書物に学ぶ
アルタイルは、恒例となった聖女の元への訪問を行っていた。
「何かほしいものはありますか?」
「書物を」
間髪入れずに聖女は答える。
「書物の持ち込みは禁じられています。ですが、書庫に案内することはできます」
「ならばそれでいい」
昨日までとは打って変わった聖女の態度軟化にアルタイルは戸惑った。
もし彼女が翻意し、聖女の務めを果たしてくれる気になったというのなら、そんな目出度いことはないが今までが今までだ、何か裏があるのかもしれない。
アルタイルはびくびくしながら、書庫へと向かう。
書庫には、女神に関するありとあらゆる書籍が、数百年飲んの長きにわたり保存されている。
そのため神殿の中で書庫が一番広く面積を使っている。
書物の形も様々だ。巨大な一枚の皮に、びっしりと文字が書き込まれたもの。細長い巻紙のもの、板をつないだもの。束にした紙をつないだもの。
それらが雑多におさめられている。
ふんと聖女は鼻を鳴らす。
アルタイルにはもはや何が置いてあるのかもわからないような状態だが、書庫の番人はどのような書物が、どこにあるのかすべて暗記しているらしい。
だが、万人が暗記しているのは場所だけだ。内容は全く読んだことがないらしい。むろんこのような膨大な書物をすべて内容まで把握するとなれば人間の限界をはるかに超える。
番人は巻紙が納められた棚の向こうからうっそりと出てきた。
だらりと長い髪が、顔の半ばを覆い、若いのか歳をとっているのかも判別できない。
そして、感情の一切感じられない声音で、かすれるような言葉を紡ぐ。
「何をお探しでございますか」
番人は、日がな一日、この場所で過ごす。どのように過ごしているのかはアルタイルには知る由もない。
ただ一日、書棚の隙間で立ち尽くしているだけだと聞いてもさほど意外には思わないだろう。
「それでは」
聖女は、万人を無視して、さっさと目指すものを手に取った。
「あの、どうしてそれを?」
聖女は、いかにもさげすむような視線を彼に向けた。
「塔理天孫様のご加護で、望むものはすべてわかる」
聖女が開いた巻物は、アルタイルには古すぎてとても読めない。
「あの、文字はこちらとあちらは同じなんですか?」
そう言えば、以前の聖女も、言葉に関しては話すことも、読み書きも全く問題なかったという。
「見たこともない文字だが、意味は分かる、やはり統理天孫様は偉大だ」
いや、それ女神ディアンクス様のご加護のはずです。
喉から出ようとした言葉を必死に押しとどめる。
今はそっとしておこう。
神官長に、ディアンクスの教えを記した書物を読ませているとだけ伝えて、アルタイルは放っておくことにした。