その苛立ちは
真っ白な城壁に囲まれた、巨大な町があった。
よく見れば、不思議なことに、その城壁の内側の家の並びがまるで紋様を描くように円を描いている
この都市自体が様々な魔法の効果を持っている証だ。
その都市の中央には、アーチ状の城門の向こうに、まるで天に伸びるように突き立つ高い城が見えた。
城の天頂部には光の円が浮いており、まるで巨大な天使の輪のようだ。
ゼロディアの誇る魔法兵器の一つであるそれは、攻撃にも防御にも使える常時展開型の魔法を放ち、維持する。
いざとなればその天使の輪は、前面に移動して展開され、敵に合わせて転移すら繰り返し、上級魔法を軽々と超える威力の魔法を連発して城に迫る外敵を幾度となく屠ってきた。
そんなゼロディアの王城の廊下を一人の少女がいらだたしげに歩いていた。
濡れ烏のような黒髪に、同年代より少し背が低く、歩くたびにさらさらの腰まで伸びた黒髪をたなびかせている。
肩から腰にかけてすらりとしたラインが美しく、学生服をきっちりと着ているにも関わらず、なぜか
あどけないようでいて色気を感じさせる少女だった。
そんな少女は、いま眉をハの字にして、子供っぽく口をとがらせ、不快をあらわにして隠そうともしていない。
「つまらない」
「つまらないつまらないつまらないわ」
「まあまあ月宮のお姫様、そんな焦ってもいいことないですよ?」
「滝上、なんで他の人じゃなくて、あんたが私についてきてるの?」
一人のように見えていたが、少女の背後からいつのまにか同じ学生服を着た青年があるてついてきていた。
そのことに対しても少女は不快さをかくそうとせずに
「いちおうクラス委員長だからね」
「なにそれ意味わかんない」
「あと私お姫様じゃないわ、お姫様はこの国の王様の娘でしょう、私はただの女の子なんだから」
「そうですか、ですがクラスではいまだにお姫様みたいなものなら、変わらないのでは?」
「皆が優しいだけよ、そんな周囲の優しい人たちを家来みたいにいわないで、不快よ」
「すいません、言葉が過ぎました」
「いいわ、次から気を付けてね」
自分をお姫様扱いするなといいながら、2人の絵面はまるで姫君と臣下のそれだ。
そのことに少女も青年も気にするそぶりはない。
青年は、そこで顎に手をあて、
「ふむ、ところで長谷部や霧宮はなんていってましたか?」
「まだ見つかんないんだって」
そっぽを向いて、うーと子供っぽく唸る少女はとても同年代とは思えない
「んー、機会はどこかしら」
「もし見つけたら私に真っ先に教えてね?」
「もちろんですよ」
「ありがとう」
「そういえば佐伯と五十嵐のやつらが、メイドや城下町の女を襲っているらしいんですが、もし本当なら、できればあなたから注意していただけないでしょうか?
」
「あなた、クラスのみんなの悪口をいうの?」
「いえいえあくまで確認ですよ」
「周囲の人間があんまり話すもので、僕もなにか問題になっていないか気になるんですよ」
「そんなことするはずないじゃない、あなた此処の人たちに対しても馬鹿みたいに人がいいから、なんでも信じているだけじゃないの?」
「でも、煙があるところには火も少しはあるんじゃないかって思わないかい?」
「……貴方薄気味悪くて嫌いだわ、チートっていうのを得てから急に馬鹿みたいに善人ぶるようになったんだもの」
「これは手厳しい」
「あなた、まえはそんなに気持ち悪い笑顔浮かべてなかったわ」
「ひどいなぁ」
「私、善人はいいと思うけど、自分を隠すのは悪いことだとおもうわ」
「いいことも悪いことも
全部全部隠さず堂々とするべきだと思うの」
「それは大変ご立派な考えですね」
「少しいいですか、あなたは貴会を気に入っているにもかかわらず、殺そうとしたとも聞いていますが、」
「だって悪い神に騙されてたのなら、私が目を覚まさせてやらなくちゃ」
なんだこいつ?確かに目の前で話しているのに
話が通じていない錯覚を青年は感じていた。
「死んだのなら目を覚ますも何もないと思うのですが」
「死ぬよりつらいことってこの世にはあると思うのよ」
「はぁ」
「貴会が私のもとから逃げるわけないわ、」
「それになにより……わたしのものがわたしから逃げるのは許さない」
そのひとことのときのみ、少女の目がまるで底なし沼のような光を湛えていた。
それでも青年はひるまず、なおも言い募る。
「貴会は、自分で考えて、自分でこのクラスを去った、そうは考えないので?」
「そんなわけないわ、私を一人おいていくはずないもの、クラスのみんなだって
優しいし、そんな素晴らしい場所から逃げるなんて、だから悪い機械神なんかにきっと騙されたのよ」
「貴会は優しかったわ、私にいつだって優しかった」
「その優しさが実は嘘だと感じたことはなかったですか?」
「あなた……なにいってるの?」
その瞬間穏やかだった
少女の雰囲気ががらりと変わった。
「小さいときに転んだ私に手を差し伸べてくれたし、暴漢から私をかばってくれたし、お掃除当番全部かわりにやってくれたし、親に怒られそうになったと
き一緒に来てくれたし私の料理全部おいしいって言ってくれたし私がものをなくした時は必ず見つけてくれたし
ああ、だめ言葉ではつくせないわ、それほどに私に親切にしてくれた。
そういつだって物語に出てくるように優しく紳士のように良くしてくれたわ、それが全部、全部嘘だとでもいうのッ!?」
「あの優しさが嘘なはずがないわ!」
「このクラスが嫌になったとは考えないのかい?」
「なにいってるの?クラスメイトみんないい人じゃない、あなた以外」
「例え僕一人が嫌いでも、他の人間が好きなら そもそも僕の性格が変わってたのはここしばらくだ。
召喚されてから数日程度で逃げ出したなら理屈に合わないんじゃないか?」
「貴会は鋭いから、一目見てあなたが他の素敵なみんなよりも前から嫌いだっただけよ、」
「やっぱり嫌いよ!貴方嫌い!大嫌い!」
癇癪を起したように少女は、走り出す。
青年は困ったように手を伸ばし、やがて静かに下げた。
しばらくして青年は、顔を上げて歩き出す。
そこには自分が嫌われたことに対する悲しみや相手への
など一切浮かんではいなかった。
「僕だって、あんたが嫌いだよ、お姫様」
誰もいなくなった廊下で青年はつぶやく
幼少期から
わがままばかりで、むちゃくちゃばかりやってきていた。
表向き、容姿は抜群で、成績はTOPで家は財閥じみたものを幾つも持っている完全なお嬢様。
許嫁がいるにもかかわらず、ほとんどのクラスの人間は彼女のことを好きで、異性同性問わず
彼女に対して何度も恋文を送るほど。
でもそんなことはきっと彼には関係なかっただろう。
あれだけの仕打ち、彼が彼女のことを嫌わないはずがないのだ。
・・
「まだ普通の会話に慣れていないな、つい火に油を注ぐような形にしてしまった……」
「だが……きっとあの性格はいまさら矯正は無理だ、なら時間稼ぎしか僕にできることはない……か」
「長谷部の様子がおかしい、おそらく見つけたんだろうな、だが、今はそちらに手を避ける余裕がない」
「僕にできるのは情報が一度に拡散しないようにすることと、あのお姫様が動かないように感覚を乱すことくらいか」
その言葉の意味を知るものはここにはいなかった。




