だが俺は現地民だ
夕日を写し取ったような鮮やかなオレンジ
水中から見上げた空のような輝く青
芽吹いたばかりの若葉のような柔らかな緑
視界に入る鮮やかなそれらはすべて住民の髪の色である。
「これのほかの色もあるだけ見せてくれ。」
「おっ、お兄さんはこっちの言葉が上手だねえ。」
「まあ、長いですから。」
俺が話をしている間に店員が並べた七色を吟味し結局すべて購入することにしたらしい少年、辞書を頼りに交渉を終えると俺の手を引いて広場へと歩いていく。
「なんて言ったらいいかわかんなくて、助かりました。ありがとうございます。」
にこにこと嬉しそうな少年に微笑んで頷いておく。
広場では先に買い物を終えた子供たちがそれぞれ好きに過ごしているようだ。
パッションピンクの髪の護衛の騎士とこげ茶色の髪の少女はお互い辞書を片手に看板を指さして店の名前を確かめている。
ここでは一番幼い黒髪の双子は護衛につけられた狸の獣人のふかふかのお腹にひっついて幸せそうにしている。獣人が助けを求めるようにこっちを見ている。ちなみに彼の体毛はさわやかなライムグリーン。
「俺も触っていいですか!?」
そして俺の手を引き歩いていた、助けではなく追撃の為に走り出した黒髪の一部に銀メッシュをいれた少年。
彼らはこの国では異世界人とか渡来人、世界規模の迷子とか呼ばれる子達である。
この国では建国以来春先になると違う言葉を使う人たちがよく迷い込んできていた。
調べてみると城の近くの祠からやってきてまた祠に近づくと帰るらしい。
迷子が来るのは決まって春先、性別を問わず4~5人でそれ以上はやってこない。年齢は時々大人がやってくるが大体の場合子供であることが多い。
ちなみにこれを調べたのは過去にこの国へ来た迷子で、どうやったのかその男はそれまでに通算7回もこの国を訪れている。コツは春先に神隠しがよく起きるスポットに日参するといいとのことである。
だが、彼此20年ほど前に雷で祠が壊れた。
それにより今まで祠から来て祠に帰って行った迷子たちは森や草原などにいきなり現れるようになった。
初めは今年は来ないなあ程度で気にも留めなかったそうだが、荷馬車の上にいきなり赤子が現れてからは帰すために急ピッチで祠が修復された、壊れてから約5年。
もしや気が付いていないだけで毎年一定数迷子がやってきていたのではないかと慌てて捜索するも探せたのは16人。残りは何人居るかも不明のままである。
直された祠は帰すことはできるようになったが迷子がやってくる場所はランダムのまま、直したことにより人が住んでいる場所にやって来るようになったので初めよりはマシだろう。
しかし迷子が金髪やオレンジ色の髪の場合居場所を探すのが非常に困難だった。中にはやってきた村で普通に家庭を築いている迷子もいたそうだ。
そんな時、ついに永住を決めたらしい何度も行き来している男がちょうどやってきたので相談すると、何もしなくても入ってくるなら、入ってくる人間を振り分けようとの提案がでた。
この国では目立つ黒髪やそれに近い暗い髪色の人で、赤子では困るので一定の年齢層だけが来るように調整することになった。
それからは毎年春になると立派な甲冑をきた騎士の方々が各地の町や村を回ることになっている。
このあたりに暗い髪色の見慣れない人物はきませんでしたか?と聞きながら。
そして今年集められたのは俺を含めた5名。
10歳前後の子供だけで突然甲冑に囲まれ不安だったのだろう。しかもこの国の中でも特に華やかな色に囲まれ言葉も通じなければいやでも国が違うとわかる。
そんな中に地味な髪色でいかにも私服で武器も持たず現れた年上の俺に安心したのだろう。
彼らは俺に非常によく懐いてくれている。
ほほえましいことである、だがよく聞いてほしい。
俺は現地民だ。
ちなみに俺の髪色は濃紺。
ほとんど黒にしか見えないが光に当たると青っぽいようなそんな色だ。
もともとは北の村の出身で、ある程度年を取ってからは町から町へ革製品の加工技術を学びつつ修行していた。
新しい町へはついたばかりで住み込みで勤め始めて二日、騎士がやってきて聞きました。
このあたりに暗い髪色の見慣れない人物はきませんでしたか?
ならあいつだなと、親方に差し出され、意味も分からずドナドナされ子供に囲まれていたという。
髪色は確かに暗いよ、見慣れない顔?そりゃな来たばっかりだからな!!
そして集められた場所でなにやら偉い人たちがあつまって話し合いが行われている。
こういうのは余計なことに巻き込まれないよう、なにか問われるまで会話は聞かないようにしておこう。
「彼だけずいぶん落ち着いていますね、年齢のせいでしょうか。」
「ほかの者たちはお互いに知り合いだということですし」
「もしかしてですが、彼は数年前の渡来人なのでは?」
「まさか!!」
「ですが可能性はあります、あのころは赤ん坊だって来ていたのですから。」
「こちらの言葉に対する反応はどうでしたか?」
「ここに来るまでには特に何の反応も示していませんでしたが。」
「なにも?子供たちはこちらに何かを伝えようといろいろ話しかけてきていましたが。」
パッションピンクが近づいてきてゆっくりと俺に問う。
「こちらの言葉はわかりますか?」
「わかります。」
馬鹿にされてるのかと思うよな普通に。
しかし俺が応えると子供たち含め全員が驚く。
子供たちが騒ぎ出したので、偉い人の前であんまり興奮するのはまずいなと思ったのでなだめておく。
「ずいぶん、こちらの言葉に慣れているのですね。」
「(訛りの話かな)まあ(村から)こちらに来てそれなりに長いので。」
「やはり、そうなんですね。」
そうして俺の過去には20年ぐらい前にやってきた世界規模の迷子という新しい設定が付きました。
ちなみにその設定に気が付いたのは、子供たちがもしや帰れないんじゃないかって泣き出し偉い人がちゃんと帰れることを説明しているところでした。
結果的にだました感じになったんだがこれ罪に問われたりするんだろうか。
怖くなったので誤解はそのままに子供たちが帰るまでの四日間、迷子のふりをして子守に従事して速やかに親方のところに戻る予定。
何故四日かと問えばどうやらその期間を過ぎると学校が始まるらしい。
なんだ、そこの騎士さん「子供と一緒に帰りたくはないのか?」って
「この子達と一緒に帰ったところで、戻るべき家があるわけではないので。」
ちょまていい大人が何泣きそうになってるんだ落ち着け、本当に大丈夫だから!
俺の実家ここから馬車で5日だから。
その日は全員偉い人の家に泊まった。
子供たちの国の言語は辞書を眺めつつ夜漬けしてみたがいろいろダメだったので、二日目の朝に昔すぎてほとんど覚えてないといったら双子に熱心な指導を受けた。
あとうっかり変なことを言っても年齢差による感覚の違いととらえてもらえるのはありがたい。
そこから異世界っぽいことがしたいと言われとりあえず近くの森でキャンプとなった。
そばにいる護衛は2人だけだが街の明かりが見える距離だしその辺を巡回している兵士もいるというびっくりするほど安全に配慮されたキャンプだが子供たち的には問題ないようだ。
その後は騎士が魔法を見せてあげていた。
俺はできないのだが、「どうせなら使ってみたかったですよね。」と少年が言うので、少年に適当な呪文を授け唱えさせそれっぽく見えるタイミングで騎士に水などを出してもらったらものすごく喜ばれた。
村の子達も一度ははまる遊びなので試したが予想以上だ、途中から少女と双子も参戦し始める。
そのため最後にはぐったりしたパッションピンクにかわり夜の見張りをした、安らかに眠ってくれ。
そこからは町に戻り素直に観光名所を回ったり、少女に請われ名物のお菓子店巡りをしたり、双子がどこからかとってくる虫や動物の詳しい解説を求められたり、少年が巻かれたままの長い布地を買おうとしていたので値切ってみたり。
ちなみに金は初日の夜にこちらに来た時に身に着けていたものを偉い人に売ったらしい。
なんだその度胸、俺が辞書と格闘してる間になにしてんだこいつら。
最終日、三人分の荷物を積んだリヤカーをひきながら少年が振り返る。
「もしこっちに来ることがあったら絶対連絡してね!」
「その時は俺たちがいろんなところ案内します!」
「今度は一緒に海に行こうね」
「大きいカブトムシ捕れる木おしえたげる!」
各々偉い人に挨拶をして、最後に俺にそう言って祠へ消えていった。
リヤカーを引きながら。
あいつらの国の事はよくわからないが、その感じで帰って本当に大丈夫なのか。
「気になりますか?」
「そりゃ、まぁ。」
ライムグリーンの獣人騎士に聞かれ俺は曖昧に答える。
いくら三日三晩そばにいたとはいえ騎士相手に
あいつらの姿、控えめに言っても夜逃げだったよな、帰ったら即座に捕まったりしないか?
とは聞けないからな。
しかしそんな俺の返事に、彼らは何かを決意したように頷きあう。
一仕事終えた感のある俺の態度とは真逆のなにか緊迫感のある態度だ。
「一度、帰ってみませんか。」
「仕事があるので。」
即座に断る、あと向こうに実家は無いんです。
言えないけども。
「私たちが祠をそのままにしたせいで渡来人の方々には辛い思いをさせてしまいました。幼い頃に家族と離れ離れになるなどっ」
悲しそうな顔をしていると思われるライムグリーンの狸騎士さん、きっと家族に対する情が深いに違い無い。
だけどな違うんだ、大丈夫そんな悲しい過去とかここには無いんだ!
「もちろん、此方で仕事もしているそうなのでずっとというわけにはいかないでしょうが。彼らや、故郷が気になるのでしょう?」
さっきのそういう質問!?
「幸い今年は渡来人の方が来られるのが早かったですし、いまなら行って此方に戻ってくることも可能です。」
「戻るべき家が無いなんて言いますがきっと心配されています。職場には此方からうまく伝えておきますので。」
完全に善意であることを疑いようも無い態度で近づいてくるパッションピンクとライムグリーン、え、まって怖い何する気だこいつら待て待て待て
二人から逃げるようにジリジリと後ろへ下がると
祠のすぐそばまで来ていたのだろう、ジャリっと石を踏む音がして
「此方の事は心配なさらずゆっくり故郷をーー
気がついたら別れたばかりの少年、少女、双子に覗き込まれていた。
どうやら俺は意識を失ったままリヤカーの上に現れたらしい。
驚いたが怪我をしているわけでもなさそうだったのでとりあえず目がさめるまで路地に移動したそうだ。
辺りを見渡せばカラフルな明かりが輝き、どこからともなく楽しげな音楽が聞こえる。
食欲をそそる匂いや、大きな建物、全てが見慣れず目新しいものばかりだ。
きょろきょろしている俺に少女はにっこりと笑む。
「昔とは全然違うと思いますよ、良かったら今度は私たちが案内します!どこに行きたいですか?」
俺が行きたい場所がありすぎて迷うと思っているのかニマニマしているようだ。
きっとこの子供達のような順応力の高い迷子たちならこれから冒険が始まったりするのだろう。
だが俺は現地民だ。
「行けば即座に神隠しにあえそうな場所を頼む。」
余談だが、案の定そのあとすぐに警備の人に捕まり神隠しスポット探しは後日になった。
だよな、これやっぱりこっちの国でも怪しいよな。