断絶
アルタイルの家は、代々聖女の側仕えを輩出している。といっても聖女は数十年に一度現れるのみなので、すべての代に必ず出るというわけではない。
たとえどんなことがあっても、聖女様にお仕えし、来るべき儀式を振興し、この世界を守る。それが使命だ。
この世界は数十年に一度、破滅の危機を招く。
次元の隙間からやってくる破滅。それは徐々に進行していくらしい。
それを知るのは高位神官のみなので、アルタイルに実感はない。
タダ。聖女が儀式を執り行ってくださらないと、世界が滅ぶ、其の時聖女も道連れになるので、死にたくなかったらぜひ儀式を執り行ってほしいところだ。
しかしあの聖女様は従うくらいなら躊躇なく死を選びかねない気がした。
アルタイルは死にたくないので、聖女様には頑張ってもらいたい所なのだが。
かつて側仕えをした祖父が、アルタイルの指導に当たっているが、なんだか今一役に立っていない気がした。
「爺さん、爺さんの台の聖女様はいったいどんな方だったんだ?」
とりあえず先人の知恵に頼るのはそれほど間違ったことではないと思う。
「わしの代の聖女様か」
不意に祖父は追憶に浸るような顔をした。
「わしの時の聖女様も、先ほどの聖女様と同じく、黒い髪に黒い瞳の方だった」
アルタイルのまわりには色素の薄い人間のほうが多いので、黒っぽい色はかなり珍しい。
「あれとはまた違った衣装を身にまとっておられたが、大変素直な方で、こちらの言うことは何でも素直に聞いてくださった」
どうやらアルタイルが使えている聖女様とは正反対の方だったらしい。
「それでどうしたんだ?」
「何もかもはいはいと素直に言ってくださって、最短記録で儀式を終え、元の世界に帰って行かれた」
アルタイルは目をむいた。
「もしかして、聖女様をなだめる対処法を一度も使ったことがないのですか?」
ぜひ何かの間違いであってほしいが、祖父は重々しくうなづいた。
「むろんだ。何を言ってもはいはいとおっしゃる方だぞ、すでに亡くなったがどうこうしていた親族たちもこんな素直な方は初めてだと言っていた」
「それでは、対処法は何一つ?」
「聞いていない」
「文書記録はないのですか?」
アルタイルは藁にもすがる思いで訊ねた。
しかし、事実は無常だった。
「われらの仕事はいろいろと世間のイメージと違うこともある、そういうことがあまり周囲に分からないように文書にして残すことはまずなかった」
アルタイルはそのまま倒れそうになった。
「つまり、お爺様は先代の聖女様の時、あまりに素直な方だったので何一つもめごとが起きず、そのため、先代の世話役から一切の情報を得ることができなかったというわけですか?」
話しているうちに頭の中で固まった情報を提示してみる。できれば嘘であってほしいが。
「その通りだ」
事実は無常だった。