連戦
戦いが終わった
俺がフォローをするように言ったからか、ルオスは俺のすぐ近くですまなそうに俺に頭をさげていた。
この人謝ってばっかだな。
今回の討伐で一体は即死させたのに、戦果も誇らないし、随分腰が低い印象がある。
「ごめんね、後半役に立てなくて」
いやいや、役には立ったでしょ。
「いや、最初の一体目をぶっ壊したんだから、十分ですよ」
「そうかい?そういってもらえるとありがたいね」
はにかむような笑みを見せるルオス。
まだ戦奴としては入り口にも立っていないとはいえ、この調子なら戦奴を最後までやり遂げるのも難しくないだろう
信頼とまではいかないが、一応戦う意思を見せたのだから、少しくらいは頼りにしてもいいかもしれない。
「おい」
地の底から響くような声がすぐ間近で聞こえた。
戦闘が終わったと思って、ルティアのことをすっかり忘れていた。
「いつまでこうしているつもり?」
俺が腕をほどくと、彼女は、森の中を走り回った時に、
体についた砂や葉っぱを払い、乱れたローブを整え、俺をじっと見つめた。
「……」
「すいません」
なんとなく謝る。
そんな俺に対して幸い彼女は、前髪を軽く引っ張り、少し不機嫌そうに
眼を背けながら
「ま、まあ、私を守るためなら、仕方ないから、ゆ、許してあげるわ!」
どうやら俺は許されたらしい。
よかった。
「あと戦闘中、この私によくも随分な口きいてくれたわね」
はっ!?そういえば、いつのまにか敬語やめてた。
あの時は必死だったからな。
「ふっふっふ」
何を考えているのか、不敵な笑みを浮かべるルティア。
一難去ってまた一難
不敬罪で殺されることはないと願いたい。
するとルティアは俺の顔を見て噴き出したように笑いだした。
「くすくす、なにおびえてんのよッ!別にとってくいやしないわよ」
「で、ではな、なんでしょうか?」
「そんな変な敬語より、さっきの方がよっぽど違和感ないわよって言いたくてね、命令、次からは敬語はなしで話しなさい」
なんか急にフランクになったな
「ま、まもってくれて、あ、ありがとう、感謝するわ」
「は、はい」
「敬語はやめて」
「あ、ああ」
「それでいいわ、もちろん今回のあなたの働きは依頼報酬に加えておくから、楽しみにしてなさい!」
「おう、楽しみにしてる」
少しは信頼されるようになったのだろうか?
それなら体を張った甲斐がある。
「え……いっ!」
そんな俺たちに向けてなぜかサリアが突進してきた。
機械神の子なのが関係しているのか、意外に重く、俺とルティアはまとめて地面になぎ倒される。
サリア以外に力強いな。
「きゃあっ!ちょ、ちょっと……ッ!」
「いててっ、サリア、なにを……」
お互い言葉を言い切る前に、間近にあった、森の木に巨大な風穴があいていた。
さらに顔ぐらいの大きさの見えない鉄球が通り過ぎていくかのように、そのままいくつもの木々を貫通し、穴をあけていく。
なにがあったのか?
考えるまでもない。
――敵の攻撃だ。
「聞い……て」
鈴のようなサリアの声に俺は耳を傾ける。
彼女は、感知能力に長けているというのは、
「私の……視界……の一つ……に突……然……現れた……みたい……」
敵が突然現れた?
敵は転移してきているのか?
だとしたらこれは奇襲。
「また……くる」
「規模が……大きすぎ……迎……撃……しない……と」
「私に任せなさい!『大いなる大地に願い母なる恵みに誓いし我が祈りを聞き届けたまえ……』」
サリアの声に答えるようにルティアが杖を掲げ詠唱を始めた。
「……くる」
サリアには敵の姿が視えているのか、彼女が来ると言って間もなく、遠くでなにかが吹き飛ぶような音 が聞こえた。
俺は、その場で敵について考えていた。
敵の攻撃は、これで2回目。
このまま遠距離から一方的に攻撃されるのはまずい。
ひとまずこの攻撃を避けるか、防いだら、相手に接近しないと嬲り殺しにされてしまう。
だが、俺のそんな思惑を嘲笑うように、景色が急変化した。
竜の咆哮を想起させるすさまじい轟音が響き渡り、俺のはるか前方の森の木々が、みるみるうちになぎ倒されていく。
この攻撃は避けられるものじゃない。なら防ぐしかない――だが
――だが最初の一撃とは明らかに威力が違う、ルティアは、本当に防げるのか?
「其は大いなる守護を司りしもの『輝ける大いなる大地の庇護』!」
ルティアの手にした杖が、今まで一番の強い輝きを見せ、赤い極光が周囲を満たすように広がる。
一瞬後、赤い極光に呼応するように、大地が隆起し、巨大な赤銅色に輝く大壁が一瞬で目の前に出現していた。
こいつは……すごい!
目の前にそびえ立つ壁は、まるで城壁のようだ。
これなら防げるかもしれない。
森中に響き渡る大気の悲鳴がどんどん近づいてくる。
視界の向こう側から、森を突っ切ってくる風の流星が見えた。
風の渦のようなものが、木々を巻き上げ、一直線に飛来する様は、神話の暴虐の化身を思わせた。
それが――着弾。
まもなくして、巨大な城壁を思わせる赤銅色に輝く大壁に隔てられているにも関わらず、響き渡る轟音。
「っ!これ……重い!」
ギリギリとなにかがどんどん削れる音とともに
ルティアの『輝ける大いなる大地の庇護に、巨大な竜巻のようなものがぶち当たり、あたりに余波をまき散らす。
暴風の余波で周囲の木々がいくつもなぎ倒され、岩が吹き飛び、大地がえぐれ、荒れていく。
みるみるうちに赤銅色に輝く大壁が削れ、小さくなるのがわかる。
「くううっ!!」
苦し気に耐えるような声とともにルティアの手に持った杖が強く明滅した。
敵の暴風を防ぐために魔力を追加で注ぎ込んでいるのだろう。
事実、それで明らかに壁の削れる速度が落ちてきている。
やがて、竜巻は、『輝ける大いなる大地の庇護で出来た赤銅色に輝く大壁を半分ほど削ってついに消滅した。
防ぎ切ったのか?
静けさが戻った時、そこには無残な姿になった森の姿があった。
壁の向こうの木々は、根っこごと巻き上げられたのか、いくつもの巨大な穴が開いており、
吹き飛んだ拍子に逆に落ちたのか根っこが上を向いて地面に突き立っている。
薄暗いはずの森の中には、陽光がさしていた。
暴虐なまでの破壊を起こした相手は、しかし、コレでは満足できないのか。
「また……くる」
「今……度は……本人」
風邪を纏い突っ込んでくる金髪の人影が見えた。
相変わらず吹き荒れる風のせいで髪が舞い上がるために、髪に隠れて相手の人相はいまだ見えない。
まるで風を支配しているかのような人影は、真っすぐ俺に向けて突っ込んできている。
そこで動く者がいた。
それはルティアでもサリアでもシリアでもない
ルオスだった。
ルオスは突然、俺と突っ込んでくる人の間に立つと大地を強く踏みしめ
「ふんッ!」
あのとき1体目の貴族殺し(マジシャンキラー)に突っ込んでいった時のように駆け出して行った。
そのまま風に包まれた人影とルオスが激突。
風のきしむような音が一瞬響き渡り、
弾き飛んだのは――ルオスの方だった。
彼の服が破れ、風の刃に切り裂かれ、傷から血が噴き出す。
まるで血だるまのような姿はどう見ても瀕死。
嘘だろ、
鋼鉄の機械を馬車を弾き飛ばした彼があっけなく死にかけている。
ただ人影の方も多少の反動や衝撃はあったのか、
その動きを止めている。
俺は動きが止まったその人影をじっと見た。
それは、年頃の愛らしい顔立ちをした少女だった
見覚えのある学園の制服を着た女性らしいふくよかな上半身に、丈のやたら短いスカート。
ルティアのような地毛ではないだろう。
やや色がくすんでいるのがここからでもわかる
おそらく染めたものだ
その顔には見覚えがあった。
名前は、長谷部 栞。
俺とともにゼロディアに召喚されたクラスメイトの一人。
馬鹿にし、嘲笑ってきたクラスメイトの一人。
言葉ならともかく、戦闘で直接相対したことはなかったが……俺と同じく
別の神から力をもらった以上、弱くないとは思っていた。
俺は、深呼吸をする。
怯えないように、逃げても無駄なのだから。
「こんにちわぁ、無能くぅん、さっそくだけどぉ、わたしのためにぃ、しんでくれますぅ?」
たぶんこいつは――俺の敵だ。




