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キャストルマイルド  作者: TBK
2/10

2mg. 早朝に浮かぶ月

「眠い……」


 皐さんの依頼を受けた翌日、真面目な俺は1現が始まる一時間前に学校――正確には母校に来ていた。勿論来週に提出を控えたレポート作成……であればどんなによかったことか。実際は昨日の件をピースのアルバイト兼俺のパートナーに伝えるためだ。


 喫煙喫茶ピースは表の仕事。裏は特別(・・)な事情があるお客様を助ける何でも屋。警察や探偵に依頼しても解決不可能な事件を解決するために存在している。とは言っても言葉通りに何でも屋であるから依頼は多岐に渡るのだ。ペット探しから浮気調査までとね。  

 今回の依頼は単純だが、内容は面倒な予感。早く終わらせて実力テストの勉強をしたいものだ。


 通いなれたキャンパスを外れ、系列である高校の校舎に入る。俺の通っている大学は中高大の一貫校になっており、俺はそこの内部生。高校を卒業した後もたまに顔を出している。

 普通であれば校内に私服の若者がウロウロしてると注意されるんだけど、昔用務員のバイトをしていたからスルーされている。


「ツキー」


 目当ての教室を見つけ、扉を開けながら探し人の名前を呼ぶ。中には女子生徒が一名。窓側の最後列に座って本を読んでいた。漆黒に近く、腰辺りまで伸ばした黒髪に朝日が反射して輝いている。


 その顔は誰が見ても美人……ではあるが切れ長で意思の強さを感じさせる瞳は周囲を自然に威圧する。服装はただの学生服なのだが、それすらも彼女が着ていると特別な何かを感じさせる。そこにいるだけで夜に浮かぶ三日月を連想させる圧倒的な存在感。これはもう神々が作り出した器だ。


 ――御影(みかげ)月子(つきこ)


 一年前ぐらいから組んでいる俺のパートナーである。


 月子ことツキは俺に気づくと読んでいた本を閉じ、立ち上がる。そのまま教室内の全ての窓を全開にし、備え付けてある空気清浄機を付け、サングラスとマスクを装着してこちらに来た。

 一瞬ここが紛争地域かと勘違いしてしまった。


 わー。一気に人間と人間の争いによって創造された人工物だー。


「おはよう浩也君。臭いわ」


 爽やかな朝を凍りつかせるブリザードの声。


「……アレだ。朝一から心折れそう」


 いやホントに。

 思春期真っ只中の大学生が年下とは言え美人女子高生に臭いと言われると死ぬほど凹む。


 泣きそうな俺を無視してツキは(おそらく)溜息を吐いて(おそらく)眉根を寄せた。


「……朝から何の用よ? 最近よくあなたとの仲を噂されて迷惑してるのよ?」

「……噂されてるのはお前の奇怪な行動と奇妙な格好のせいだ」


 その姿でコンビニ行ったら通報されるぞ。


「お前って言わないで頂戴。名前を呼んで」

「はいはいツキさん」

「『はい』は一回」

「……はーい」

「……それでいいわ」


 ツキの声に柔らかさが混じる。

 表情が隠れてわからないがおそらく満足しているのだろう。


 ツキはタバコの匂いが嫌いなので、前日バイトがあった俺と話す時はこのように完全防備である。そのせいで俺とツキが話すことをこいつのクラスメイトは嫌っているらしい。性格は置いといて見た目が良いツキはファンが多い。その規模は学外まで広がりわざわざ他校の生徒が見に来るほどだ。折角見に来たツキが完全防御姿勢を取っていると舌打ちが響き睨まれる。


 いやいや泣きっ面に蜂過ぎるから。実家の手伝いをしてるだけなのに臭いと言われ、「お前は去れ」みたいな目線を送られなきゃいけねーんだよホント!


 ツキは少しサングラスを下にずらし、こちらを見上げる。上目遣い、というのは本来可愛らしい行動のはずだがこいつがやるとなまじ美人な分迫力が上回るのだ。

 こんなにドキドキしない上目遣い初めて。


「……いつもの匂い(バニラ)だけじゃない匂いがするわね。今週はレポートがあるからバイトはしないんじゃなかったの?」

「本当は店番だけだったのに喫茶店が珍しく混んでな。ホールやってた」


 皐さんが帰った後に常連さんが喫茶店に来たのだ。ホント迷惑。


「……それで、バニラを漂わせているってことは……」

「想像通り。仕事だよ」

「――場所を変えましょうか」


 先ほどの煩わしそうな雰囲気から一転、真剣な顔になったツキはマスクとサングラスを外した。喫茶店のバイトもこれぐらいやる気出してくれればなー、とか考えながら二人で屋上に向かう。ただこの冷たい態度がツボ(・・)に入るお客様も増えている。


 先を歩くツキは凛としていて、そこにいるだけで周囲の空気を変える。傍に人がいるのを許さず、王のように道を往く。……故にこの学校では孤高で孤独な姫であり女王として君臨している――らしい。本人の排他的な性格もあるが、彼女の見た目は人として他と隔絶して整い過ぎているためだ。美人過ぎると自分と違う世界の住人に見えて近寄りがたい……ということ。尤も、コアなファンは無数に存在している。かく言う俺もこいつと知り合うまでは「美人でお高い女だなー」程度にしか思ってなかった。


「いい風ね……」


 屋上に繋がる扉を開くと暖かな風が頬を撫でる。こんないい天気の時は仕事を忘れて昼寝でもしていたい。


「……これが依頼内容だ」


 でもそんなことしてる場合じゃない。A4サイズ三枚にまとめられた皐さんの依頼書をツキに渡す。端見さんが書いてくれた議事録をまとめたものだ。


 ツキは依頼書を受け取り、表紙を見ると――


「……え?」


 おっと珍しい。ツキの気の抜けた顔を見れるなんて。


「これ……私の見間違いじゃなきゃ『猫探し』って書いてない?」

「いんや間違いじゃ……おいおいどこに行く」


 屋上を出ようとしたツキを呼び止める。

 さっきまでのやる気はどうしたんだよ。


「……確かに、私はあなたの所でバイトを始める時についていくと言ったわ。でも猫探しなら私の力は必要ないでしょう?」


 微かにむくれるように話すツキ。仕事だからと気合を入れたが、猫探しという単純な依頼に肩透かしを喰らったのだろう。


 それにしても俺もツキの雰囲気の変化を読み取れるようになったものだ。出会った頃には恐らく気づかなかったであろう微細な表情の変化。約一年の歳月を経てこいつも少しは心を開いてくれたのかね。


「まあそうなんだけど」

「どちらかと言えば雅遊さんの領域の依頼じゃない?」

「その雅遊さんからの紹介だよ。二枚目を見てみろ。その理由がわかるぞ」


 俺の言った通りに依頼書をめくるツキ。


「……これは」

「そういうこと」


 二枚目には対象であるニャンコの写真が載っている。

 それを見れば俺達の仕事だとわかるだろう。


 ……っとツキが写真を見たまま固まっていた。

 余程意外だったのか?


「……可愛いわ」

「ちげーよ。いや可愛いけど」


 そう言えばツキはこんななりをして可愛い物好きだった。見た目がクール美人なのに可愛い物好きとかありきたりすぎて逆に笑える。尤も、本当に笑ったら目で殺されるが。


「……アルビノ」


 写真に写っているのは真っ白なニャンコがこちらを不安そうに見上げていた。

 しかも青色と赤色の一対二色(・・・・)の瞳でだ。


「アルビノでオッドアイ(虹彩異色症)ね……」


 ツキが呆然と呟く。

 アルビノ……白色遺伝子を有しており、これを一つでも持っているニャンコは毛並みが全て真っ白くなってしまう。そして眼色が左右で違うオッドアイも遺伝子上の特異によって顕現する。両特徴とも少し普通ではなく、特徴的とも言えるだろう。


 そう、普通ではない(・・・・・・)のだ。


「……でも、これだけでうちが扱うのは微妙じゃないかしら? そもそもオッドアイは白色の猫によく現れるらしいから、アルビノでありながらオッドアイであることはそこまでの異常じゃないわ。だから普通の探偵である雅遊さんで十分じゃない?」


 そう言いながらも写真から眼を外さずにどこかソワソワしているツキ。アレは口では否定的なことを言いながらもこの依頼を受けるには異論がないと見える。そもそも雅遊さんの紹介なら間違いないだろうに。自分で言っていて気づいているくせにさ。

 

 可愛い物には目がないというのが俺にはバレているのにそれに気づかず……このニャンコに会いたい気持ちを抑え、俺から依頼を受けさせて「しょうがないわね……あなたが言うなら付き合ってあげるわ」と言うのだ。

 自分の心を隠しながらも、それでも目的を果たそうと不器用に動くツキ。

 全く……素直じゃないよホント。


 しかしそんなツキのことは嫌いではないので背中を押してやるとしよう。


「そのニャンコ、人語を理解して反応するらしいぞ。あと少しだけ喋れる」

「――――」


 あ、固まった。そしてまたソワソワし始めた。

 

 きっと

 「何それ可愛い!」

 とか

 「何馬鹿なこと言ってるの? でも見たい!」

 とか考えているに違いない。


「『うちの子本当に可愛いのよー! 私といつもお話をして、言葉がわかっているのよーー!!』何ていう飼い主馬鹿みたいな事じゃないぞ」

「変な声出さないで気持ち悪い」


 まだ俺のライフポイントを削るのか。


「うっせえ。……依頼者である女性は一人暮らしでそのニャンコと暮らしているんだけど、おはようからおやすみまでの基本的な挨拶は喋り、彼女が仕事で帰ってこれない時は自分のご飯も用意するらしい。オトモに欲しいねホント」


 俺も皐さんに聞いただけだから実際眉唾だけどな。


 アルビノ、オッドアイ、人語を理解して会話する。


「それになにより雅遊さんの紹介だし」


 あの人がうちに回す仕事を間違えるはずがない。プライベートでは紅葉姉さんに匹敵するぐらい適当だけど、調査、諜報の有能さにかけて俺はあの人(雅遊さん)以上の人を知らない。あの人がうちの管轄だと言えば、それは紛れもなくうちの管轄なのだ。それほどまでに俺達は雅遊さんを信頼している。


「あとは個人的な意見だけど――」

「……?」


 最後の一押し。

 結局は自分の気持ちを正直に、少しのエッセンスを乗せて伝える。


「俺がやりたいんだ。それじゃあ駄目かな、『月子』?」


 こいつは自分の名前である『月子』を嫌っている……が、何故かたまに呼ぶと複雑な表情をする。それは喜びと殺意が絶妙に入り混じった物であり、現在は不思議と俺以外呼ぶ事は許されていない。出会った頃は名前を呼ぶと純粋な殺意を返されたが、しつこく名前を呼び続けた結果根負けしたようだ。そして遂には名前で呼ぶことが緩衝材の役割を果たしているのか妙に聞き分けがよくなる。なので大事なお願いをする時は真っ直ぐに眼を見て、名前を呼んでお願いすることにしているのだ。


「――そう……わかったわ」


 ツキが溜息を吐いて屋上の出口に向う。

 そして軽く振り向くと滅多に見せない笑顔を浮かべ――


「しょうがないわね……あなたがそこまで言うなら付き合ってあげるわ」


 そう残して扉の向こうへと消えていった。

 屋上に残された俺は独りごちる。


「……素直じゃねえな」


 思わず見上げた空には朝月が微かに覗いていた。



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