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011 呪術


「キャロライン・シリアは俺の義母です。俺の産みの母上は出産中に死亡してその数年後に父上に連れられてやってきました」


オウガストの声に元気がなくなったのを感じたアウレイアは、オウガストがキャロラインに対してあまりいい印象を持っていないことに気が付いた。


「オウガスト様。キャロライン・シリア様と何かあったのですか?」


「義母上は俺をあまりよく思っていないらしく、五つ下の弟に爵位を継がせたいみたいです。父上はそのことに対しては反対の意見を持っているのですが、最近では弟の方がいいのではと思い始めています」


貴族ではよく後継者の問題が起こる。アウレイアが生きていた頃にも何件かが後継者争いを始め、騒動に巻き込まれた。爵位を持つということは貴族にとって戦争もやむを得ない程に重要なことなのだ。


「率直に言いますわ、オウガスト様。貴方はキャロライン様によって呪術がかけられています。今まで、他の人と会話をしてなにか変だなと思ったことはありませんこと?」


ルルアージュの問いにオウガストは過去を振り返る。父がオウガストに対して接するときはいつも優しげであった。暖かい瞳に慈愛の色が見える程に。義母キャロラインはいつもオウガストを能無しと罵っていた。弟のジュベールは皮肉をいつもオウガストに言っていた。これがオウガストの家族関係であった。


しかし、オウガストが学園へ入ると決まった途端、キャロラインが父に提案を始めた。オウガストを学園の寮に入れてはどうかと。


学園の寮は平民及びお金に困窮した貴族に対し、格安の値段で生活を保障していた。ただ、格安というところが貴族には合わなかったのだろう。寮生活をしているものは平民であり、変り者の貴族だけだという社会の声が生まれ、寮生活をしている貴族は肩身の狭い思いをすることとなった。


そんな寮生活に父が賛成するはずがない。そう思っていたが、ある日父が部屋を訪れ、寮に入りたいかと聞いてきた。オウガストは入りたくありませんと答えた。好きこのんで肩身の狭い思いをしたくない。ただし、入学を控えたある日、父はオウガストに寮に入りなさいと言ったのだ。今まで父がオウガストの提案を受け入れないことはなかった。なぜ、と聞いても父は答えずにオウガストを送り出した。そのお見送りの時にキャロラインとジュベールがにやりと笑っていたのが忘れられなかった。


入寮して入学式も終わり、授業になると、オウガストは他の貴族に遅れないように頑張って勉強をした。そして、迎えたテスト。全て回答欄を埋め、自信を持っていたのに返って来た回答には0点と書かれていた。回答にもチェックばかりがついていた。ショックを受けていると先生に呼び出された。歴代最低得点だと半笑いを浮かべている先生に色々と話しかけたが、全て流された。自信を失くした。授業に出ても意味がないと感じたオウガストは一人自習をはじめたのだ。そして現に至る。特におかしいことはない、ちょっと不幸な人生。ただそれだけだとオウガストは自嘲気味に思う。義母の呪術というのも不幸を招く呪術とかではないのだろうか。そう言うと、ルルアージュは真剣な顔で口を開いた。


「オウガスト様。あなたには『意思非表示』という割と強い呪術がかけられていますわ。この呪術はあなたが意思を表すことを阻害すること、つまり話すこと、書くことが相手にはわからないという呪術です。現にテストは他者には白紙に見えるようですし、話すときにはものすっごく小さい声に聞こえます。恐らく、相手がよほど注意深く聞いていないと聞こえません」


「…つまり、テストが0点なのも、話を聞いてもらえないのもその呪術の所為ってことですか?」


「そうよ」


躊躇わずにオウガストにそう言うルルアージュ。オウガストは口を閉じた。今までの自分が全て義母のお蔭で台無しにされていたことに気が付いたのだ。当然、義母に怒りを覚える。同時に自分が理不尽と思っていたことは呪術の所為であったと知ることができ、喜びも芽生えていた。さらに様々な感情がオウガストの中を駆け巡る。


「る、ルルアージュ様はなぜ俺と話ができるんですか?どうして呪術が使われていると分かるのですか?」


「それはおいおい話すわ。で、本題なのだけど、その呪術解いてあげましょうか?」


オウガストはルルアージュを見つめた。ルルアージュは紫がかった瞳でオウガストを見つめている。その目はまっすぐ、堂々としていた。しばらくの沈黙ののちにオウガストはお願いすると答えた。


アウレイアにとってこの程度の呪術を解呪することは大変なことではないのであった。『抵抗』の無い魔法なんか赤子のようなものなので素早くこの場で解ける。顔の目は見ることができないが恐らく真剣な目をしているであろうオウガストに微笑み、アウレイアは魔法を使った。


『解呪 オウガスト・シリア 意思非表示』


魔法はかけたものの、オウガストには何ら変化はない。勿論、呪術は解呪されているはずだ。


「オウガスト。話してみて」


ルルアージュに言われた通りオウガストは口を動かそうとするが、一体何を話すべきなのか悩んでしまう。それを見たアウレイアは今度はまた別の呪術が発動してしまったのかと慌てて『詳細』を使う。


「い、異常なしですわね。どこか調子が悪いのですか?」


「す、すみません。どのような言葉を発すればいいのか分からなくて」


か細かったオウガストの声が今度ははっきりとアウレイアの耳へと届いた。アルトとテノールの間のような優しく、けれど芯がはっきりした声。どうやらオウガストの呪術は解けたようだ。


「呪術は完璧に消え去りましたわ」


心の中でアウレイアはさすが私と褒め称えていた。オウガストはそこで初めて口角を上げた。目は見えないから分からないが笑みを浮かべているのだろう。


「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいのか」


お礼の言葉を聞き、アウレイアは当初の目的を思い出した。オウガストを『シティーレアの会』に招待するために来たのだ。アウレイアは心の中で邪悪な笑みを浮かべた。


「お礼なら、お願いがあるのですけれども、『シティーレアの会』という部活を開こうと考えていますの。あなたを部員として招きたいのですがよろしいでしょうか?」


「『シティーレアの会』?それはどんな部活なのですか?」


オウガストが興味を示したように聞いてくる。


「簡単に言うと、落ちこぼれが勉強を教えあって向上を目指す会、かしら?」


アウレイアはそう言って首を傾げる。オウガストはルルアージュを見て赤面しながらも少し肩を落とした。


「…落ちこぼれ」


そう、学年で一番頭の悪いと言われているオウガスト。落ちこぼれというレッテルを貼られてしまうのは致し方のないことだった。落ち込んでしまったオウガストにアウレイアは傷つけて申し訳ないと慰めにかかる。


「呪術も解きましたし、すぐに学力は向上しますよ!テストも白紙じゃなくなりますし!」


両手を振って慰めてくるルルアージュの可愛らしさに落ち込んでいたオウガストは笑ってしまった。


「ありがとうございます。その『シティーレアの会』入ってもいいです。とても面白そうで興味があります」


オウガストの最後の一文にはある固有名詞を入れることができるのだが、それにアウレイアが気付くことはない。アウレイアは喜びのあまり、オウガストの腕を取り、振り回す。公爵令嬢らしくない行動にオウガストはぎょっとするが、頬を緩めてルルアージュを見つめていた。


「では、放課後。その時にまた私のことやもう一人の方の説明いたしますね。…そう言えば私、あなたに名前を名乗りましたっけ?」


そこでオウガストは固まった。お互い名前を知っているだけで名乗ってもいなかった。無言を肯定と捉えたアウレイアはオウガストに向かってお辞儀をする。


「私はルルアージュ・ベデルギスです。ベデルギス公爵家の長女ですわ」


ルルアージュに習ってオウガストも紳士としてお辞儀をする。


「私はオウガスト・シリアと申します。伯爵家の長男です」


お辞儀をしてお互いに見つめ合う。ふと、鐘が鳴り響く。


「これは、二限が終わった音ですね」


オウガストが言った言葉を聞いたアウレイアは冷や汗をかき始める。さすがに授業を受けなければやばいのではなかろうか。オウガストは落ち着いた様子で落ちていたペンと教科書を拾い、置いてあったハンカチの上に腰を下ろした。どうやら、勉強を再開するようだ。


「では、私も行きますわね。また放課後」


「はい、放課後」


『転移 座標(43、32、25)』


ルルアージュは階段から消えた。オウガストは先ほどまで彼女がいた場所を呆然と眺める。


「まったく、驚いた」


そう呟いて再び、今度は明るい気分で勉強を始めた。



再びミルのいる場所へ戻ってきたアウレイアはミルにオウガストの許可が取れたと報告する。


「そ、そんな!オウガスト・シリアの許可が取れたのですか!?」


オウガストのことを悪いことのように捉えるミル。


「ミル様。オウガスト様は悪い人ではありませんでしたわ。放課後、とりあえず、ここにいてください。彼を連れて来ます。もし、実際に会ってみて納得いかなければ言ってください。その時はまた考えます。けれど、会いもしないでそのように悪口はいけませんわ。後で会いましょう。授業があるので失礼しますわ」


教室の場所はミルに最初に言われたことを覚えている。その為、アウレイアは『転移』を使って、玄関まで行きすぐに玄関から左側に向かった。


次回は3/24 12:00に投稿します。読んでくださりありがとうございます。

ブックマークやアクセスが増えるたびに読者様への感謝ラッシュです。

ランキング見るたびクレイジーと頭の中で叫んでます。

3/24 オウガストのセリフの死産は間違いだったため、出産中に死亡に訂正

 教えて下さった方、ありがとうございました。

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