8mg. 魔法陣!魔法陣!魔法ジンジンジジ陣!
火種が空に踊る。否、それは残光だ。詠唱によって火種が残光のまま空に固定化され線を描く。それはやがて……一つの模様を描き出していた。
「魔方陣……てめえは魔法使いか!?」
中空に描き出された魔方陣は俺の魔力を受けて輝きだす。やがて、魔方陣から火炎の塊が出現し、フーに向って射出された。
……俺は三流の魔法使いだ。詠唱と杖を用いて魔力を通して火種の残光を空中に固定、そして魔方陣を描いて魔法を発動させる。つまりは三段階の工程を経ることで魔法を行使出来るのだ。魔法に才能があるものはこんな面倒なことをせず、魔力を何かしらの一動作で魔法へと変換出来る。俺が魔法を発動させるまでの工程は、一瞬の隙が命取りになる戦闘では致命的だ。接近戦なら間違いなく発動させる前に潰される。
だから、俺の相方はツキなのだ。
射出された炎塊はツキを抜き去りフーへと襲い掛かる。フーは炎塊を視認しても速度を下げずに突っ込んできた。
「哈!」
背後から伸びている三本の尻尾を束ね、炎塊に横から薙いで逸らした。標的を失った炎塊がフーの後方で弾け、爆炎を撒き散らす。
「甘えよ! 威力も速度足りねえぞ! この三下が!!」
これだから異能力者は嫌いだ。俺が細心の注意を払って発動させた魔法もいとも簡単に破壊される。
杖を挟んだ右手は淀みなく動き続け、空中に新しい魔法陣を描き出す。フーの言うとおり俺の炎は威力も速度も弱いので、工夫と努力でカバーするしかない。俺は炎に特化した魔法使い……と言えば聞こえはいいが、実際にはやれることが少ないんだよ。悲しいねホント。
フーは俺が射出した炎を難なく打ち落としその進行は止まらない。魔法と言っても所詮は炎。あの尻尾を燃やし尽くすことは叶わず、せいぜい彼女を霍乱しツキが動きやすいようにサポートするしか手はない。
三本の尾を持つ獣は、俺が生み出した爆風に乗って更に加速しツキへと接近する。一方、ツキは加速したフーに動揺することなく迎撃の態勢を整えていた。足を止め、両手をダラリと下げた自然体。一見、それは戦いに赴く者の佇まいではない。事実、彼女はこれから舞うのだから――
フーが戦闘の間合いに入った刹那、更に接近して姿勢を傾ける。フーが操る八極拳の極意は接近戦。しかもツキよりも一回り小柄なフーの間合いは更に狭い。
「邪ッ!!」
地下にあるはずの部屋全体が揺らぐほどの震脚から繰り出されたのは、右肘を用いた肘撃。全てが必殺の威力を持つフーの一撃の前にツキは、
「なっ!?」
足を横に滑らせるように動かし、上半身の動きだけで回避した。あまりに自然な動き、まるで殺陣のように決められていたかのような錯覚に囚われる。
フーのリーチは短い。つまりは攻撃の初動から攻撃判定までが刹那で行われることを示している。だからフーは一度間合いに入ったツキがかわすことを予想していなかった。
「上等だっ! 女っ!」
フーは体制を立て直すと即座に攻撃を再開させる。それからは二人の間で超高速の攻防が繰り広げられた。否、あくまでも攻撃に徹しているのはフーであり、防御に徹しているのはツキだ。
攻撃まで最短距離を直線的に軌道を描くフーとは対照的に、ツキは流れるような円動作。全ての防御に繋ぎが存在せず、流れるような動作はまるで舞踏だ。
「しゃらくせえなお前ぇ!? 一体何者だ!?」
「しがない高校生よ」
「カッ! 今時の日本の女子高校生は随分楽しいな!? そっちの三下よりも楽しめそうだ!!」
おいこら傷つくぞ。
「確かに浩也君はうだつのあがらないし、男性として三流だけど……油断するとその尻尾に火が点くわよ?」
ディスリとフォローの表裏一体発現をするツキ。……この世界の女性は俺が傷つかないから暴言を吐いていいと教育でもされているのだろうか?
二人の戦いは加速を続け、やがて円の動きに収束した。直線的に攻めるフーに対し、ツキは決して攻めることは無く足捌きを中心として円回転で受け続けるために一つの地点に留まりながら円を描く。フーは洗練された武術の動きとは別に、独自に蠢く三本の尻尾を駆使しているためにリズムが取りにくい。ツキが歴戦の武士、しかも初見の動きについていけるのは偏に彼女自身も戦いに慣れているのと、異常な動体視力の賜物だ。そしてツキは相手を自分のリズムに巻き込んでいく。気付けば二人は同じ場所に留まりながら戦闘を続けていた。
この戦況こそが、いつもツキが行う俺に対しての誘導――実力不足である俺が唯一得意とする魔法戦法へと展開出来る道筋――!!
「火点配置――」
杖を咥えて大きく息を吸い込む。新しい酸素を供給された種火は最後の輝きと言わんばかりに一際輝いた。残火で6つの魔方陣を一筆書きする。魔法を発動させるコツは常に冷静になること。何せ俺は三工程を経て魔法を発動させるので、一度間違えると初めからやり直しだ。
そしてこれからの行動は更に神経を削る……!
俺の周囲に浮かび上がった6つの魔方陣から生まれた炎弾が、戦闘を行っている二人に襲い掛かる。炎弾の内5つが二人を囲うように地面に突き刺さり、火柱を上げた。残り1つは二人の間に割って入って、残りの炎弾と同じように地面に突き刺さり、火柱を上げる。
「なんだっ!?」
急な横槍に動揺するフーを尻目に、ツキは捕獲範囲内から離脱した。
本命はこれから……っ!!
「ぎぎっ……ぎぃいっ!!」
体から溢れ出しそうになる魔力を必死に絞り、完成後のイメージに向けて魔力供給を行う。
『葦束浩也の本分は燃やし尽くすことだ』――内なる声に逆らいながら慎重に慎重を重ねる。燃え盛る意識が漂白し、残された欠片も砂になり、粉になり、風に吹かれて消えていく。
やがて、何も無くなった白い世界で――再度火が点った。
「っ……! 連鎖魔方陣――――奔ル烈火、堅城也……!!」
フーの周りには彼女を中心に等間隔で火柱が迸り、やがて火柱同士から漏れ出た火炎が地面を走って一つの模様が浮かび上がる。
「これは……魔法陣……? 馬鹿な!? 魔法自体を媒介にして魔法陣を描いているのか――ッ!?」
火柱を基点とした魔方陣はその引かれた火炎の線自体が大きく炎上し、フーを包み込む火炎へと膨れ上がった火炎旋風が彼女を内部に閉じ込めた。そしてそれと同時に俺が手に持っている杖から火種が落ちる。
「きっつぅ……」
……時間ギリギリ、なんとか間に合った。止め処なく流れ落ちる汗を拭い、人心地が付いた。
連鎖魔方陣――これが魔法使いとして才能がない俺の切り札。通常、魔力を用いた発現した魔法は世界の理に逆らいながら、術者の魔力供給が続く限りこの世に存在を留める。これは魔法使いの最初に学ぶべき基礎であり、常識である。しかし自身の魔力を使って動作を行い魔法を発現させると、その効果……この世に現界させられる強度は、魔力供給量と発動地点と発現地点との距離によって減衰してしまう。だから俺が魔法陣を使って火の玉を打ち出しても、相手に辿り着く頃には最大威力には届かないのだ。まあ世界に逆らって魔法が生まれるわけだから、繋ぎ止めるための楔となる魔法使いから離れたら存在がブレるのは自明の理だね。
この話を聞いていた俺は一つの疑問を抱いた。『魔法自体を発現させるための動作は自身の魔力を用いることで可能になる……同じ魔力なら、世界の魔力でも動作の行使は可能ではないか?』と。
才能がなく、工程を多く踏む必要がある自分だからこそ気付くことのできた魔法理論。魔法使いは理論を構築し、実践するもの。思い立ったその日から研究を重ね、なんとか実を結んだわけなんですよ。簡単に言ったけど普通の魔法使いは、世界の魔力でも動作の行使は出来ない。俺の唯一の特異な能力のおかげってわけ。
世界に存在している魔力で魔法を発現、それを地面か空中に固定して陣を描き、再度魔法を発現させる二段階式魔法構成法――これが連鎖魔法陣。つまりは相手のすぐ傍で連鎖魔法陣を描くと、火力を損なうことなく魔法を使うことが出来るってわけだ。非力な俺が生み出した起死回生の切り札。
目の前では炎に包まれたフーが蹲っている。周囲に炎の壁に阻まれて逃げ場はなく、内部の酸素は炎によって急激に消費されているから、彼女を無効化するのは時間の問題だろう。
「殺しはしないよ。酸欠一歩手前で止めさせてもら――」
――炎の結界が内側からの圧力で弾け飛び、中から猛獣が飛び出してきた。




