つかの間の休息
神官長はようやく安堵の息を漏らす。
聖女は、女神ディアンクスの御業を学ぶために書庫にこもっているらしい。
自ら学ぶうちに、女神の偉大さに目覚め、聖女の役割を果たしてくれることを期待したい。
そう、偉大なる女神が、なんとかてんそうんとか言うわけのわからない神より劣るなどありえないのだ。
彼は、女神の神像の前に跪く。
薄暗い神殿の中、天窓から差し込む光が女神の姿をくっきりと浮かび上がらせる。
優雅な美女の姿をした女神の神々しさを神官は感じ取る。
この素晴らしき存在を理解できないはずはない。全知全能の女神を崇め奉り、女神が愛したもうこの世界を救うため現れたた聖女はその務めを果たすのだ。
神官長は拳を固めてそう誓った。
しかし、その様子を見ていたアルタイルは、神官長の様に楽観はできなかった。
今までが今までだ。それに、あの聖女は絶対にこちらに甘い目を見せようとはしない。
すでにアルタイルは学習していたのだ。これは罠だ。絶対に揺り返しがやってくる。油断はできない。
聖女は、アルタイルにも読む事の出来ない文字で書かれた巻物を読んでいた。
何やら笑みすら浮かべて。
いったい何が書かれているのか。
「大変です」
そう言って、慌てふためいて飛び込んできた人影を見て、アルタイルは安堵のため息をついた。
いずれ起きるなら、さっさと遠きればいいのだと思っていたからだ。
「あの、狂信者の一味が、神殿内に侵入を果たしたと」
ぐらりと神官長の身体が揺れた。
「なんだと?」
女神のご意志を欺く不逞の輩を女神の意向により成敗すると神殿の扉に記されているという。
そんな長文が扉に記され終わるまで気づかないほうがどうかしている。よっぽど小さな字で書いてあったのだろうか。
アルタイルは小さくため息をついた。
口伝のほとんどを失伝してしまった祖父は今、家に戻っている。
狂信者たちの暴走もまた毎度のことだが、この件については幼い頃から言い聞かされてきた。
このことについては秘伝というわけではないのだ。
「聖女はどうしている?」
神官長の言葉にアルタイルはおそらくまだ書庫にいるだろうと答える。
書庫は女神をたたえる神聖な言葉を記された聖なる場所、それゆえ狂信者たちもむやみに破壊工作などしないだろうが。
アルタイルは聖女の言動を考えると、狂信者に出くわしたらむやみやたらな刺激を与えるに違いないと確信していた。
神官長に一礼するとアルタイルは聖女のもとに走った。