九十三話
可愛い弟子と娘みたいな感覚のルージュ、それとニコの部下達を連れて私はフォボスへ出発したのよ。道中は別に急ぐでもなく、ニコの部下とも親睦を深めながら旅したわけよ。ニコの部下って言っても、実際は同志っていうのが近いのかな。ルージュもだけど、魔族に犯された女性が産み落としたハーフ魔族と言っても良い存在なんだ。
だけど、そのメンタリティは人間と言ってもいい。それ故に人間に対しては半分魔族だという負い目、というかコンプレックスがあって、魔族からは半分が人間ってことで蔑まれている。虐げられていた悲惨な存在だったんだね。ニコはそんな境遇だったルージュを助けたい一心で、私の元から巣立っていったのよ。
あのスケベを自立させるキッカケとなったルージュは、そりゃもう美少女でね。他の連中も角があったり尻尾があったりするけど、力も強いし内力に対する覚えも早い。見た目も可愛かったりするし私も楽しいんだよ。
そして、この子達に対する懸念ってのも、当然あるんだ。今は良いのよ、何しろ共通の存在として魔王がいるからね。あれがいる限り、些細なことなど気にしていられないんだ。下手すりゃ滅び去るか、純粋魔族の奴隷となるか、だもんね。
問題は平和になった後だと私は思う。彼らの力は強いから、それを恐れた人間との対立、あるいはその強さを自覚した時に負い目やコンプレックスが反転して人間に対する優越感となり、侵略に走ったりしないか、なんてね。
そんな心配をしちゃうんだよ。これって私がオバサンになったせいかな?
「アルマお姉さん心配しすぎだよ。力があっても強大な純粋魔族から見れば、私達なんて全然大したことないよ。何より人間の中にはニコのように、己の危険を気にもしないで理想を追求しようとする推進力があるもの。これは中途半端に力を得た私達が失ったモノじゃないかって思うの」
「英雄的な存在が現れて方向性を示した時にこそ、己の持つ力を最大限に発揮できるって事かな?」
「うん、ニコが英雄かどうかは分からないけど、彼がハーフ魔族の私達を救うって目標を作って行動を始めたときに、私は彼を補佐する事こそが自分のやるべき仕事だなって素直に思えたよ」
ニコは、この子達の為に国を作ろうとしてる。国を作れば恐らくは、ルージュ達が一つの種族として定着するだろうって思うんだ。純粋な人間を締め出さないって言ったし、長い年月をかけて血は薄れていくのかもしれないけど、それは千年単位になるかもしれないし、その時までに新たな魔王でも出現してれば同じ境遇の存在も新たに生み出されるだろうね。
だとしたら種族名を決めなきゃダメだと思うんだ。ハーフ魔族なんて差別の対象になっちゃうと思うんだけどね。
「アルマお姉さんは、何かいい種族名がありますか?」
「そうねぇ……元々私達人間は神の姿を模して作られたって話があるのよね」
「そうなんですか?」
「あんた達は神の姿と魔族の強大な力とを両方受け継いだ存在だから、神魔族って名乗れば?」
「それだと、さっきお姉さんの言ってた懸念が実現しちゃいそうな気がしますよ?」
「懸念って?」
「私達の子孫が魔族的な強さに思い上がって人間を侵略するって話」
「あぁ、神って文字がついちゃうと自惚れそうだね。じゃあ、自分たちはあくまでも人間なんだって主張を込めて人魔族ってのは?」
「そっちの方がいいですね。語呂は神魔族の方がいいですけど」
何となく暫定で人魔族って事で決まった感じ。本当はニコが最終決定するんだけど、あいつはその辺は適当だからね。「それでいいんじゃねーか」で終わりそうだよ。ちなみに私とルージュの雑談を聞いてた他の連中も積極的に意見してきてたんだ。
獣の耳と尻尾をもってる男の子は、こんな事を言ってた。
「魔って言葉を入れると、いつまでも魔族に蹂躙された母達の悲しみを引きずるような気がするんで、ボクとしては獣人族ってのが良いと思うんです」
確かに彼らの外見的な特徴は獣っぽいパーツなんだよね。手足にウロコがある子もいるし。そのウロコのある女の子からは、こんな意見もあった。
「魔族の出自を忘れちゃダメだと思う。この悲しみを覚えている限り、私たちは誰が相手でも優しくなれると思うんだ。それに魔族は憎むべき敵だと思うけど、それは侵略して他の種族を滅ぼすからで、もし魔族の中にも温和で多種族と共存すべきって一派がいたら、その連中とは共存すべきだよ。私達は魔族と人間の共存の架け橋になれると思う。魔族の穏健派を一緒に滅ぼすとなったら、その瞬間に私達は悪しき意味での魔族となるよ」
むぅ……これは私も考えさせられるなぁ。アルスの仇を取る。魔王を討つ。その気持ちに揺らぎはないんだけどね。もし、この大陸のどこかに穏健な魔族が生活してて、魔王とは一線を引いてるんだとしたら、どうなるんだろうか?
討つべきは魔王と、その一派か。
憎しみだけで生きてちゃいけないわよね。
私は、その女の子に聞いてみた。
「じゃあ、あなたは何て種族名がいいと思うの?」
「魔族の出自を忘れない為に魔はいれるべき。そしてこの外見だもの。獣族って言った方が人間も納得しやすいと思うの。だから獣魔族がいいかなって思うよ」
それだと人としてのルーツを忘れてない? 獣人魔族じゃダメなのかな?
そう聞いてみたら語呂が悪いって声を揃えて言いやがったのよ。
他に良いのは無いのかよぅって言ってみたら、いつのまにか全員で熱く盛り上がってたよ。




