014 属性
ルロストはリリアージュが早く来ないかとそわそわしていた。リリアージュが好きだと確信したその時から彼はリリアージュが自分の目に届かないところにいることに落ち着かなかった。なんどもベデルギス家に縁談を申し込んでいるのだが、ベデルギス家はリリアージュを手放したくないのか却下される。公爵家であるベデルギス家の当主が国の重鎮であり、愛妻家であり、家族(ただし、ルルアージュを除く)が大好きであることは貴族界において常識であった。王族といえども、重鎮を脅して婚約を結ぶなどできない。もし脅したとなればベデルギス家及び、その下に従う貴族たちに革命を起こされ、王族は処罰されるであろう。そのため、ルロストはリリアージュに選ばれるまでひたすら我慢をするしかないのだ。他人にリリアージュを奪われるわけにもいかない。
「リリアージュ様。ありがとうございます」
透き通る中性的な美声が部屋に響き、ルロストは扉へ目を向けた。リリアージュは部屋を出て行った時と変わらず、笑顔で戻って来ていた。
「リリア。帰ったんだね。なにかあったりはしなかったかい?」
ルロストは蕩けるような笑顔でリリアージュに近づき、手を取った。リリアージュは視線を逸らしながらもなにもありませんでしたわと返した。しかし、ルロストはリリアージュの後ろにいるルルアージュに気が付いた。咄嗟にリリアージュの腕を引き、後ろに庇うような形になる。リリアージュは驚いたようにルロストを見るが彼は背を向けている為視線は合わない。
「ルルアージュ。貴様、さっきまで授業にも出ず、今更のこのこと何しに来た」
ルロストはルルアージュを睨む。ルルアージュはルロストの睨みに怯まずに口を開いた。
「何…って、私は六限の授業を受けに来ましたの」
「ほう、貴様は魔力がないのに、わざわざ受けに来たのか。それはご苦労であった」
「どうもありがとうございます?」
ルルアージュの普段とは違う態度にルロストは呆れた。押してダメなら、引けとでも言わんばかりの変わりようである。
「先生、あの水晶を」
「はい。確かに受け取りました。では、皆様授業を始めましょう。…ルルアージュ様は魔力がないため、こちらに座って見学ください。本日はいよいよ皆様の属性を調べて行きたいと思います。魔力には五種類の属性がありましたね。ヴァロニス様、答えられますか?」
透き通るような銀髪に赤い瞳の美しい男性教師の言葉に従い、アウレイアはベンチへと腰かける。運動場のような部屋は魔法が飛び交っても問題ないように配慮して大きくしたのであろう。
教師に指名されたヴァロニスは静かに立ち上がり、答えを述べる。
「はい。火・水・風・光・闇です」
「正解です。この五つは基本属性と呼ばれていましたね。それぞれの派生についてリリアージュさん、答えてくれますか?」
この五つの基本属性についてはアウレイアでも知っている。火は水に弱く、風は水に強い。風は火には弱いという三つの関係。光と闇はお互いに拮抗し合うという二つの関係が合わさって複雑な魔法を作り上げることができる。
静かに席に座ったヴァロニスの後に今度はリリアージュが立ち上がり答えを述べる。
「はい。火は力、水は氷、風は雷、光は無、闇は時です」
教師は満足そうに頷いた。
「そうです。火は人の力や物の力に作用する力属性、水は氷属性を生み出し、風は雷属性を呼びます。光は眩しすぎると何も見えなくなるため、無属性、闇は冥府の管理する時属性と覚えてくださいと言いましたね。今回はこの基本属性と派生属性について自分はどの属性を持つのかを調べて見ましょう。使える属性が判明すれば得意な魔術の傾向も分かりますからね」
教師の言葉に貴族の生徒たちは上品に喜んだ。アウレイアは教師の話にうんうんと頷いていた。
神々から人間が授けられた魔術は精霊が深く関係しているという神話がある。そもそも人間が魔術を使えるようになったのは精霊を信仰していた人間がいたからであったのをアウレイアは思い出した。精霊は信仰した人間に対して感謝を抱くようになり、魔力のある人ほど精霊の愛し子であると丁重に扱われた。アウレイアのいた国でも精霊の愛し子は生まれ丁重に扱われていたのを覚えている。
そして、魔術のある人間は様々な特徴を持っていた。火の魔法が得意の人、水の魔法が得意な人、様々な特性も大体がその基本属性にまとめることができた。そして、派生属性についてだが、なぜか火からは人体強化の魔法が比較的得意な人、光からは属性を持たない魔法が得意な人というような特徴が見られた。そのため、それらが派生属性と言われ、分別されているのだ。学者の中では属性を否定する人や派生は派生ではないと言う人もいたが、わかりやすく分けられた属性に多くの人は賛同して行ったので今の形に落ち着いたらしい。なかでも、光、闇、それらの派生は滅多にいない為、重宝されたりするらしい。
あの水晶は属性を把握するための魔道具だ。把握したい人が手を翳し、魔力を流すことで水晶が輝く。そして、その人の占めている属性に輝くらしい。それとその水晶には属性の適正数字が書かれるらしい。教師に呼ばれた順に水晶に手を翳し、属性を把握していく。どうやら地位が低い人から呼ばれているらしい。
「では、次はリリアージュ様どうぞ」
とうとう順番が公爵まで来たようで、リリアージュが呼ばれた。緊張した様子のリリアージュが立ち上がり、水晶の前までやってきた。彼女は綺麗な手を水晶に向け、魔力を流した。すると、白い光でたちまち広い室内が見えなくなった。ざわつく生徒達。ルルアージュは皆の目が眩んでいるうちに紅茶を出し、飲みすばやくしまった。喉が渇いていたのだ。仕方がない。
「こ、これは…」
教師が驚きながらも手早くメモをし、リリアージュに渡した。そこには
『火 52
力 31
水 83
氷 54
風 96
雷 23
光 289
無 125
闇 12
時 10 』
という数字が書かれていた。ルロストは素早くリリアージュに駆け寄る。
「リリアージュ、凄い光だったな。大丈夫だったか?」
「ご心配お掛けしました。私は大丈夫ですわ」
「結果はどうだった?」
ルロストは珍しく年相応に好奇心に満ちた顔で聞いてきた。リリアージュは微笑んで紙を渡した。受け取ったルロストは驚いた顔をしながらリリアージュを見つめた。
「光属性が100を超えているではないか…」
「次はベルン様です」
リリアージュに近寄ろうとしていたベルンは教師に呼ばれ、仕方なく水晶の前に向かう。今度は緑色の発光が部屋を眩ませた。その後、ヴァロニスが続き、水色の発光で室内が眩しくなり、最後のルロストでは虹色の発光が生徒の目を襲った。教師はその度に目が眩みながらも頑張ってメモを取り続けた。
「はい。みなさん結果が分かりましたね。では、次にその数字について説明していきます。数字が高ければ高い程その属性との相性がいいです。ただ、低いと使いにくいということになります。まずは使えない属性は0です。これはテストに出ますので理解しておきましょう。次に普通にその属性の魔法が使えると言われているのが20~30位の値です。ちょっと得意という属性は40~50、達人レベルは60~80、マスターレベルが90~100と言われています。それ以上の値を持つ人は英雄と呼ばれるほどになります。どうやら、ここに四人もいうのが驚きですが…」
四人と言われて生徒たちはリリアージュ、ベルン、ヴァロニス、ルロストに目を向ける。彼らは100を超える属性を持っていた。リリアージュは光、ベルンは風、ヴァロニスは水、ルロストはすべてピッタリ150の値を持っていた。
「特に光や闇の属性を得意とする人は少ないため、光の属性を持つ人は光の女神シレストレーゼの巫女、つまりは聖女と呼ばれています。また、闇の属性を持つ人は闇の神イェリアーゴ様の寵児と呼ばれ、聖騎士と呼ばれております」
その言葉を聞いてアウレイアは眉間に皺を寄せた。なにか聞いたことのある名前が混じっていたような気がする。
『その他に、シレストレーゼのいじめも行った!』
「はあ!?」
どうやら、アウレイアはこの国で言う、光の女神に断罪の片棒を担がれていたらしい。そして、妹が聖…。これはなにかよからぬことと関係しているのだろうか。神界から訳も分からず追放、しかも受肉はかつての自分そっくりの体、妹は追放された理由の一つとなる女神。これは、運命なのだろうか。もしくは、奇跡とでも呼ぶものなのであろうか。はたまたアウレイアの魂を滅せようとしている何者かの仕業なのだろうか。色々な疑問がアウレイアの頭を光の速さで駆け抜ける。あまりの速さに脳が一瞬ショートする。アウレイアはその瞬間に自分のことを決めた。
運命だか、奇跡だか、陰謀だか。そんなのはどうでもいい。折角今生きているのだ。神に笑われようが、悪魔に脅されようが、アウレイアはアウレイアである。できるだけ死なないように、かつ、自分の状況をできるだけ改善してこの世で天寿を全うしたい。
前世でアウレイアは孤独な死を迎えた。静かな室内に一人、冷たい剣を脇腹に刺され、体温が冷えていくように死んだ。白いお気に入りの軍服が赤で染まって行く様を一人寂しく眺めて死んだ。
今回はたくさんの友人を作って友人に囲まれて死にたい。できれば冷え切った家族関係も元に戻してあげたい。ルルアージュも好きで家族関係をこわしたわけではないはずだ。
どうやら、アウレイアが叫んだ声は室内に響き渡っていたらしい。怪訝そうな顔をする教師とアウレイアは目が合った。
「なにかありましたか?」
心底冷えする声に室内の温度が冷えたように感じながらもアウレイアは何もありませんと言い、椅子に座りなおした。
次回は3/30 12:00に投稿します。