決戦の地にて 魔法神の加護と本気の長谷部1
断崖絶壁という言葉がふさわしい森を一望できる高所に一人の人影があった。
昨日貴族殺し(マジシャンキラー)を倒した森のさらに奥にあるそびえる塔のようなその切り立った崖は、周辺の森の魔物も危険だが、登るのも常人なら困難とされている。
そこは、オデラスでは有名で、かつて存在した山が、とあるCランクの機械の砲撃でえぐりとられた結果出来上がったとされていた。
その崖の上でたった一人友も護衛もつけずにルティアはただ一人立っていた。
吹き荒れる風のせいで、風になびく彼女の金色の髪にもかまわず、彼女は、眼下を強く睨み付けている。
眉を不機嫌そうにハの字にして誰もいないはずの睨み付ける。見るものが見れば、彼女の目は殺意のそれに埋まっているのがわかるかもしれない
そこには一見誰もいない。
が、ルティアの目は静かにそこにいると確信しているかのようだった。
・・
ルティアは内心ソレを前にして、殺意をあらわにするようにその身に渦巻く魔力を開放していく。
彼女の髪がたなびくのは風だけではないと静かに告げるかのように揺れが激しくなる。
「ついに来たわね」
まるで待ちわびたものを出迎えるかのようなその言葉に親愛などない。
彼女の内心にあるのは純粋な敵意だけだ。
(敵だ。領地を犯す敵。
自身を二度も救った彼を殺そうとする敵。
私の加護を使った力は街中や集団では使い物にならない)
(でも、ここならだれも巻き添えにならない。
町でもなく、近くに仲間たちも友人も幼馴染もいない。
だからこそ躊躇せず本気で力を行使できるわね)
魔法神の加護。
生まれてすぐに授かったこの力を彼女は嫌っていた。
なぜなら、機械神の信仰熱いこの国ではいかに協力でも魔法神の加護だけは受け入れられなかったからだ。
保守派の貴族である祖父に可愛がられたおかげで自分に手を出す貴族はいなかったが、
それがなければ彼女の今はどれだけ悲惨だったか想像もできない。
辺境近くのこのオデラスでさえ魔法神の加護は忌み嫌われるのだ。
大人は当然のように、機人は嫌いどころか憎むものまでいて、子供すら相手が魔法神の加護をもつと知ると手のひらを反すことは少なくなかったのだから。
そんな国で自身が魔法神の加護を持っていると知っても態度を変えなかったのは、3人だけだ。
シリアとサージェイルの娘であるリーナと幼馴染のサラだけだ。
それ以外の人間はほとんど自分を忌み嫌ってきた。
特に機人のそれはひどかった。
祖父と一緒に社に行ったときなど、機人が目にしただけで罵倒を浴びせてくるのも珍しくなかった。
今でも魔法神の加護は、呪いのようなものだと思うことも珍しくはない。
これがなければ私も普通に生きられるのにと。
皆彼女を嫌った。
貴族であること
魔法使いであること
魔法神の加護があること
それらは彼女を限りなく孤独にする。
でも本当の孤独には程遠い。
2人の友人が残っただけでも運がいいほうだ。
本当なら一人も理解者が現れないことがあるのだから。
彼を狙う敵。
本来なら自身はそのようなことをする筋合いはない
けれど、彼は自分の命を救っている。
これは借りを返すようなもの。
ならこれは正当な対価だ。
今だけはこの名も知らない魔法神の加護に感謝しよう。
自身が持つ加護なら昨日の彼女の程度指先一つで粉砕できる自信がある。
・・・・・
ヤマダに長谷部のことは聞いたが、例え10倍程度強くなる程度で、負けるとは思わない。
杖を強く握りしめる。
彼女の体が詠唱もなく浮かび上がった。
重力の魔法だ。
彼女の体は軽い風船のようにふわりと浮き上がり、静止する。
さらにたなびいていた髪が急に動きを止める。
ルティア自身の周囲には、見えない光属性の結界が展開されていた。
あらゆる影響を遮る結界魔法により吹き荒れる風すら今の彼女には届かない。
それら二つの魔法を瞬きの間にすべて彼女は成していた。
もはや意識するだけで彼女は、大概の魔法を行使できる状況にあることを証明する光景。
ついでにいえばルティアの視界はすでに敵を捕らえている。
光と風と時の魔法を応用し、遠くの風景を彼女は、実際にそこにいるかのように
視認できる。
これは風属性の魔法単体の探知とは比べ物にならないほどの精度であり、
視認すら難しいこの距離で、風の転移を使用している長谷部と呼ばれる少女を完全に視界に収めている。
高速に移動する彼女の姿が、目に見える速度で飛翔する姿をルティアは冷たい目で眺めていた。
転移は完全な移動魔法ではない。
点から点へ一気に移動するのではなく
実際は移動の軌跡が存在している。
そうである以上、見えて触れられるなら傷つけられない道理はない。
華のような笑みを浮かべているルティアには見慣れない学生服を着た少女を見て考える。
ルティアは、その場にいなくとも相手の潜在魔力を図ることができる。
(……ふん、この程度で私に挑もうなんて……)
なるほど、確かに昨日と比べたら魔力は多い。 ・・・・・・・
けど、この程度では昨日までならともかく今の彼女相手では、お話にならない。
魔力が静かに励起する。
ルティア自身が普段使うことのない神聖な魔力が、世界に顕現していく。
魔法神の加護を与えられた彼女の一部の魔力は、普通の魔力と比べ、極めて質が高い。
そのせいか
体内で大量に生成されるその魔力は発するだけで、魔法を行使する
なのに、彼女の場合普通の魔力を侵食するほどにその魔力は多いのだ。
もはや普通の魔法の行使の方が難しいほどに。
その自身の持つ神聖な魔力を持って詠唱するだけで魔法神の加護は自身に宿る。
彼女が、詠唱などすればその規模は、たやすく町の一つが吹き飛ぶほどの威力になるだろう。
ソレ単体でも強力なそれが魔法神の加護を帯びた結果を見たのは、人生でもほとんどない。
祖父も父も滅多なことでは使用を許さなかったそれは、彼女自身使用を忌避していたのだから。
「勇者とはいえ、ゼロディアは敵国みたいなものだし、ヤマダは恩人よ、悪いけど、あなたには死んでもらうわ」
ルティアは油断なく、静かに腕を掲げる。
それは攻撃を行う号砲にしてはあまりに静かすぎて、それが攻撃だと誰もわからないかもしれない。
掲げた右腕には一見何もないように見える。
けれど、そこには確かに膨大な魔力に匹敵する神聖な魔力が込められている。
「『ライトニング』」
呟いた一言共にみるみるうちに空を無数の稲妻が覆い尽くしていく。
まるで十字架に似たそれは、罪人を逃さぬ断罪の剣のようで、その数は決して逃がさない彼女に意思を示している。
光り輝く雨となって、無数の稲妻が地面に向けて放たれる。
隙間なく檻のように降るそれらを見て長谷部は
「ちょっと!ちょっと、ちょっとぉぉぉぉぉっ!!?なんですか、どうみてもこれ反則でしょぉぉぉぉぉっ!?」
長谷部は驚愕に目を開き、絶叫する。
隙間などなく、空に飛翔程度してみせたところで逃げ場などない
けれど、空に逃げられぬならこの地をそのまま稲妻の届かぬところまで駆け抜けて見せるとばかりに長谷部は、自身に風を纏わせ、凄まじい加速を見せる。
その速さはすさまじく、一瞬にして森を抜けてしまいそうなほどだ。
空とは言え、この世界すべてとはいうわけでもなく、森全域というわけでもない。
決して短い範囲ではなくとも上空から落ちてくる以上、その範囲外に逃げられれば回避されてしまうのは道理だ。
だが、彼女は逃さない。
「『ロック』」
たった一言呟いた。
それだけで地面を文字通り風のように疾走する長谷部の前方に山のような壁が出現する。
「こんな時に、邪魔ですねっ!」
長谷部はその山に向けて魔法を行使する
迫りくる上空の光に焦りつつも、長谷部によって行使された魔法により現れた山の数倍以上の大きさの風の刃と竜巻が襲い掛かり、山を破壊しようと殺到する。
でも長谷部の表情は全く晴れない。
「な、なんでですかっ!?どうして壊れないんですか!」
長谷部は詠唱破棄した中級魔法をでたらめに乱射し続ける。それは彼女が詠唱をなく発動できる最大威力の魔法だ。
通常の上級にも匹敵する魔法は、確かな威力がある。
けれど、そんなものでは傷一つつかない。
長谷部は知らないが、
彼女の前にある普通の岩なんかとは比べ物にならないほど硬く、褐色に輝くその金属は、アダマスと呼 ばれる万能金属だ。
ゼロディアやゲイルアルクを含めた大陸のすべての国で、あの貴重資源のミスリルの数百倍ともいわれる価値で取引されるその鉱物の数多ある特性の一つが、魔法も物理でも傷一つつかないその硬さだ。
「なんですかこれ、ミスリルでもないし、オリハルコンでもないし、なんでかこれはっ!?」
長谷部の前に静かにそびえる上級魔法でも傷一つつかない金属の山
・・
ルティアが一瞬で創り出せるそれは間違いなく彼女の力の異常さを際立たせていた。
・・・
それらが山となっているいま、その程度の魔法では傷一つつかない。
天空が降ってくる無数の稲妻と前方の山に行き場をなくした長谷部は、まともに稲妻を
その身に受けてしまう。
光の爆撃にあったような爆音と木々と土砂が巻き上げられ、吹き散る中、
ルティアは相手の生死を確認せず、さらに言葉を紡ぐ
「『アルマ』」
音もなく、時間も必要とせず
視界すべてを焼き尽くす光の洪水が、長谷部のいた場所を薙ぎ払う。
まるで津波のように膨大な光の水が、視界を押ししていく。
それらはすべて驚くほどに無音だが、
光に触れた物質は木は静かに溶けて、その形を無にしていく
昨日の長谷部の攻撃では森の木々は吹き飛ばされてはいても、まだ森の痕跡はあった。
だがルティアの魔法は木一本残してはいない。
完全な破壊だ。
だから、一面ごっそりと削れ、焼け野原になった森だった巨大なクレーターだけが空しくその場には残った。
「このっ!少しは痛い目をみてください……よっ!!」
まだ生きていたのか、巨大な風の刃が地面を切り裂きながら、迫ってきていた。
通常の中級魔法に匹敵する長谷部の下級魔法だ。
(中々にしぶといわね)
ルティアは自身に迫る攻撃魔法を眉をすがめて不機嫌そうに一瞥したのみ。
「ふんっ……」
長谷部の放った風の刃は、ルティアに届くはるか前で火で燃やされる雪のように一瞬で消えさっていた。
放たれた飛翔した風の刃は、確かにルティアへ向かっていた
にも関わらず、それはルティアの体に到達するどころか障壁にすらかすりもしない。
「ちょっ……防御もなしとか卑怯くさくないですかっッ!?」
それはまるで見えない巨大なドームに囲まれているかのような光景だった。
この世界の神の加護を持つ者はほぼ例外なく強い力を神から与えられる。
それは攻めるための力はもちろん守る力も含まれている。
その加護を与える神によっては、守る力が強力だと、詠唱破棄された魔法程度なら問答無用で無効化してしまう場合がある。
加護を発動したルティアの場合、長谷部の使用する魔法にいかに高い魔力を用いられているとはいえ、その魔法は加護で打ち消せる程度しかなかったのだろう。
今の彼女にとって長谷部の苦し紛れの反撃程度では傷一つつけられないのだ。
「うう、ちょっとこれやりすぎってレベルじゃないですよ、まったく……」
森だった焼け野原を見回し、長谷部は泣きそうな声で毒づく。
あのルティアの魔法の中、長谷部は服も体も傷だらけで、全身から出血を起こし、ぼろぼろだが、驚くことに生きていた。
「高い回復薬も、回復魔法も効かないし、どうなってるんですかぁ、ほんとにもうっ!」
長谷部の傷口はふさがらない。
ルティアの光魔法は、相手に断罪の呪いと呼ばれるものを付与する。
これは相手の回復を阻害する効果を持つ。
さらにいえば、傷口を焼いても彼女自身の魔法では傷口がふさがることもなく、回復魔法や回復薬でも
それは同じ。
長谷部はもはや満身創痍なのは誰の目にも明らかだ。
だが、ルティアの意見は違う。
仕留めそこなった。
長谷部はまだ生きていることに変わらないのだからと。
「ちょっと照準が甘かったみたいね」
ルティア自身加護の扱いに習熟しているとはいいがたい。
「も、森の半分なくなっちゃったじゃないですか、こんなことして国が怒らないんですか?」
「私の領地よ、私が何やるかなんて私が決める」
誰が何を言おうと関係ないというその態度。
彼女のその傲慢さはまさしく貴族だった。
「あーっもう!ゼロディアもそうでしたけど、これだから貴族はきらいなんですよ!」
ルティアには敵に対して容赦も躊躇もない。
「……っはぁ」
ルティアは静かに深く息を吐き出す。
一見優勢なように見えるが
加護を使用した時の体力消費は普段の比ではないために、彼女自身完全な優位とはいえないのがわかっていた。
加えて彼女の体力は高くない。
普段戦闘の際は、ひそかに詠唱破棄した風の魔法や重力魔法で自身を支えているため、それをごまかしている。
そのため、加護なしの戦闘の際は彼女は2重3重のの詠唱を強いられているために戦闘時間は限られてしまう。
移動魔法であっても自身で走る程度のことは必要とされているため早く動けても、使いすぎればばててしまう。
昨日割とあっけなく息切れした自分を思い出しルティアは唇を歯噛みする。
もともと生まれてすぐに膨大な魔力と加護のせいで健康な体とはいいがたかった自身が、サラの薬で治った後にここまで回復したのは、奇跡以外のなにものでもないために文句をいうつもりはない
薬のおかげで症状は治ったものの、幼少期のこともあり、彼女の体力は実際のところ多いとは言えないが、戦えないことはないはずだ。
ただルティアは今の短い攻防で疲労している
ルティアは内心では、もし許されるならどこかへ座り込みたいほど疲れているのだが、長谷部の前であるために重力魔法と風魔法で無理矢理自らの体を立たせて、今も呼吸が荒くなりそうなのを必死に我慢して隠しているのだから。
疲れているため、いろんなことがぐるぐると脳裏をよぎる
町を歩いていると今朝全裸で入国してきているといういかにも怪しい男の話、
ギルド前で逃げようとしたヤマダを無理矢理脅して自分を助けたこと、ヤマダが脅したにもかかわらず、貴族殺し戦で自分を助けてくれたこと、シリアが幼少期泣き喚いて嫌がる自分を最低2人乗り以上だからと領主である自分の父と一緒に人型魔道兵器にのせ、頭を思い切りコックピットの壁にぶつけたこと、国が、機械神の聖地である国を見捨てたこと、そのしわよせが貴族に来て社の機人にそのことでいつも以上に思い切りキレられ、大勢の社の人間に怒鳴られてしまうものの、子供のころの私は何も聞いておらず、わけもわからず思い切り泣いて、殴られそうになったとき、間一髪で祖父に保護されたこと、それとそれから――。
それから――サラのことだ。
幼少期に一度は仲良くなったサラは魔法神の加護を差別はしなかったが、貴族である自分を嫌っている。
昔の怖いもの知らずな彼女はなりをひそめ、別人のようになってしまった彼女がそれでも道具屋の中で自身に怒ってきたことを思い返す。
あの彼女の故郷を襲う事件を境に私たちの関係はだんだんと途切れ、最近まで顔すら見れなかった。
だから、よく見る雑貨屋になぜ彼女がいるのかわからないし、その理由を聞くこともできなかった。
雑貨屋にいるのすら知らなければ、まさか彼女の父親が怪我をしているだなんて思いもよらなかった。
でも今考えてみれば、雑貨屋の商品を仕入れるときに持ち物の馬車が弾き飛ばされたとき、そのままけがをしたのだとわかる。
私はあの時のルオスへの対処を間違っているとは思わない。
あのとき戦闘になればDランク以上のの魔物や機械を街中で相手にするようなもの。そうなればより多くの被害が出ただろう。
そうならないために動いたのだ。
けれど、彼女の気持ちもわかる。
そのためにあのルオスが起こした事件で大きな被害を受けたものは、無償で領主の名で物の保証や人の怪我を無償で医院で見るように取り計らっているのだが、サラや一部の人間はそれらすべてを突っぱねたらしい。
私のことがよほど許せないのだろう。
この戦いが終わったら、私もなんとか彼女の父親や納得できなかった人たちを助けられるよう手を尽くすつもりだ。
とにかく謝って許してもらおうなんておこがましいことは、考えない。
卑屈になるつもりもない
だから、できることをしよう。
できることを見つけよう。
だからこの戦い――絶対に勝たないとね
明日も一応投稿する予定です。




