7mg. 金の獣、銀の月、灰色の吸い殻
想像していなかっただろう光景に皐さんの足が止まる。その脇を抜けて俺は少女に駆け寄った。彼女は汚れたワンピースを身に纏い、悲壮感が漂っていた。しかし不思議と肌が荒れている気配はなく、捕まっている間も食事は十分に取れていたと推測される。
ひとまず見知らぬ少女に大事がないわかり、安堵の溜息を吐いた。しかし嫌な予感が胸に広がる。――この部屋にはこの少女以外の人間の泣き声も聞こえるのだ。
……問題なのはこの場に少女がいたことだ。今までは特殊な力を持つペットのみが誘拐されていたと考えていたが、人間がいたとなれば事情が変わる。
一概には言えないが、生物が持つ特殊能力は動物に比べて人間の方が厄介な場合が多い。そしてここにはそんな厄介な特者達を拘束出来るだけの能力を持った監視役がいるということだ……
「大丈夫? お嬢ちゃん」
なのに、この場に監視役の姿は見えない。
「ひっく……お兄ちゃん、誰?」
泣いている少女の頭に手を乗せる。
「君を……君達を助けに来たんだよ」
侵入とアレだけの戦闘を行った。しかも漏れなく監視カメラに晒されているにも関わらずだ。
「何故……あんな小さな娘がこんな所にいるんですか?」
「……科学が発展した世界では特者が世間に与える影響はそう大きくはないわ。人間が空を飛ぶなら飛行機があればいい。火を出したいならライターがある。私達が持つ能力の大半が科学で代替可能……いや、私達が代替なのね。でも人間という枠組みの中にいながら特殊な力を持つ私達は小回りが利く。だから裏の世界では重宝されるのよ。そして――」
「――幼い内から一般にいる特者の子供を誘拐して洗脳する。そうすると裏の世界で役に立つ捨て駒が出来上がるわけだ」
ツキの言葉を引き継ぐ。
この世界は表の光が届かないせいか闇が深く、俺とツキみたいに表と裏を行き来している人間だけじゃない。むしろ俺らみたいなケースは稀であり、裏で生きて裏で死ぬ者も多い。彼らは表の世界の規則に縛られず規制されていない故に行動が大胆で残酷だ。今回の誘拐であっても姿を透明にする能力や、人の意識を操作する催眠能力があれば容易に実行できてしまう。
今回も、そんな特者達が起こした犯罪だ。
「もう、大丈夫。ここから帰ろう?」
わかってはいるが糞みたいな世界に歯軋りをしながら少女に話しかける。
「本当に……?」
目線を合わせるために膝を曲げた俺に、少女が涙に濡れた瞳を向けた。緋色の瞳がキラリと輝く……そうはもう、剣呑に――
「浩也君っ!!」
「――嘿ッ!」
地面が揺れる音、ツキの悲鳴、そして目の前の少女から発せられた咆哮にも似た叫びを知覚する前に俺は後方へと吹き飛ばされていた。転がりながら檻にぶつかり、そして停止した。視線を上げるとそこには開いた右手を真っ直ぐ突き出したまま静止している少女の姿が見える。振り下ろしたであろう右足は、地面のコンクリートに皹を入れていた。
「カッ……外したか」
先ほどの可憐な少女の様相は一片たりとも見当たらず、そこには暴力を身に纏う、一人の獣がいた。全身から猛獣のような気が発し、小柄な姿に似つかわしくない禍々しさを感じ取れる。
これが……ここに監視役がいない理由――いや、こいつそのものが監視役というわけか。
さっきまでの俺のアンニョイな気持ちを返して欲しい。被害者だと思ってた女の子が、警戒していた相手なんて笑えないねホント。ある意味いつも通りの糞な世界でホッとしたよ。
「それにしてもほぼ零距離からぶち込んだはずなのにな……そこのお前も仲間が吹き飛んでいるのにも関わらず冷静を保って大したものだ」
少女が部屋の入り口に眼を向ける。そこには呆然としている皐さんと、こちらに向って右手を伸ばしているツキの姿が見えていた。
「あいにくと……私はそこで無様に転がっている男と違って女子供にも警戒を払っているの。これぐらいは予想してたわ」
余計なお世話だ。
俺は吹き飛ばされてはいるが、それは少女の攻撃によってではない。咄嗟にツキが能力を使って俺を少女の攻撃範囲から逃してくれたのだ。それがなければ俺はリタイアだっただろう。
「え? え? え? どういうことですか? なぜあの娘が攻撃して、浩也君が吹き飛んで、ツキちゃんが能力使っていて、みんなそんなに冷静なんですか?」
絶賛テンパリ中の皐さん。
少女の正体に気付いた俺は既に意識を切り替えている。こんなことは日常茶飯事だから。
「皐さんはそこから動かないで。これからはさっきと桁違いの戦闘が始まりますから」
「いいから早く立ち上がりなさい。情けないわよ浩也君」
ちなみに俺はパワーボムを喰らったような姿勢で転がっていた。
起き上がりツキの隣に立つ。視線は少女から眼を外さず一挙手一投足に気を配っている。少女はそんな俺とツキをニヤニヤと見詰め、まるで獲物を狩る獣のようだった。彼女は一通り観察を済ませるとワンピースの裾を持ち上げ頭を下げる。
「おいでなさいませ侵入者のお三方。今晩のお相手を務めさせていただくことになりました派遣会社『九尾』から参りました、警備部門の狐嗣と申します。短い時間になりますが、是非お付き合いを。お気軽に『フー』と、お呼びください。こちら名刺になっております」
そう言うと少女――フーは名刺をこちらに投げてきた。慇懃無礼な言葉遣いだけどニヤつく表情が全てを台無しにしている。今にも飛びかかろうととウズウズしていた。まるで野生の獣だ。それもそのはず――
警備派遣会社『九尾』。裏の世界では国内外問わず名が通っている派遣会社である。様々な分野でのエキスパートが在籍しており、個人・法人問わず依頼されたら上の方に破格の値段で派遣している。『九尾』の名の通り在籍している人数は9人だ。少数精鋭でありながら名を轟かしていることからわかる通り、当然一人ひとりが強力な特者であるが、彼らはほぼ共通の能力を有している。そしてその中の一人が目の前で笑うこの少女――
「どうだ? 私は可愛いだろうこのロリコン野郎。その膨れた下半身でまともに戦闘できんのか?」
……例え似合ってないとしてもさっきの言葉遣いの方が良かった。見た目だけは可憐だから言葉の汚さとのギャップがきついな。
と、相手のペースに呑み込まれても面白くないので流れを変えよう。
「調子に乗るなよ若作りが。フーおばさん」
俺の一言で空気が変わる。吹き荒れていた猛獣の気配が、研ぎ澄まされた殺意の刃へと。
「てめえ……知ってんのか?」
「あんたの会社がこの世界でどれぐらい有名だと思ってるんだよ。九尾に属しているのは全員が百歳を超えた異能力者に属する獣 人だろ?」
獣 人――ポピュラーなのは狼男だろう。人間の姿を模しているが、中身のそれは獣。特に九尾に属するメンバーは全員が外見自体にも変化を起こせると聞いたことがある。言ってしまえば獣化する。
「カッ……バレてるなら隠すことはないな」
そう言うとフーは体を震わせた。すると彼女の背後から、三本の尾が広がり、頭からは獣の耳が生えた。彼女は狐人に属する獣 人だ。
「自分で所属を話しておいてバレているもないだろうが」
「うっせえ!」
彼女の怒りに呼応して尻尾が蠢く。通常の人体にない器官ではあるが、普通の肉体と同様に動かせると見た。そしてその特異は戦闘にも当然用いられるだろう。
フーは自らを落ち着かせるように軽い呼吸をする。
「さてさて……お前らは一体誰かな? 空を翔る『天脚』か。未来を支配する『パラダイム』? あるいは邪眼持ちの『月天使』? 『花天光』? 『白金』? ……まさか『火炎魔術師』や『勇者』、もしくは『那由多』だとすれば素晴らしいんだがな。血が滾るぜ……」
……今、かなり知り合いの二つ名が聞こえたな。
「……お前警備が仕事だろ? そんな大物が来たらとても警備なんか出来ないだろうが」
特に後半の三人。まあその内の一人は今頃フィリピンをエンジョイしているだろうけど。
「カッ、私は強者と戦いたいからこの仕事についてるんだよ。でなければわざわざこんな国にこねーだろ」
俺の真っ当な質問を吐き捨てるようにフーが答える。そういや九尾の本社は香港だったな。
それにしても世の為じゃなくて己の利益のために戦う人間が一番手に負えないねホント。
「さて、とりあえずかかってこいや。お前らの正体がなんであれ私は戦うだけだ」
フーは腰を落として左手の指を伸ばしながら前に出し、右指同様に伸ばし腰に溜める。その姿は装填された弾丸を想起させた。
「……ツキ。どう見る」
「詳しくは知らないけど、先ほどあなたを襲った時の開拳と震脚から見るに中国武術――八極拳に属する拳法じゃないかしら」
うげ、相性最悪じゃないか。
八極拳とは中国拳法の中で、極近距離で戦うことを想定された実践武術だ。射程は短いが、それ故の破壊力を有している。特徴としては肩、肘、背中などから繰り出される体当たりだ。しかし体当たりと言っても侮るなかれ。八極拳には極意と呼ばれる『震脚』が存在する。地面を強く踏み付けるような踏み込み――こと八極拳では一撃の威力を極限まで高めるために用いられる。つまりは近距離で高火力を誇る接近戦のエキスパートだ。
魔法使いは近距離戦闘に弱いと言われており、俺も漏れなく苦手である。しかし苦手だからと言って避けて通れないのがこの世界。世知辛い。
俺は一本咥えて戦闘に備える。俺の魔法は時間と回数が制限されているから、発動所を間違えたら大惨事だ。
「お前……戦闘が始まるって言うのに一服ってか? 舐めてんじゃねえぞ」
意識を戦闘に傾けていたら、予想外の質問がフーから飛び出した。全身に怒気を滾らせこちらを睨みつけている。
「……? お前、さっきの戦いを監視カメラで見てないのか?」
見ていたら俺がこれを媒介にして戦う魔法使いだと知っているはずだ。さっきはみられるリスクを背負ってでも打開しなきゃいけない状況だから魔法使ったのに。
「そんなん見たらつまんねーだろ。私は相手と死闘しに来てるんだよ……行くぜ!」
空気を圧縮したような鋭い覇気と共にフーが突っ込んできた。風に靡かれて三本の尻尾が揺れる。
そして俺は咥えた物に火を点け――
「ツキ!」
「わかってるわ」
――それと同時にツキが流星の如く前進した。
俺は軽く煙を吸い込み先端の火を大きくすると、右手に持ち替えて空に描く。
「――――火点装填」
瞬間、俺の世界にも火が点る。意識が余計な物を排除し、残った残骸を組み立てて一つの形を作り出した。
今度こそ俺の活躍をノーカットでお届けしよう!!




