九十話
愛しくて可愛い子供達に、例え届かなくても声に出して別れを告げたのよ。ふと、映画かドラマみたいに、アルスが迎えに来てないかと思ったけどいなかったね。
残念だわ。
あとは目を瞑って死の瞬間を待とう。しかし私の死を決定付ける敵の武器は襲ってこない。早く殺してよ。何か恐くなってきちゃうじゃんか。薄目を開けた時、空気を切り裂いて何かが高速で飛んでくるような音が聞こえた。それは誰かが放った矢音だったのよ。
矢には炎や氷、雷といった属性が乗っていて、まるでミサイルのような破壊力で魔族に着弾している。誰が撃ってるんだか知らないけど良い腕をしてる。それも一人や二人じゃないわ、これ。五体以上はいるはずの高位魔族を、弓矢の攻撃で押し返してるんだもの。
弓矢による遠距離攻撃で魔族を後方へ退けた後、前衛で戦う剣士達が私と魔族の間に入ったのよ。まるで私を護るかのように。もしかしたらカレドニアの本隊かって思ったけど、こんな凄腕はいないよ。
「待て待てまて〜い! 大きなおっぱいは人類の宝物! それが美人なら尚更だ! 勿論、心の広い俺様は異論を認めるぞ!」
恥ずかしいセリフを大声で叫びながら、まるで真打ち登場といわんばかりに、一人の男が現れた。私を護るように囲んでる剣士達は、ろくでもないセリフを聞いても屈託なく笑ってる。誰だよ、恥ずかしい奴だなぁ。こいつを生んだ奴と、学問や武術を教えた奴の顔が見たいよ。
「先生、久しぶりだな。最強のニコ様が助けに来たぜ!!」
ニコ!? あ、あとで鏡を見なくちゃね。心の中で苦虫を百万匹ほど噛み潰してる私に気がつくこともなく、ニコは支援担当者を呼ぶと、私に回復魔法をかけさせた。おかげで傷は塞がって私は命を拾ったのよ。でも傷が治った以上、私はやらなきゃいけないことがある。東門へ行ってカレドニア軍を王都の中へ入れなくてはいけないんだよ。
「先生は休んでなきゃダメだぜ。今頃はシード達が東門を開いてカレドニア軍を引き入れてるはずだ。俺の軍からも部隊を出してるから成功してる。必ず!」
いきなり現れたニコが何で手筈を知ってんのよ?
「北門を破って王都へ入ったらシードと会ったんだよ。で、先生の事を頼まれた。カレドニア軍が王都を攻撃するって情報は掴んでたし、あとはシードに手筈を聞いて必要な応援部隊をつけてやったんだ」
それにしても、ちょっと前にルージュと二人で消えたと思ったら、こんな軍勢を率いる将軍になってるだなんて、一体何があったのよ? そう聞いてみたら、ニコはガキ大将のような顔で語りだした。
「俺とルージュは魔族と人間のハーフの国を作ろうって決めたんだ。その為に魔族軍にいた仲間を集めたんだよ」
「どうりでルージュと同じ境遇の子が一人もいないと思ったわよ」
「だろ? ある程度仲間が集まったら、手分けして一人残らず味方にしたんだぜ。すげぇだろ? 先生に言ったじゃないか。俺はアレスやアリスみたいな勇者にはなれねーけど、あいつらじゃ救えない奴らを助けて見せるってよ」
覚えてるよ。漢の顔になったもんだって思いながら送り出したんだっけ。今はすっかりヤンチャ小僧に戻ってる気がするけどさ。ニコは周辺の高位魔族を殲滅するように指示を出している。私は思い出した事を聞いてみることにしようかな。もう敵に関しては任せていいみたいだし。
「そういえばサイロスにルージュの同族達で構成された軍勢がいたって、スレッジの仲間から報告があったんだけど、あれはニコ達だったわけね?」
「そうだよ。最近占領して新しい拠点にしたんだ。この王都を落として俺達の国にする為の足がかりとしてな。だから王都は俺達のもんだ。例え先生でも譲れないぜ?」
「結果的に中から門を開いてカレドニア軍を呼び込むのは失敗したし、王都に一番乗りしたのはニコ達で、しかもシードを手助けしてカレドニア軍を引き入れたとなったら、それくらいの要求は通るかもしれないけどね」
だけど、事前に連絡をよこせばラデックスの五千も攻略戦に参加できたのにね。
「俺達の兵力は五千で俺達だけだと王都は落とせない。しかしカレドニア軍に味方するって言っても、五千程度ではクロヴィアと同等程度の発言力しか持てなかったんじゃないか? しかも魔族とのハーフだから警戒されたかもしれねーし。だからよ、漁夫の利じゃねーけどカレドニアと魔族が戦ってる間に王都を制圧して、実力を見せ付けた上で要求しようって思ったんだ」
「アンタにしては色々と考えてんのね」
「俺なワケがねーだろ。ルージュや他の仲間達が考えたんだよ。俺は細けぇことを考えるのは苦手なんだよ」
偉そうにふんぞり返って言うことじゃないよ、それ。
「そういやぁ、アレス達に会ったぜ」
「どこで!?」
「マース王国とスラールの間に大きな森があるだろ? あの中心に世界樹があるんだけどよ。そこで会ったんだ。先生に会ったらよろしく言っておいてくれってアレスが言ってたよ」
「そっかぁ……あの子たち元気そうだった?」
「ああ、少し疲れてるみたいだったけど、魔王を滅ぼす為の手がかりを求めて世界を旅してるんだとよ。エドリアル山脈の忘れられた神殿とか、最果ての海にある小さな島の祠とか、それから世界樹で、今度は山脈の裏側の魔族の領域へ乗り込むって言ってたな」
「大変みたいねぇ……ところでニコはどうして世界樹の元へ行ったのよ?」
「サイロスを占領するまでは世界樹が俺達の隠れ家だったんだ」
ニコが言うには五千もの仲間を食わす為、また魔族から隠れる為には絶好の場所だったんだってさ。
「ところで先生。俺は先生を助けた褒美が欲しいんだけどよ」
「もうニコは一人前なんだろ? だったら褒美なんて欲しがるのは変だよ」
「他の奴には言わねえよ。でも俺は先生の教え子だしよ」
「分かったわよ。はい、いい子だね」
「ちげぇよ!! 頭を撫でて欲しいんじゃなくて、もっとこう、あるだろ?」
「何が欲しいのよ?」
ニコはニンマリとスケベな笑みを浮かべて両手をワキワキさせている。
「先生のおっぱいを揉ませてくれよ~」
「ダメ!」
「じゃあ、しゃぶるだけでいいや」
「絶対にイヤ!」
「仕方ない。こんな機会はないから、強引に褒美をいただきます」
ニコは両手を合わせて、いただきますと言ったんだけど、ここだけ見たら育ちの良さとして見れたかもしんない。でも要求してんのは女としては断固として受け入れることは出来ない内容なのよ。ニコは私の服を脱がそうとしてくるんだけど、治療したばかりで力が入らない。
こんな機会はないって、ここまで見通してやがったのか。油断の出来ない奴め。魔族は人類の敵だけど、ニコはあいかわらず女の敵だね。
私の護衛についてくれた子たちが、さすがにニコの暴走を止めようとしてくれるんだけど、ある方向を見てから整列してしまってニコを止めようとしない。
「ちょっとぉ! このバカを止めてよ!」
「先生、可愛い教え子がちょっと触るだけなんだから、いいじゃねぇか」
ニコの背後に誰かが来て立ち止まる。でも私にはニコが邪魔で誰なのか見えない。
「ニコ」
その娘が短く呼びかける。ニコはスケベ顔のまま振り返って凍りついた。そこへ下手すりゃ私でも見えないほどの速度でパンチが叩き込まれる。パンチは鋭角的な角度でニコのこめかみに正確に入った。一瞬遅れて重くて鈍い打撃音が近隣に響き渡る。
「へぶっ!?」
変な悲鳴をあげながらニコが吹き飛んでいく。私は胸が見えそうな状態まで捲り上げられた服を下ろしながら、娘の顔を見た。
「アルマ姉さま!! 会いたかった!」
そう言って私の胸に顔を埋めたのはルージュだった。あのオドオドした面影はなく、元気で逞しく成長していた。私もルージュを抱きしめて背中や後頭部を撫でた。この王都攻防戦で一番嬉しい瞬間になったわよ。




