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視界は目隠しされているので真っ黒。手は後ろに回され手錠をかけられて全く動かない。
そして何よりも――
「なんでパンツ一丁なんだよ」
どうしてこうなった……
時は、廃ビルに侵入した時に遡る――
◇◇◇
棒付き飴を含み、コロコロと転がす。
「周囲はフェンス、そして『危険だから立ち入らないでくだざい」の看板か。んー場所が場所だけにヤンキーの溜まり場になっていてもおかしくないんだけどな。てか「くだざい」ってなんだよ」
眠らない街……というのは言い過ぎだがここらへんは夜の店がそれなりに多い。つまりは遅くまで活動してる悪い人達が自分達の聖域と称して不法侵入するにはもってこいの場所なのだ。看板やフェンスだけでは彼らの行動は妨害できまい。なのにこの場所には人の気配がない。
「……これが理由ね」
ツキが白い指で真っ直ぐ看板を指差す。
そこを見てみると先ほどの誤字である「くだざい」の文字…………ん?
「これは血痕ですね」
看板に近づいた皐さんが「さ」の右上に付いている濁点を指でさする。おそらくはヤンキーの体液だろう。侵入前に成敗されたか、侵入後に成敗されたか。
怖いねホント。
「あーとりあえず入りましょうか」
フェンスを蹴り飛ばして敷地内に侵入する。
俺の予想が合っているなら……どうせ侵入はばれるのだから効率良く行きましょう。
ビルの正面……はさすがに避けて裏口から侵入。何故か鍵がかかってないから呆気なく侵入できた。
ビルの中は外観から予想された通りに荒れている。お酒の空き瓶や空き缶が転がり、壁は所々はげていた。使用されなくて結構な年月が経過しているだろう。にも関わらず床には埃が余り見当たらない。
これが意味することを考えていたら一つの答えに行き当たった。
「はっ――!」
……夜の廃ビルに美少女と美女の両手に花状態。
事件が起きるにはもってこいのシチュエーションだな。
「……あなた、変なこと考えていない?」
「イイエ」
読顔術はやめて欲しい。
「ところで……気づいている?」
「ああ……」
真剣な顔をしてツキの言葉に頷く。
やっぱり彼女は気づいているようだ。
緊張で喉が鳴り、皐さんに聞こえないように耳打ちをする。
「皐さんっていい匂いするな」
月天使の邪眼かと思うような凶悪な視線。
掴まれてないはずのこめかみが何故か痛くなってきた。
「じょ、じょーだんだよ! ……カメラだろ?」
「死角に配置されている監視カメラ……きな臭いわね。表でも同様に設置されていたわ」
ツキの言葉に周囲を見回すと確かに隠れるように監視カメラが設置されていた。
ご丁寧に死角に入るように。
「……なるほどね。だからあえてこんな所なわけね」
「どういうことですか?」
「んー……っと、とりあえずさっきの血痕から見てもこのビルがただの廃ビルじゃないのはわかりましたね?」
「はい……と言いましても不良達の喧嘩痕かもしれませんよ?」
「まあそれもありますけど、ここで重要なのは屋内に設置されている監視カメラです。なぜこんな廃ビルに監視カメラが設置されていているのでしょうか?」
「……別におかしくはないでしょう? このビルが使われていた時に設置されていたものじゃないですか? 近年監視カメラが設置されていないビルの方が珍しいですよ」
ごもっとも。
「それでは皐さん、監視カメラの設置理由はご存知ですか?」
「……馬鹿にしているのですか? 文字通りでしょう?」
「ご名答。しかし監視カメラにはもう一つ、設置理由が存在しています」
指を一つたてる。
「それは威嚇と牽制です。監視カメラは侵入者が発見しやすい場所になければ意味がありません。ここに監視カメラがあって、お前らを監視しているから変なことをするなよ……という抑止力になるのが目的です。しかしここは……」
溶けてしまった飴無し棒で監視カメラを指す。
「――死角にカメラが存在している」
「そうです。つまり牽制のためではなく、ただ監視するために設置されている。そして監視カメラがあるということは、この場所に侵入者を監視しなければならない程の何かが存在していると示してしまいますからね。このビルに監視カメラを設置した人物は、それを隠しつつも侵入者に罰を与えるために監視カメラを設置しています」
そして俺の予想通りなら、このカメラでこちらの戦力も測っている。ツキはともかく俺はバレやすいからなー。
「確かにそう考えられますが……考えすぎじゃないですか?」
だったらいいんですけどね。
俺が皐さんに説明している間もツキの足は淀みなく動き続ける。先頭を歩くツキは、新しい部屋に入る度に周囲を見渡し、迷わずに足を運ぶ。
そして――
「……ここね」
ある部屋にたどり着いた時、何の変哲もない壁の一部を押した。
「ベタだねホント」
壁が二つに割れ、その先には地下に繋がる階段が出現した。降りる先は深淵。何も映さない。しかしツキはしっかりとした足取りで俺らを先導する。
「……あの」
なぜか服の縁を掴みながら皐さんが聞いてくる。こう見えても暗い所が苦手なのかも知れない。
ホント可愛い。
「ツキちゃんはなんで隠し道を見つけられるんですか? そもそもこんな漫画みたいな隠し通路って……」
さて、この人に話をしていいものか。
皐さんが飼っている猫は間違いなくこちら側だ。だからその飼い主である皐さんにも知っておいてもらったほうが都合が良い。しかしおいそれと人の秘密を話を勝手にするのは憚れる。
それにしても『漫画みたい』とは的を得ている。これからの皐月の人生には漫画みたいな体験が待っているだろう。
「えーとですね……」
「……浩也君」
話しかけたところをツキに遮られる。眼を向けると何もない廊下に明かりが広がっていた。いや、廊下と呼ぶには少し広い空間だ。明らかにビルの外観から予測した地下の規模より広い。きな臭い。
「赤外線センサーが張り巡らされているわ。いかに侵入に気付かれているとはいえ、このセンサーにひっかかったら何がおこるかわからないわ」
そう言うとツキは何もない空間を指差した。明かりのせいで視界はある程度確保されているが、とてもセンサーがあるようには見えない。しかし『ヴィーン』といった機械音が鳴動していた。
「地下だから窓もないし……可能性としては密閉空間にガスでも噴射されるかね」
最悪な予想としては有無を言わせずデストロイされること。
「……私の眼には何も見えませんが、本当にセンサーがあるのですか?」
「まあ俺にも見えませんが」
ツキが言うんだから間違いない。見えるのは監視カメラだけ。
「このセンサーをかわしながら進むか、解除するスイッチがあればな。スイッチは大体監視室とかにありそうだから可能性は薄いと……ツキ、かわせる幅はあるのか?」
「あなたがゴキブリ並みに小さく慣れるなら通れるわ」
「それはひどくないっすかね!?」
何気ないツキの言葉に傷つく大学生、俺。
「それに……」
ツキは目線をセンサーがあるであろう先に向ける。
そこには――
「……うーんスイッチだなあ」
壁にスイッチがあった。
これ見よがしにありすぎて逆に怪しい。
「スイッチは壁の向こう……中にいる人が解除する時に使うんじゃないかしら?」
「そう考えれば納得できるか。まあ俺らが先に進むためにはどうにかしないといかんしなホント」
「それで……どうしますか? スイッチはセンサーの向こう側……これで撃ちますか?」
そう言うと皐さんは胸元から黒光りする――拳銃を取り出した。
「……皐さん、今日って非番じゃないんですか?」
「緊急の用件ですから。無断で拝借してきました」
成松さんにちくるぞ。
「いえ、もし当たっても――」
「もしじゃなくても当てますよ私は」
「……えーとスイッチに直撃して何か電気的にショートしても怖いので、安全策で行きましょう。それではよろしくお願いします! ツキ先生!」
「……その呼び方は不快よ」
不承不承……と言った感じでツキが一歩前に出た。
彼女は右手をスイッチに伸ばすと、ジッと見詰める。
すると――
「なっ!?」
スイッチが押され、広場に満ちていた機械音が止んだ。
「これで解除されたわ。先に行きましょう」
スタスタと何もなかったかのように進むツキ。俺も続こうとしたら首根っこを掴まれ、引き戻される。
「えっえっえっ!? 何で離れた所にあるスイッチが押されたんですか!?」
ガクガクと揺さぶられて気持ち悪くなる俺。
まあ目の前で皐さんの胸が揺れているのを見れるから眼福だ。
「実は――」
「あっ――」
真実を話そうとしたら、ツキの間の抜けた声に遮られる。
見たら踏み出したツキの足元が僅かに凹んでいた。
「……二重トラップね。これは盲点だったわ」
プシューとした音と共にガスが天井から噴射される。
「お、おい! どうするんだよツキ!」
「反省はしているけど、後悔はしていないわ」
「そんなこと聞いてねえよ! 対処法は!?」
「私の力でどうにかなるものじゃないでしょ。頑張って」
ちっくしょう! こんなところで3回しか使えない切り札を切るのかよ!
とりあえず皐さんを離し、胸元から切り札を出そうとすると――
「ってこれじゃねえ!!」
胸元から聖処女少女・アマンドクリスティのフィギュアが出てきた!!
思わず地面に叩きつけようとして、アナの渡してきた時の笑顔を思いだして止める律儀な俺。
「おおい! どうするんだ!?」
皐さんに再度掴まれ、揺さぶられる。
「ちょ、ちょっと皐さん! 今はそれどころじゃ!?」
「だからどうするんだ!?」
この人想定外の事に弱いのか!? テンパリすぎだろ!?
「だから離して!」
「だからっ!?」
「……これは詰みみたいね」
「そんな冷静なっ!? ……ぐっ」
ガスを少量吸い込んでしまって意識が混濁する。
なんとか再度胸元から箱を取り出して――俺は意識を失った。
そして冒頭に戻る。