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010 出会い

 アウレイアが瞬きをした瞬間に景色が変化した。焦げ茶の古い本棚が視界から消え、目の前に少年と白い石の階段が広がる。どうやら、オウガスト・シリアは階段に一人座っていたようだ。透き通る金の髪が顔の半分上を支配しており、顔の表情はよく分からないが、教科書を読んでいる最中だったのであろう。ページが開いたままの教科書が彼の折り曲げられている膝の上に乗っていた。彼はしばらくして右手に持っていたペンを静かに落とした。


 カランカランとペンが階段から落ちていく音が響き、ようやくオウガストは我に返った。瞬きをして目の前に現れた少女を幻覚と処理しようとするが消えない。


「…オウガスト・シリア様でございますか?」


 久しぶりにその名前を呼ばれた気がしたオウガストは顔を少女へと向けた。自分より一段下にいる彼女は紫色の髪に紫色の瞳をしていた。彼女の容姿に既視感を覚えたオウガストは自分の記憶の中から、それがなにであるのかを思い出そうとする。


 丁度入学式の終わった後、オウガストは不安な気持ちで教室に向かう。その時にある騒動が起きたのだ。金色の妖精のような令嬢が紫色のどぎつい格好をした令嬢に罵られていた。その時に貴族社会って恐ろしいと思いながらも野次馬となっていた人々の話を聞いたのだ。


「また、ルルアージュ様が暴れていらっしゃるらしい。この間も舞踏会で妹君を罵っているのを見てしまったんだ。貴族と言えどもあのような野蛮な令嬢は早く処分してほしいものだよ。貴族の恥だ」


「そうだな。ただ、この前小耳にはさんだんだが、あのルルアージュ様は先祖がえりらしいぞ。まあ、魔力がないので容姿のみ、らしいが」


「悪魔のルルアージュ様が先祖がえりか。リリアージュ様がそうならばよかったものを」


「ははは。貴殿の言うとおりだな」


 そう笑いあう横をオウガストは無言で通り過ぎた。悪魔のルルアージュ。彼女のことを要注意人物として胸に留めながらも自分には関係ないだろうと他人事のように考えていた。


 そんな彼女が、目の前に。


「ぁ、悪魔のルルアージュ様…」


 無意識に名前を出していた。彼女に睨まれてようやく自分が彼女のあだ名を言ってしまったのだと気が付いた。


 一方のアウレイアはオウガストを見て一目で何かおかしいと感じた。ただ、なにがおかしいのかはわからない。オウガストが言葉を発してようやく気が付いた。彼の声は耳を澄ませて初めて音を発していると認識できるほどにしかなかった。恐らく本人は普通に声を発しているつもりなのだろう。アウレイアはその声の異常な小ささに思わず彼を睨んでしまった。


「オウガスト様。その、ちょっと魔法をあなたにかけてもよろしいでしょうか?」


 そう尋ねるとオウガストはゆっくりと首を横に振った。一瞬断られたと気が付かなかったアウレイアはオウガストが立ち上がり、教科書を落として階段を昇りはじめるのを見て、慌ててオウガストを追いかけはじめた。


「ちょ、ちょっと、オウガスト様!?」


「っ……てっ!」


 走りながら言葉を発するオウガストの声は風に遮られてアウレイアには聞こえなかった。階段を上りきったオウガストは左へと曲がって行った。アウレイアは足を止めた。オウガストは息を切らしながらも走って行くのに対し、アウレイアは一切息を切らしていなかった。アウレイアは小さく転移の魔法を起動する。もちろん転移先はオウガストだ。階段を上っていた足音が止んだ瞬間、アウレイアはもうそこにはいなかった。


 オウガストは必死に走っていた。なんせ、怒ったルルアージュが自分に何かの魔法をかけようとしているのだ。なにをかけられるか分からないが被害を被るのは御免だった。そこで、ルルアージュについてある言葉が浮かんだ。


『そうだな。ただ、この前小耳にはさんだんだが、あのルルアージュ様は先祖がえりらしいぞ。まあ、魔力がないので容姿のみ、らしいが』


 この言葉が本当なら彼女は魔法が使えないはずだ。つまり、自分には魔法をかけることもできない。けれど、彼女は普通に魔法が使えるように話していた。魔力がなくて魔法は使えない。あの話は嘘だったのだろうか。オウガストは息を切らしながらも足を止めた。ルルアージュは魔法が使える。ならば、魔力がある。すなわち、あの貴族たちはガセネタに付き合わされていたということになる。オウガストは彼女が追ってくるであろう階段の方へ振り返った。追ってくる気配はない。


「追ってはこなかったのか…」


 そう呟き、再び前へ向く。ふと、青いドレスに紫色の髪を持つ女性が目の前に腕を組んで立っていた。いや、ルルアージュのはずがない。彼女はオウガストの後を追っていた。目の前に現れるはずがないのだ。女性は右手を腰に当て、嬉しそうに微笑んだ。


「捕まえましたわ。オウガスト様」


 そう言って、前進してきてオウガストの肩を掴む。


「ぎゃああああああああああああああ!」


 オウガストは目の前の人物がルルアージュだと理解して悲鳴を上げた。彼は大音量で絶叫したものの、幸い教室の中まで響くことはなかった。


 アウレイアは真っ青になったオウガストの肩を掴みながらも首を傾げた。恐らく彼にとっては大絶叫なのだろう。しかし、アウレイアにとっては良く聞こえる声になったというだけだ。ふと、ミルの言葉が甦る。


『最下位…オウガスト・シリアですか。彼は学園一の問題児とされています。なんでも話しかけてきた人がどんな人であっても無視するんだとか。授業も数回しか出たことがなく、テストは0点。先生方はもう彼の指導を諦めたと聞いています。そのような人物がこの『シティーレアの会』に入っていただけるかどうか…』


 話しかけてきた人はどんな人であっても無視。この言葉が引っ掛かる。恐らく、彼は話しかけられて言葉を返した際に注意深く聞かないと聞こえないぐらいの声で返しているのだろう。つまり、なにかの呪いか、魔法がかかっているはずである。ちなみにアウレイアが彼の声を聞くことができる理由は、アウレイアが五感を敏感にする魔法を自身にかけ続けているからだ。恐らく無意識であろう。前世の時に必要に駆られ身に付けた習慣が未だに残っているに違いない。


 アウレイアはオウガストが取り乱してこちらの話をまともに聞くことができないと判断し、転移の魔法を起動する。


『転移 ウィズオウガスト・シリア 先ほどの階段』


 オウガストは自身が廊下ではなく、階段にいる時がついた。


「お、俺は一体…」


 戸惑いの声を上げて周囲を見る。ふと、ルルアージュと目が合った。


「頭は冷めたかしら?さっきはまともに話せない位叫び続けていたわ」


「そ、それはすみませんでした」


 びくびくしながらもルルアージュに素直に謝るオウガスト。その素直さにアウレイアは目を細めて笑った。その笑みを見たオウガストは目を大きく見開いた。アウレイア側からは髪で表情が隠れて見えないので、オウガストの表情はわからない。


「で、あなた、自分の身になにが起きているか理解できているかしら?」


 オウガストはルルアージュにそう言われ自身の体を見つめる。特に何も異常はない。静かに首を傾げてルルアージュを見ればルルアージュは怪訝そうな顔をしていた。


「ちょっと、失礼。『詳細』」


 アウレイアはオウガストに対し、魔法を行使した。


『詳細

 状態 呪い 意思非表示

 術使用者 キャロライン・シリア

 一秒前 ルルアージュと会話

 八十三秒前 転移

 百二十秒前 叫ぶ

 ・

 ・

 ・


 意思非表示により自分の意志を他者に伝えることがほぼ不可能。一部五感強化者及び呪術に対して抵抗のあるもののみ意志を伝えることが可能。本人には認識ができない呪い』


 アウレイアは目の前に現れた文章を読む。一方、魔法をかけられたことも分からないオウガストはルルアージュがじっとある空間を見つめているのが怖くてドキドキしていた。もしかして、いるのだろうか。何がとは言わないが、彼女はある方なのか。変な彼女が変な行動を起こさないようにじっと見つめていると、彼女と目が合った。


「ねえ、オウガスト様」


 ルルアージュの口が静かに自分の名前を紡ぐ。胸が何故か跳ね上がるような感じがした。


「キャロライン・シリア様というのはあなたとはどのような御関係なのかしら?」


 瞬間、オウガストの気持ちはどん底に沈んだ。


次の投稿は3/23 12:00です。

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