5mg. 点火完了
とりあえず状況を確認しよう。
・目隠し
・手錠
・パンツ一丁
である。
おそらく睡眠ガスを嗅ぎ、意識を失ったところを無力化されたとみる。しかしこれが本当にただの睡眠ガスによるものだろうか?
もしかして知らない間に変なクスリを……
「陽子さんがいればな……」
幸い猿轡をされていないため呟けた。
が、それが不幸であった。
「――あら? どうしてそこでその女の名前は出てくるのかしら?」
「うわあああああ!!」
後ろからかけられた声に驚いて悲鳴を上げてしまう。普通の状態じゃここまで驚かない。いないと思って発した独り言に応えられたこと、そして何よりもツキの絶対零度の雰囲気を声から感じ取ってしまったが故だ。
「お、お、お、驚かすなよ! いるなら言えよ!」
「いたわ。だからこうして声をかけてあげたのじゃない。それより浩也くん。なんであの女の名前を出したの?」
「ちなみに私もいますよ」
意外にこういうシチュエーションには冷静なんですね皐さん。
じゃ、なくて
「い、いや陽子さんなら自身に何が起きたか正確に把握できるだろ? そういう力を持っているんだから」
「ふうん……ならいいわ」
「……なんだよやっぱり陽子さんの事苦手なのか?」
天台陽子――ツキにとっては従姉妹にあたり、彼女達の実家で開いている道場も繋がりがある。なので彼女達は幼い頃から生活を共にすることが多く、仲は良いはずなのだが……
「苦手ではないわ。ただ合わないだけ」
それって苦手ってことだろ。
「それより…………そうだ! ツキ、皐さん! 服は!?」
「え?」
「はい?」
「……あれ? 服着てる?」
「着てますよ。目隠しと手錠はされてますけど」
「私も着てるわ」
俺が脱がされているなら彼女達も脱がされているはずなのだが……?
「悪いが女を剥く趣味はないんでな。目隠しと手錠だけさせてもらった」
扉を開く音と共に耳朶に響く第三者の声。纏わりつく様に太い声だ。そして複数の足跡。
どうやら俺をこんな姿にしたやつらがきたようだ。
ここは一つ……
「なんでこんなことするんだよおおお! 俺はただこの二人と楽しいことがしたかっただけなのにぃい! あんまりだよぉ!!」
幸いツキは学生服を着ているだけだし、警察官である皐さんの素性はばれていないみたいだし。二人の美女と楽しもうとこの廃ビルに侵入した不良を演じさせてもらおう。
「ちょっと入ってみたいなのにあんまりだよぉ!! 俺はただの学生なのにぃぃぃぃ!!!」
うわーんと涙は出ないが惨めな学生を演じる演技派な俺。関係ないけど印象派って言葉の意味はなんだろうね?
「助けてよぉぉ!! 帰せよぉぉおお!」
「……浩也君」
おいツキ邪魔するな。
「それは無駄な演技よ」
「お嬢ちゃんの言う通りだ。隠し通路を発見し、あの罠を解除できるのがただの学生のはずないだろう。監視カメラも見つけてただろうお前ら?」
……そういえばそうだった。
「――俺らをどうするつもりだ」
「今更カッコつけてもあなたの哀れさは消えないわ。パンツ一丁のくせに」
おいツキうるさいぞ。お前はどっちの味方なんだ。
「それにそこの女は刑事かなんかだろ? 身に纏う雰囲気が一般人のものじゃないしな」
あららばれてる。
「……待ってください。なんでツキちゃんは『お嬢ちゃん』で私はそこの『女』なんですか? そんなに私が老けて見えますか?」
「……」
「無視しないでください!」
沈黙は肯定。昔の人の言葉は名言だねホント。
「……で、本当にこの二人には何もしていないんだろうな?」
男の俺が身包み剥がされるのは理解できるし、我慢できる。ただ女性である二人に何かあったらただじゃおかない。
「ああ安心しな。触りたくもねえ。拘束するときもわざわざ軍手したよ」
「俺もだ」
リーダー格と思われる男と共に賛同する他の人間達。ここで状況をより正確に把握するために餌を撒く。
「本当か? こういうことするやつらはスケベェだから信用できねえな。どうせここにいるやつみんなしたかったんだろ? 正直に言ってみろよ?」
「俺らを舐めるんじゃねえ!」
「俺らにもプライドってもんがあるんだよ」
「まったくふざけて!! 可愛がりがあるじゃねえか!」
「絶対最初は俺にやらせろ……あの顔を歪ませてやる……」
わいわいとうるさい外野。音源から察知するに4人以上……リーダーを含めると5人以上か。音の反響具合から言ってもこの部屋はそれなりに広い。
「お前今すぐにでも掘――」
「黙れてめえら!」
未だに騒いでいた外野を一瞬で黙らせるリーダー。水を打ったような静けさに包まれる。どうやら統率力はありそうだ。
気配でリーダーが近づいてくるのを察知する。そのまま胸倉を掴まれた。
「……なあ兄ちゃん。あんまり粋がるなよ。……お前だけは楽に死ねないんだぞ?」
死ぬのは決定なのね。
「……で、なんで俺だけ楽に死ねないんだ?」
「そりゃあ――」
確かにリーダーが言うように女性二人には手を出していないようだし、案外フェミニストなのかも知れない。それで挑発した俺だけが拷問された挙句に殺されるって筋書きだろう。
「――俺たちはゲイだからな」
「――――」
え?
今なんて言った?
guy? 男だから? そうだよな!?
「今からお前には死ぬほど痛くて、死ぬほど気持ちいい思いをした後に死んでもらう。悪く思うなよ。これも上から言われているんでな」
「いやあああああ! それはまじで嫌あああああ!」
さっきの演技とは違って自然に涙が出てきた。童貞卒業の前に処女卒業なんて笑えない。
だから女性には手を出さずに、俺だけパンツ一丁なのね。
なにこのコントみたいな流れ!?
「あの泣き顔たまんねえ……」
「あの顔が快楽に変わる瞬間はたまらねえなあ」
外野が活気付いてきた。
まずい! このままだと本当に処女と人生から卒業してしまう!!
「助けてツキぃぃぃぃ!!!!」
「……」
「黙ってないで助けて! 皐さんもぉぉぉぉ!!」
「わ、私はそっちには理解はありますよ! い、痛いのは最初だけらしいから頑張ってください! 私の持っている本に書いてありましたし!!」
この人腐ってる!?
あんたこの前『私は女だからと言って舐められたくない』とかドヤ顔していたじゃないか!
誰よりも婦女子じゃないか!
「どうせみんな死ぬんだ。最後は楽しもうぜ?」
「楽しいのはあんたらだけだろうが!? 俺だけ損してるぞ!?」
「わ、私も得します!」
「皐さんはもう黙ってえええー!!」
一刻も早く現状を打破しなければならない。しかし両手と視界は塞がれ、俺の力は使えない。ツキも現状では同様だ。
「ちょ、ちょっと待て! 俺らを殺したら、ここに来た目的とか聞けないぞ!?」
思考を回す時間を稼ぐために意味のない質問を繰り出す。
「大丈夫だ。この先は拷問と強姦を兼ねているからな。すぐに吐き出す……下半身もな」
「うるせえ! 別に上手くないんだよ!!」
この微妙なボケは紅葉姉さんを思い出してイライラする。
じゃなくて冷静に冷静に……と考えたところで俺に出来ることは一つしかない。
「…………」
「あ、覚悟は出来たかい? なーに痛いのは最初だけだ。しっかりとワセリン塗ってやるよ」
「……最後に、俺の願いを聞いてもらえるか?」
「お、お前はローション派か?」
「違えよ!! じゃなくて……最後に、一服させてもらえないか?」
不本意だが俺の態度に不自然な所はないはずだ。実際に貞操の危機を覚え、これからのやることに対しての覚悟も出来ている。
「一服だと? ……そういえばこいつの上着に入ってたな。何故か人形と一緒に」
まだいたのか聖処女少女・アマンドクリスティ。
「最後の晩餐代わりにいいだろ?」
「臭いが付いたらキスをする時に気になるんだがな……」
あー聞こえない聞こえない。
「しょうがねえな……。と言っても手錠と目隠しを外すわけにはいかねえから、俺が咥えさせて火を点けるぞ?」
「それで大丈夫だ……ありがとう」
これで――大丈夫だ。
リーダーが遠ざかる気配がし、ガチャガチャという音が聞こえてきた。俺の胸ポケットから箱を取り出しているのだろう。
ん? ガチャガチャ?
俺の上着には金属が使われていないから硬い音はしないはずだ。
……嫌な予感がする。
「ほれ、準備できたぞ。少し身を乗り出して咥えろよ?」
「……あんたまさか、俺に変な物咥えさせようとしてないよな?」
「……」
「無言になるなよ! やっぱりじゃねえか!」
沈黙は肯定。昔の人の言葉は残酷だよホント!
こっちがシリアスになってるんだからそっちも対応してくれよ……
「ちっ! 冗談だよ冗談。こっちが本物だよ」
そう言うと口に無理やり何かを咥えさせられた。唇に紙の感触があり、どこか甘い匂いを感じる。慣れ親しんだ感覚。
今から、俺は変化する。
「火、くれよ」
「あいよ」
着火する音と共に、僅かに暖かさを感じる。そして一呼吸すると、空気のそれとは違う異物が口内を犯した。異物は気管を通って気管支に入り、さらにその先端にある肺に運ばれる。やがて血液を巡り脳に到達したのか、思考が愚鈍になりつつも意識がクリアになり、目の前を弾けるような感覚が襲った。
そして、煙を吐くと共に呪を紡ぐ。
「――――火点装填」
――タバコには、こんな格言が存在している。
『タバコは日に14人の生命を奪っている』
と。
でも俺は疑問に思うんだ。
「なんでそんなに少ないの?」ってさ。
自然に頬が緩み、笑いかける。
「あんたらツキないね」




