信女
アルタイルは聖女様の付き添いを命じられた。
召還陣から出された聖女様は恭しくではなく無理やり拘束されて神殿の一室に収められた。
その際、「呪われよ」「神罰が下るぞ」などと叫んでいたが、とりあえず痛くないように拘束したはずだ。
一室に収めてすぐに壊れ物などを片付けた。
花瓶をつかんで投げたためだ。
アルタイルの祖父は、数十年前、神託の聖女のお付きを務めた、いや、そもそもアルタイルの家系は代々信託の聖女に付き従ってきたのだ。
祖父とアルタイルは神託の聖女のもとに行き、聖女の務めを果たすための手順を説明するため、神殿へと向かった。
偉大なる女神の神像を最奥に収め、その属神たちの彫像が回廊に並んでいる。その光景を横目に、聖女がいる棟に向かった。
歌が聞こえた。
歌詞は聞き取れない、ただ美しい旋律が、人の喉を通して聞こえてくる。
それは聖女の歌だった。
太陽の方向に跪き両の掌を合わせ、歌っている。
その歌声は敬虔そのもな祈りだった。
聞き取れない歌詞は、おそらく、彼女の報じる神と、その眷属を歌っているのだろう。
聖女の声はまるで光の瞬き、海の笑い、雲のつぶやき。
思わず聞き入っていると、信女の一団が、押し寄せてきた。
「何をなさっているのです」
そう言うのは信女たちの長を務める最年長の老婆だ。
「よろしいですか、これより聖女様に、悪しき異界の神を忘れさせ、偉大なる女神ディアンクスの正しき振興に目覚めさせねばならないのです。あのような異界の邪神の祈りなどすぐにお止めせねばなりません」
「そうですね、無論そちらも、女神への崇拝はやめるつもりはないのでしょうね」
「当然です」
どうして、自分のできないことも、人ならできると思うんだろう。
アルタイルは何やら理不尽なものを感じながらも、歌う聖女の前に立った。
「何故、私の祈りを邪魔するのです」
聖女が歌をやめた。
「何を祈っているのです?」
「私は常に偉大なる統理天孫様のために祈るのです、そして統理天孫様は我が帝国の民を救ってくださる。私はその返礼として常に祈りをささげ続けねばならないのです」
「ここは異世界なのです、貴女の神の力はここまで届かない、だからあなたの祈りは、貴女の神には届かない」
「何故、私はそんなことになったのです?」
「われらの神がお望みになったからです」
聖女は目を細めた。
「ならば、やはり邪神ではありませんか、私は私の神に仕えるために今まで生きてきました。私がいま生きていられるのは私の神の加護あってのこと、異界の神に恩義を感じねばならないことなどただの一度もありませんでした」
毅然とした表情でそう言い放つと、聖女はそのまなざしをアルタイルに向けた。
アルタイルは小声で背後の祖父に救いを求めた。
「前回の聖女は、この段階であっさりと納得してくれた」
かつての聖女の国には八百万の神がおり、とりあえず神と名が付けば拝んでおけといういいかげんな宗教観を持っていたなど彼らは知る由もなかった。