く。


「ここはあなたの家ですか?」


 ルルアージュが胸を張ってもちろんと答えるのでため息を吐きながらも、


「中に入りましょう」


 とミルは言った。もう、疲れたのだ。まだ日も暮れていないため、陽の光で湖がオレンジ色に輝いている。それを横目にミルはオウガストを引きずって家の中へ入って行った。


 家の中で案内されたミルとオウガストは緑色の布がかけられているソファに腰かけた。家の中も見たことのない物ばかりであり、もはや二人は一周回って冷静になっていた。ルルアージュが出してきた紅茶を何も考えず一口飲み、目の前に座るルルアージュを見る二人。ルルアージュは紅茶を一口含むとすぐに席を立ち、何処からともなく、酸味と甘みのある匂いのする物体を持ってきた。その物体の側面は黄土色で丸く上部分は黄色い熟れた果物がスライスされて並んでいた。


「これはアップルパイというお菓子よ。お気に召したら食べてください」


 そう言って、ルルアージュはアップルパイを六等分に切り分け、一つずつ皿に乗せた。差し出された皿を受け取ったミルはルルアージュが先に一口食べたのを確認すると恐る恐るフォークでアップルパイを切ってみる。さくっという軽やかな音と共にアップルパイは一口分に切れた。それをフォークで取り、口に運んだ。


 ミルは今、味の革命を感じていた。口に広がるサクッとしながらも果物で瑞々しい食感。果物の甘い味と酸味に加え、それらを引き締めるように香ばしい何かが入っている。食べなければ生きていけないからと義務的に食べている食事とは違う、楽しむために食べる食事を体験している。こんな食べ物は二度と食べられないとばかりに大切に食べた。気がついた時にはもうお皿の上にはなにもなかった。


 オウガストも同じ気持ちだったようで、フォークを片手に空になったお皿を静かに眺めている。それを見た、アウレイアはまだ残っているアップルパイを二人のお皿の上に乗せてあげる。すると、二人は顔を上げてアウレイアを凝視してきた。片方は目が隠れていてよく分からないが、二人の動作は同じなので恐らくそうであろう。アウレイアがどうぞと言わんばかりに彼らを見つめ返すと二人とも勢いよくアップルパイを食べだす。もはや貴族という位を忘れたかのようにアップルパイを口に含む二人を見て、アウレイアは微笑ましくなった。


 アップルパイを食し、一段落が着くとアウレイアはアップルパイの説明を始めた。


「これは、リンゴという果物を使って作ったリンゴパイと言いますわ。サクサクするパイの生地にこのリンゴとリンゴを煮詰めて甘くしたジャムを入れていますわ。お気に召しましたでしょうか?」


「はい。とてもおいしかったです。こんなものがあるのですね。今まで食べたことがなかったです」


 ミルが頬を染めて嬉しそうに言うのでつられてアウレイアも笑顔になる。


「それは良かったですわ。私が作ったのです。今度また作りますわね」


「る、ルルアージュ様が作られたのですか!?」


 オウガストは声を上ずらせて勢いよく聞く。その勢いに圧倒されながらもアウレイアは頷いた。


「とても素晴らしいと思います。私もこのような料理を作ってみたいと思ったほどです」


 オウガストがそうアウレイアを褒める。


 アウレイアの中の常識では貴族は料理を作らない。肉を切り、焼くことは野蛮とされ、なぜか料理全てが忌諱された。よって貴族に料理人になる人はおらず、必ず料理のできる平民を雇っていた。その為、召使いや侍従に何度も毒見をされ、手元に来るのは冷え切ったまずくはないけれど何処か足りない料理。そのことに納得いかなかったアウレイアは自ら料理をこっそり始め、美食家を自称するようになった。貴族界におけるアウレイアは変人の筆頭であったことを自覚している。


 それは前世の話だ。今世のこの国では貴族の料理に関する忌避は少ないのかもしれない。


「…よろしければ、今度教えましょうか?」


 試しにそう言ってみれば、オウガストは表情が見えないものの、嬉しそうな雰囲気を出した。


「本当ですか?それはぜひお願いします!」


 その横でミルが面白くなさそうな顔をしている。ミルは料理に対して忌避感があるのかもしれない。そう考えたアウレイアは話を変えることにする。


「本題に入りましょう」


 そう言った途端、ミルの顔が悲しそうな顔を作った。それは一瞬の出来事で、すぐに表情は元に戻る。だが、どうやらオウガストも気が付いていたらしい。


「どうかされたのですか?」


 顔をこちらに向け、聞いてくるオウガストに対し、ミルはそっぽを向いて何でもありませんと答える。少しの間を置いてオウガストがはっとして、ルルアージュに話しかけた。


「ルルアージュ様。恐らく、ミル様もルルアージュ様に料理を教わりたいものと見られます」


 上司に報告するような口調でそう言ったオウガストに向けてミルは鋭い視線を送る。


「オウガスト様?あとでお話があります」


 尖った声でそう言うミル。アウレイアはフォローの為にミルに話しかける。


「ミル様。ぜひミル様にも料理を教えたいわ。あなたがよろしいのでしたら一緒に料理を教わりませんか?」


 これで断られたらものすごくショックだと考えながらもアウレイアはミルの返答を待つ。ミルはそっぽを向いて、膝に置いている手を落ち着かない感じで動かしながら答えを言った。


「し、仕方ないです。教わってあげます。…ただ、下手でも文句は言わないでください。畑仕事はしたことがありますが、料理をしたことはあまりないので」


 これは、あれである。アウレイアの数少ない友人にも一人だけいた、所謂ツンデレではないのだろうか。ツンデレはツンデリア・マデレードという名の令嬢がこのような性格で、様々な令嬢や令息の胸を打ち抜いていったという本当の話から作られた造語である。恐らく、アウレイアのいた国でしかこのような名称はなかっただろう。


 ふと、オウガストがミルにより胸を打ち抜かれていないかと表情を伺うが、残念なことに隠れて見えない。


「…オウガスト様はなぜ前髪を伸ばしておいでで?」


 思わず疑問を口にしてからアウレイアはしまったと思った。誰でも何かしらの行動に理由はあるのだ。その理由は人によって様々で中には打ち明けたくないという理由もあるかもしれない。まだ出会って一日目の知人に打ち明けることはためらわれる可能性が高い。その場合はオウガストもアウレイアも申し訳ないという気持ちでいっぱいになり、場の雰囲気は悪くなるだろう。もっと親しくなってから聞くべきだった。アウレイアがそう後悔していると、オウガストがあっけからんとした口調で前髪について話し出した。


「これは、義母様に言われて伸ばしていました。ただ、私自身も周りが見えづらく周囲に悪い印象を与えているのではと疑問に思っています。義母様があまりの剣幕で切るなと言っておりましたが、もはや私は寮に住んでいる身です。切ってもいいのでしょう。切るにあたっての人を雇わなくてはならないというのですが…」


 オウガストにかかっていた呪いで人を雇えなかったということかと察したアウレイアはある提案を出す。


「私が切りましょうか?」


「はあ?」


 思わぬ提案にオウガストは本音を声に出した。ルルアージュに髪を切ってもらう。確かにそれは嬉しい。しかし、彼女は公爵令嬢である。婚約者もいる。そんな人に髪を切ってもらうなんてとんでもないことである。自身の髪の毛にルルアージュが優しく触り、小さくちょきちょき鳴る鋏で切ってくれるのだ。至極幸せな時間であろう。下手したら一生忘れない素敵な思い出になるに違いない。けれど、なにかいけない扉を開きそうで困る。


「そ、それは恐れ多いので遠慮しときます。私の髪に触ったらルルアージュ様が汚れてしまいます」


 両手を振って遠慮するオウガストにアウレイアは真顔を向けた。


「なら、安心してください。私は髪の毛に一切触れないで髪を切りますので」


「「は?」」


 今度は静観していたミルも疑問をあげるのだった。


次回は4/4 12:00に投稿したいと思います。

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