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あざといなサッちゃん

作者: のすとる


 俺の名前は岩舘亮いわだてあきら。高校二年生だ。


 自分で言うのもなんだが、俺はモテる。


 顔はそこそこ整っていて、高身長で細マッチョ。スポーツも万能で、バスケ部ではエースを張らせてもらってる。頭脳は……まあ威張れるほど明晰ではないが。それでも一応進学校に通えているくらいの頭はある。脳筋じゃねぇ。


 そんな俺だから、まあモテるのは至極当然と言いますか。


 今日も練習試合だと言うのに、黄色い声援が俺には注がれる。


「あ・き・ら♡ あ・き・ら♡ える・おー・ぶい・いー・あ・き・ら♡」


 そう叫ぶのは自称岩舘親衛隊の方々。いささかやり過ぎな感はあるが、手を振るときゃあきゃあと反応してくれるあの感じはちょっとした有名人になったようで気持ちがいい。


 それに、俺がこうやってシュートを決めると――


「きゃあああっ!!!」


 最高の大歓声をくれる。超気持ちいい。


 そんな無敵感たっぷりの俺なのだが。


 ――最近、天敵が現れたのだ。


 そいつは別に俺よりイケメンだとか、バスケが上手いとかそんな訳ではない。それどころか運動神経なんてなさそうだし、女子からはむしろ煙たがられるような奴だ。


 なのに何故、そんな奴を俺が苦手としているかと言えば――


「あきらくーんっ! ないっしゅーっ!」


 ベンチから聞こえるぽわぽわした声。


 うっかり目を向けると、そこには例の天敵が、こちらへ手を振りながら嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。


 奴は左わきにボードを抱え、右手にはペンを持っている。いわゆるスコアラーというやつだ。得点じゃなくて記録をとる方のやつな。


 そう、奴はバスケ部員ではあっても選手ではない。奴の正体はマネージャー……それも女子マネージャーだ。


 ……なんだよ全然恐くねえじゃん、と思うかもしれない。


 実際、あんな風に可愛らしく手を振る様子を見ていると、すべて忘れて思わず手を振り返してしまいそうになる。つーか手からペンすっぽ抜けねえか、あれ……とか無駄な心配もついしてしまう。


 しかし、それこそ奴の術中にはまっている証拠だ。俺は騙されない。無視だ無視。


「ピーッ! タイムアウトォ!」


 ……相手のタイムアウトだ。また間の悪い……まあ敵なんだから当たり前か。


 ベンチに戻ると、もちろんそこには奴がいる。どうやらお怒りのようで、もーっ、と声を漏らしている。


 ……こいつの恐ろしさは、その様をつぶさに観察すればおのずと見えてくる。


 清純さを演出するツヤのある黒髪。

 黒髪の重たさ・暗さをカバーして余りあるふんわり愛されボブヘア。

 着ているジャージはいちごミルクみたいな甘いパステルピンクとその甘さを引き立てるグレーのツートンカラー。

 そして当然のように萌え袖。

 顔は化粧っ気を感じさせない、恐らくナチュラルメイク。

 そのくせ睫毛は長いしぱっちり二重。

 平均よりやや低めの身長。

 それに由来するナチュラルな上目づかい。

 すこしオーバーな身振り手振り。

 ぷくぅと膨らませたほっぺた。

 あどけなさをにじませながら、わずかに艶を感じさせる声。


 そして何より――


「――あきらくん、さっきサッちゃんのこと無視したでしょー!」


 こいつ、自分のこと“サッちゃん”って呼ぶんだよ?


 高校生にもなって。

 おかしい、なんてもんじゃない。

 こいつのそれは、そう。


 あざとい。


 あざといよ。


 あざとすぎるんだよ。


 ……だというのにうちの部員達ときたら。


「おい岩舘。阿澤さんがせっかく声を掛けてくれているのに無視はないだろう」


「声掛けてもらえるだけで有り難いと思えよコラ」


「つーかサッちゃん無視するとかマジで屑だな」


「うわー、アキラないわー、マジないわー」


 この有様である。いや、練習試合とはいえ仮にも試合中だよ? むしろ応えた方が「試合に集中しろ」って怒られるんじゃないの?


 とか思っていると監督が口を開く。


「岩館。試合に集中するのは良いが、ベンチとコンタクトがとれないようじゃ駄目だ。もっと余裕を持て。視野を狭めるな」


 ……あんたもすか、監督。


「返事はァッ!!」


「はいッ!」


 ……理不尽である。


 そう、もはやこの部は奴によって完全に籠絡されてしまっているのだ。


 たったの三日で。


 大事なことなのでもう一度言わせてもらう。


 たったの三日で、だ。


 女人禁制だったはずのウチの部にしれっと入って、たったの三日でこの有様。

 これを恐ろしいと言わずになんと言おうか。マネージャーはマネージャーでも支配人の方だった、というわけか。いやマジで笑えねえ。


 ……つーわけで刃向かった俺が咎められるのは当たり前、と。


 はあ、と監督にバレないように溜め息をつく。


 ――すると。


「ごめんね、あきらくん……」


「……は?」


 奴に突然謝られた。


「だって、サッちゃんのせいで怒られちゃったでしょ?」


「いや……あれは別に怒られたうちには入んないだろ」


 また妙に瞳をうるうるさせて聞いてくるので、ついついフォローを入れてしまう。


 するとこいつは、ふふ、と笑みをこぼして。


「あきらくんは優しいね?」


 ささやくような、俺にだけ伝わる音量でそう言った。


 なんだこいつ。


 くそかわげふんげふん、くっそあざといな!


 ……危ねえ危ねえ。もし俺が非モテで女子の笑顔に慣れてなかったら完璧騙されてたわ。


 こやつ、恐ろしい子っ……!


「……よぉし、分かった!」


 ……一体何が分かったのだろうか。


 唐突にそう言った奴は、何か気合いの入った表情でぐっとこぶしを握ると、


「あきらくん、こっからはサッちゃんのことガンガン無視して!」


「……は?」


 また訳の分からないことをのたまい出した。


「だからその代わり、たくさんシュート決めてきてよ!」


 ……ああ、なるほどな。自分のことはいいから試合に集中してくれと。


「ねっ?」


「……んなこと、言われなくてもやるっつーの」


 俺はそう、憎まれ口を叩いたつもりだったのだが。


「さっすが、あきらくんだねっ!」


 満面の笑みである。本当にこいつはかわ……訳が分からん。


「ピーッ!」


 タイムアウト終了の笛だ。


 よし、無視していいとお墨付きをもらったことだし切り替えて集中するとしますか――


「あきらくんっ」


「……何」


 呼び止められて反射で振り返ると、握りこぶしを差し出された。


「えっ何」


「ん? グータッチだよ?」


 だよ? じゃねーよ! 何でだよ。こういうのって普通活躍した後とかにやるやつだろ? ホームラン打った後に原監督とやるやつだろ?


 ……とか文句垂れたらまた部員にとやかく言われんだろうな……


 だからここは仕方なくグータッチしてやることにする。

 ……別にちょこんとした小さな手が可愛いとか滑らかな肌を感じてみたいとかそんなことは思っていない。断じて。


 そんなことを考えているのを読み取られたくなくて、俺は顔をそらしながらこぶしを突き合わせる。


 こつんと。


 ……あ、やらけえ。


 すると奴からひとこと。


「ふぁいとぉ!」


「…………おぅ」


 なんでこんなこっぱずかしいことをせにゃならんのか……と緩みそうになる頬を自制しながらコート中央へ向かうと。


 後ろから続々と声が聞こえてくる。


「頑張れっ!」


「モチっしょ!」


「ファイトですっ!」


「しゃあオラァ!」


「この調子で行きましょー!」


「オーケー、サッちゃん」


「頑張ってくださいっ!」


「うむっ!」


 うわ、皆してやってやがったよ……つーか俺とだけじゃねえのな、アレ……。


 はっ! 何を考えてんだ俺は。自分だけ特別扱いじゃなくて悔しいとかまるで奴に惚れてるみたいじゃねえかよ。


 ……んなわけあるかよこの馬鹿野郎がっ!


 そう、これはきっと奴のあざとさに嫌気が差してるんだ。色んな男に媚びを売る態度が気に食わねえんだよ。そうだ、そうに違いない。


「あきらくーんっ! しゅーちゅーっ!」


 集中……確かにそれもそうだ。奴なんかに気を取られてたら駄目だな。切り替えて試合に集中だ。


 ……って奴にフォローされちまってんだけど何だよこれ? 馬鹿なの? 死ぬの?


「……おいおい、アキラ~。」


 そう言って寄ってきたのはさっきの部員のうちのひとり、同級生の深間だ。……また嫌にニヤニヤしてやがる。


「んだよ」


 不機嫌さ全開で返事をすると、深間は肩を組んできて耳元でささやく。


「お前ってもしかして、好きな子の前だとダメダメなタイ――ぶほおァッ……!」


「てめえ……後で潰す」


「いや、今既に潰しにきてたでしょ……!」


「ああ……下らねえこと言うから途中でつい肘が触れちまったな」


「あれで触れたなの? お前の肘痛覚死んでんの?」


「じゃあ今度は軽く突っついてやるよ」


「すみませんでしたどうか遠慮させてください」


「ったく……試合再開すんぞ」


「うぃっす!」


 深間はノリの軽い返事を残して持ち場に戻っていった。


 悪い奴じゃねえけどあのノリは時々マジでうざい。つーか地雷とか気にしなさすぎだろあいつ。いつか吹っ飛ばされるぞ。俺に。


 しかし、あいつの言うとおりではないが奴に調子を狂わされているのは事実だ。これでこの後もダメダメだったら深間だけじゃなく他の部員にもいじられるかもしれない。それはゴメンだ。


 それにまた奴に「サッちゃんのせい……?」ってうるうるされても腹立つしな。それこそゴメンだ。


 だからまあ……ちょっくら気合い入れてやりますか。



 ――なんて思ってたら何故か妙に調子が出てきて、ここ最近で一番良いプレーが出来てしまった。


 そんで先輩部員に「お前サッちゃんの前だからってハリキリすぎだろ」と言われる始末。

 本当に、奴のおかげで調子が狂いっぱなしだ。


 だというのに。


「ナイスプレーだったね、あきらくんっ!」


 ……そんな風に喜色満面の笑みを向けられたら、嫌うことも出来ないじゃねえかよ。


 ――ああ、やっぱりこいつは俺の天敵だ。


「ちょっと、無視していいっていうのは試合中だけだよおっ!」


「……あざとい」


「へ? なに? いま何て言ったの? ねえあきらくんってばっ!」


 本当に、頭のてっぺんから足の先まで。


 あざといな、サッちゃん。


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