狂信者
一人の男がいた。その面差しは軍人の様に険しく。硬く引き結ばれた唇は意志の強さを物語っている。
彼は女神の神像に恭しく跪いた。
「女神よ、無謬の女神、そのすべてが正しい。ならばこそ、この世界は、女神の望みのままにあるべきである」
彼はそう言って、女神に額づく。
そうこの世界は女神ディアンクスの心のままにあるべき。
「だからこそ、女神がこの世界の滅びを願うならば、世界は滅ぶべきなのだ」
彼は力を込めて断言した。
世界の心理は女神ディアンクスとともにあり、しかるにこの世界が滅びるなら,それは女神のご意志、それに逆らうなど、天に唾箔行為としか思えない。
彼は背後を見る。
背後には女神を敬虔に信じる彼の同胞たちがいた。
「行くぞ、女神のご意志を曲げるものを滅ぼすのだ」
彼は高らかに宣言した。
一人の老人がいた。すでに長い歳月を重責に置いていた彼は今も老いた身体に鞭打って、いま世界の命運をかけた大事業に着手していた。
そしてその事業は絶賛停滞中だった。
まったくといっていいほど進んでいない。
大神官マデロンは役に立たない若者を罵っていた。
ついでにその祖父にあたる、役に立たない老害も罵っていた。
しかしどれほど罵ろうと状況は全く変わらないのだ。
せっかく呼んだ救世主となるべき聖女は、今日も元気に異界の神に祈り、女神ディアンクスには見向きもしない。
なんとかディアンクスへの祈りを奉げさせようと派遣した信女達を一蹴した。
そして信女達はあんな女に救われるぐらいなら、世界よ滅べとすら叫んだのだ。
その件に関しては、さすがに信女達を咎めざるを得なかった。
聖女付きのアルタイル。あの役立たずはいまだに聖女様の心をとらえるに至らない。
聖女は、確かに見た目だけなら今まで語られた℃の聖女よりもそれらしい姿かたちをしていた。
しかし、その言動がいただけない。
不遜を絵にかいたような態度で貶しまくる。
あそこまで物分かりの悪い聖女がいただろうか。
「あの、たいへんなことが起こりました」
そんな時に、少々他地方に派遣していた部下が帰ってきた。
大変なことといっても今以上に大変なことがあるというのか。
「いったい何が起きたのだ」
「真なる祈り弾が活動を開始いたしました」
その言葉を聞いて、彼はそのまま何も聞かなかったことにして立ち去りたい衝動にかられた。
真なる祈り、それは、世界を滅びに導くために活動をしているはた迷惑な団体だ。
なんでよりによってこのタイミングで活動を再開するかな。
軽く切れそうになりながら、部下にその鎮圧を命じた。
馬鹿に構っていられるかと半ば自棄になっていた。