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013 午後

 チャイムが鳴り響き、各自昼食を取るため場所を移動し始める。そんな中、王子ルロスト、宰相の子息の青髪に優しげな緑の瞳を持つヴァロニス、ベルン、リリアージュはいつも通り食堂へ向かい同じテーブルに腰かけた。護衛が主の邪魔にならないかつ見守れる場所で待機をする。


「今日のルルアージュはなにかおかしいな。まあ、いつものようにされるのも困るが」


 ルロストがそう口にしてからパンを食べられた。それはベルンも同意見である。


「たしかに。彼女は頭が悪いのではなく、余分なことに頭を回さない女性です。水の魔方陣を基礎といえどもすぐに答えられるなんて絶対おかしいです。私たちでさえ習ってなくて少し頭を悩まさなくてはいけないのですから」


 ヴァロニスが眉間に皺を寄せてそう言った。


「ほう、上手いことを言うな。ヴァロン。お前の言う言葉を直訳すると、本気を出せばここにいる私達よりもルルアージュの方が、頭がいいということになるが?」


 パンを飲み込んだルロストがそう言い、ヴァロニスを睨みつけた。


「あ、あの、お姉さまは頭がいいのですわ。…私と比べて」


 リリアージュがそう言って両手を胸にあて、悲しそうに目を伏せた。


「ああ、リリア。違う。君はルルアージュよりも断然に頭がいい。そして可愛らしい。君は立派な王妃になれるよ」


 リリアージュの隣を勝ち取ったルロストは隣であることをいいことに、彼女の肩を優しく抱いた。リリアージュは落ち込んだ状態のままルロストだけに気付かれるように寄り掛かった。


 王子とリリアージュの様子を見て、ベルンは嫉妬心を燃やした。リリアージュは本当にモテる。可愛くて可憐で、触れると雪のように消えてしまいそうな儚さを持つ彼女はいつだって優しく人を包み込む。早くルルアージュと婚約破棄してリリアージュと結ばれたい。そうなれば、リリアージュは自分のものになり、王子もヴァロニスも他のリリアージュを狙う男は手を出せない。さすれば、今目の前で起きている出来事の男ポジションは俺しかいない。


「リリア嬢、殿下の言うとおりです。あなたはとても美しく聡明な方です。我々はあなたに出会えたことで幸せになれた程に素晴らしいお方です。自身の力に自信を持ってください」


 ベルンはそう言って、リリアージュに向かって貴公子のような令嬢が見惚れる笑みを向ける。リリアージュはそのベルンの笑顔を見て、少し顔を赤くして視線を逸らした。


「お姉さまの婚約者にこのようなことを言われましたら、お姉さまに嫉妬されますわ」


 照れているリリアージュを見てベルンは嬉しくなった。しかし同時にルルアージュのことが胸に過ぎる。ルルアージュはいつでも出会うと胸をベルンに押し付けてきて上目づかいで、甘ったるい口調で愛を囁かれた。


『ベルン様、私、あなたのことを愛しています。あなたのような方が婚約者でとても嬉しいですわ』


 嘘だ。彼女の瞳の奥底には身分、見た目、利益と愛の秤が揺れていた。いつも必ず愛ではなく身分、見た目、利益が勝っていた。ベルンはそれを知りながらも本心を隠し、婚約者としての体裁を整えていた。


 ただ、今日朝会った時はルルアージュはルルアージュではなかった。


『ごきげんよう、ベルン・マキドシュ様。私は元気ですわ』


 普段はそう言って駆け寄るルルアージュだが、今日はすっと通り過ぎて行った。まるで挨拶を交わすだけの赤の他人とでも言うように彼女は振る舞っていた。その後も授業中に話しかけてみたが、反応はいつものルルアージュとは違った。もしや…。


「ベルン様、聞いてらっしゃいます?」


 鈴の鳴るような美しい声が耳に聞こえ、ベルンは思考の渦から意識を現実に戻した。目の前のリリアージュが心配そうにこちらを見つめている。彼女に視線を向けられるだけで嬉しくなってしまう自分は末期だとベルンは思った。次第にルルアージュのことはどうでもよくなった。


 一方のアウレイアはというと、昼食になったと同時に人気のない所に駆け込んで『転移』の魔術を行使して自分が建てた湖畔の家に移動した。ここで、自らご飯を作り食べる予定だ。昼食はオムライスにしようとアウレイアは考え、台所に立ち亜空間から材料を取り出し、料理し食べた。


 食事中に朝食時に作ったアップルパイについて思い出したが、もうオムライスを作ってしまったので、放課後に食べることにした。


 炊き立ての輝くお米を優しく包むようにケチャップが混ざり、その上に柔らかいふわふわな卵が揺れる。真ん中をスプーンで割ると卵は花が開いたように割れ半熟の卵が流れ出る。止めとばかりにケチャップをかければ美味しいオムライスの完成である。


 スプーンですくってオムライスを口に含めばケチャップの酸味のある味を卵がまろやかにした優しい味わいが口を支配する。久しぶりに食べたその味にアウレイアは唸りながらも満喫した食事をした。


 食後、まだ時間があったのでアウレイアは湖畔の散策を行った。暖かな日差しに反射した綺麗な湖を横目に周辺の草を調べていく。結果、いくつかの薬草を手に入れることができた。これをすりつぶしてある魔法をかけると上質なポーションが完成する。ついでに目に入った畑の様子も見る。畑は朝に種を植え、水やりをしたため、まだ土は湿っていた。さすがに一日で芽は出まい。


 時間になるとアウレイアは『転移』して学園へと戻った。


 誰もいない玄関の片隅にアウレイアは降り立ち、何食わぬ顔で教室へと入った。教室にはなぜか誰もいなかった。アウレイアは片眉を上げて自分の席に座る。おかしい。次は音学という授業があるはずだ。なぜ誰もいないのか。


 音学は楽器が置いてある大きな教室で行うため、音学室が集合場所であった。そのため、教室にいる生徒は誰もいない。そのことを知らないアウレイアはただただ机で待つのであった。


「…遅い」


 なにかがおかしい。そう思ったアウレイアは教室のドアから顔を出し、廊下をきょろきょろと見回す。当然ながら授業が始まっている為、廊下には人が一切いない。


 教室の自分の席に戻り、アウレイアはライネルが詰めてくれたであろうバッグに目を向ける。そこには今日行われる授業の教科書が詰められている。アウレイアは教科書から適当に一冊選び読んでみることにした。表紙には『計算のための教科書』と書かれている。


 アウレイアが教科書を夢中で読んでいると、ふと教室のドアが開いた。


「…お姉さま。ずっとここにおられたのですか?」


 教科書から視線を開いたドアへと向けると驚いた顔のリリアージュがこちらを見つめている。


「えっと、リリアージュ。昼休みが終わって戻ってくると誰もいなくて驚いたわ。みんなどこへいったのですか?」


 アウレイアは教科書を鞄に仕舞い、椅子から立ち上がった。本に集中していたためか、時間が結構経っていたらしい。腰とお尻が痛い。


「えっと、午後は移動教室の為、四限は音学室、五限は剣術室、六限は魔術室で行われていますわ。…もう六限の時間ですので一緒に魔術室まで行きますか?」


 四限が過ぎているのは納得するものの、五限まで過ぎているとは。アウレイアは本を読み始めると話しかけられるまで延々と読み続ける自分の変な特技を睨んだ。同時にわざわざ自分に声をかけてくれたリリアージュに感謝をする。このまま行けば六限も授業に参加できず、午後を無駄にした気持ちで一日を終えただろう。


 リリアージュと言えば、偶然教師から魔術で使う道具を持ってきてほしいと言われたので教室に戻ってきた。目的の道具を教室の隅にある棚から取出し、大事そうに抱える。


「…お願いするわ。ところで、その水晶のようなものは何かしら?」


 アウレイアはリリアージュに素直にお願いをし、リリアージュの抱えている透明なガラスの水晶を指差す。


「私もよく分かりませんわ。恐らく授業で教えてくれるのではありませんか?魔術関連の何かなのでしょう」


 リリアージュはそう言うと、教室から出る。アウレイアは無言でその後に従った。


 廊下で二人は終始無言であった。水晶を抱えて前を歩くリリアージュ。後ろを無言で歩くルルアージュ。この光景を家族や他の貴族が見たら何と言うのだろうか。アウレイアはリリアージュの後頭部を見ながらルルアージュについて考えていた。


 日記から彼女のリリアージュに対する悪意は相当な物であったと把握できる。日記の真ん中あたりではリリアージュがご飯を食べている所に黒い液体をかけてあげたと書いてあった。信じられなかった。人が食べている最中にいじめなどしてはならないことだ。美食家アウレイアにとってそれは食に対する侮辱であると思う。


 そんないつもなにかしらいじめているルルアージュ。リリアージュはよく彼女に対して優しく、変わらず接するものだ。まさに彼女こそが聖女であり、女神であるのではないだろうか。


「お姉さま。ここが魔術室ですわ」


 リリアージュが振り向き、扉を示す。アウレイアはリリアージュに対する賛美の嵐を止め、示された方へ顔を向ける。そこには大きく古めかしい両扉があった。焦げ茶の木の板は触れれば木の棘が指に刺さりそうである。それをなんとか補強している鉄は少し赤茶色になっている。もう少しで錆びてしまうような、崩れてしまうようなそんな扉だ。だが、取っ手だけは鈍い銀色に光っている。


 アウレイアは言葉が出ずに扉を眺めている間にリリアージュが扉に手をかけ、開けて入って行く。それに気づいたアウレイアは我に返り、部屋の中へと入って行った。


次回は3/28 12:00に投稿します。

ではまた!


『転移 014』


シュバッ!

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