九十六話
アラディンが銃の研究会を発足した。それに前後して私達に大砲の技術を教える為に、フォボスから旧スラール王都へ技術者を派遣することになった。それを見届けて私は弟子達と共に、フォボスの兵士や志願してきた民間人達に内力を教える事したのよ。
「この内力ってのは、どれくらいで使い物になるのかね?」
「天才的な資質を持った者は数ヶ月、ダメな者はいくらやってもダメね」
長老の一人の問いに正直に答えたんだけど、ちょっとガッカリしてるみたい。でも剣術でも何でも、そういうものじゃないかな。その才を持たない者達の為に大砲や銃があるんだからね。意外と内力の素質がなくても大砲を扱わせたら天才かもしれないしさ。そうだよ、私達人間の誰もが何かの分野で魔族を相手に戦える術を持たせないとね。わずかな勇者のみが戦うのではなく、全ての人間が対魔王戦において、何かの役割を持たなきゃダメなんだよ。
「でね、長老さんに頼みがあるのよ」
「今度は何かね?」
「アラディンを貸してくれないかな?」
「あれを連れていかれるのは困る。正直な話、大砲の技術を教えるよりもな」
「そう言わないでよ。私は同時にいくつもの事をやりたいんだよ」
「何をやりたいんだね?」
私がやりたい事、それを長老に教える事にした。
一つには、このフォボスから東には二つの都市国家があったというんだよ。スヴァルとリゲイルっていうんだけどね。この二つが滅びたのか、生き残ってるのかを調べたいんだよ。もう一つはフォボスより南西のエドリアル山脈と海の間の回廊となってる場所に強固な砦を作ることなんだ。
エドリアル大陸は南北を巨大な山脈に分断されていて、行き来は不可能なんだけど、このフォボスの南西には僅かに通れる通路とも言うべき回廊があるんだ。そこに難攻不落の砦を、いやもっと大きな城砦を作れたらフォボスは後方支援の役割を持つ補給都市となるのよ。そうなればフォボスは安全になるし悪い話じゃないと思うんだよね。
「では、スヴァルとリゲイルの件は私に任せてもらおうか」
「いいの?」
「リゲイルは、この大陸北部の中心を流れる大河の河口、巨大な三角州にある海洋都市でな。我々の同族が支配する町なのだ。リゲイルも川に囲まれた天然の要害で被害はあったが生き延びているぞ。それで、リゲイルが生き延びていると知ったなら、何をさせたいのだ?」
「勿論、人と資材を出してもらうのよ。南西に作る砦を作るには、とにかく人が必要だからね」
「彼らへの見返りは?」
「決まってるわ! 平和よ。そしてフォボスはもう大砲を渡してるんでしょ? 私達も内力を教えるわよ」
「教わったもの達は戦力として連れていく、か」
「総力戦なのよ」
「分かっておるよ。だから協力するのだよ」
「ありがと。リゲイルはフォボスと同じ海洋民族って分かったけどさ。スヴァルはどんな国なの?」
長老が言うにはスヴァルは巨大なテーブル状の台地に作られた国なんだって。地球でいうとギアナ高地のような立地らしいわね。その岩を掘り進めて作った地下都市なんだけど、何十年、何百年と経つうちに上へ上へと掘り進めて台地の上にも都市を建設してるらしいのよ。その頂上までは1000mくらいあるらしく、空を飛べる魔族でも垂直に飛んでいくのは不可能らしいね。
「中は狭いし迷路のように入り組んでおるらしく、地元の人間でなければ即座に迷うであろう。魔族の大型種は中へ入れぬし、無理に入ったところで身動きとれぬ内に倒されてしまうだろう。かといって、外から巨大な魔術を使って攻撃しても強固な岩盤が邪魔をしてダメージを与えられぬ」
「だとしたら、篭城戦になっちゃうんだね」
「それが、頂上は何しろ広大な台地だから、穀物を栽培しとるし、水だって豊富にある。何しろ頂上から滝が落ちてくる場所もあるのでな」
「食料不足で陥落することもないし、頂上に出れば広大な台地が広がってるから篭城戦に有るような閉塞感も無いってワケね?」
「おお、まさにその通りだ。だから、あそこの民は鎖国とまではいかないが、他国の民を受け入れないのだ」
こりゃあ難物だね。とりあえず長老のお手並みを拝見しようかな。
「そんな国へ行って大丈夫なの?」
「他国を受け入れない閉鎖性は強いが、来た者を殺すような無法はせんよ。そこは信用できる。それに共にスラールに抵抗した仲間でもあったからな」
「分かったわ。じゃあ、そっちは長老さんに任せるね。私はアラディンと一緒に砦の建設予定地を探しに行くよ」
「そうだな、あの男も砦の建設の方が得手だろうよ」
私はアラディンと獣魔族の兵士を連れて、砦の建設予定地を選定するためにフォボスを出発したんだ。天気が良くて雲一つないんだよね。片側には高い山脈があるけれど、もう片方は青い海が広がっていて、なんていうか爽やかな景色なんだよね。魔族達の聖地が、この奥へ進むとあるはずなんだけど、とてもそうは思えない。
もっと、どんよりと重く立ち込めた曇り空で、時々稲妻が……なんて想像してた子もいたみたいで、拍子抜けしてたわね。とはいえ、油断はしてないからね。いつ前方に強力な魔族軍が現れるかと警戒して行軍速度は遅かったしね。
「これは俺達が作った地図だ。まだ不完全ではあるんだがな」
フォボスを出発して山脈と海に挟まれた回廊を30キロほど進んだところで野営をしたんだけど、その時にアラディンが地図を見せてくれたのよ。




