八十四話
それまで隠れていた屋敷を出て高位魔族が拠点としている屋敷へと向かうんだけど、ぞろぞろと歩いてるわりに見咎められる事は無かったんだ。まぁ下級魔族の連中は応戦するために、東門へ向かってるから、当然かもしれないけどね。
王都の中でも広大な面積の屋敷は、昔は王族か有力な貴族が生活してたんだろう。屋敷は高さ2メートル程度の壁に囲まれている。私が戦ってる間は、この壁が仲間達を下級魔族の集団から守ってくれる。
「私が魔族と戦ってる間は、この壁を頼りに戦いなさい。門から入ってくる敵は少ないわ。落ち着いて対処すれば負けはしないからね。疲れたり負傷したりしたら、後ろへ下がって治療、休憩なさい。門もすんなりと入れないように、バリケードを築いておきなさい。じゃあ、やるわよ!」
なんかもう、子供達に歯を磨きなさいとか風呂に入りなさいとか言うノリで、あれこれ細かく言っちゃったけど、私も心配なんだよ。短い間とはいえ、一緒に生活した仲間達が少しでも多く生き残れるようにってさ。不利な戦いの中で望んで一緒に戦ってくれるんだもの。
「姐さん、そんな子供じゃないんですから、皆は大丈夫でさぁ」
スレッジに言われちゃったよ。
「スレッジ! あとはアンタに任せるから、みんなを死なせるんじゃないよ!」
「分かってますよ。みんな! アルマの姐さんを泣かせるような真似すんじゃねぇぞ!」
おう!という気合の入った声が背後から聞こえる。うん、これなら大丈夫かな。私は屋敷に向かって殺気を飛ばした。その殺気に呼応して屋敷の壁を壊して巨大な高位魔族が登場する。そして咆哮を上げて私に武器を構えた。
あの咆哮は高位魔族に対して殺気を飛ばした不遜な者を成敗するって意味なんだろうかね。きっとあの声を聞いて下級魔族がワラワラと押し寄せてくることだろうね。私も武器を構えて魔族を睨みつけた瞬間、また屋敷の壁が壊れた。それも同時に二ヶ所だ。中からはやはり高位魔族が二匹ほど登場した。
「サラ! シード! あんた達にも一匹ずつやるよ。ミンチにしてやんな!」
「了解!!」
これで三対三だ。正直な話、私達三人で高位魔族を倒すつもりだったので、大幅に予定が狂ってしまった。あんまり時間をかけていると、みんなが制圧されちゃうんだよ。隣ではサラが全身に内力を循環させ、己が拳に内力を集中させているのが見える。爆発的な拳打で一気に撲殺する気なのだろう。私も目の前の魔族に集中する事にした。
内力を経絡を通して体内を循環させ、身体能力を数倍にも向上させる。離れた間合いから一足飛びで近づき斬りつけた。しかし、あっさりと跳ね返される。硬いんだ。こいつの皮膚、というよりウロコって言った方がいいのかな。
私の相手は二足歩行の竜みたいな奴で、その全身を覆うウロコが鎧の役割を果たしているのか、とても硬く絶大な防御力を誇っているようだ。こんな爬虫類の顔なんか分からないけど、なんか笑ってるような気がする。自分の防御力に自信があるんだろうなぁ。
絶対に泣かしてやる。命乞いをさせてやる。
サラが相手してるのはブタみたいな奴だ。なぁんか好色そうな顔しているよ。私が相手してる奴が、とにかく硬い奴だとすると、あのブタは対極に位置してる奴だ。柔らかいんだ。衝撃吸収の緩衝材みたいなもんだね、それも高性能なやつ。
シードは牛の頭にトロールかオーガのような強靭な体を持った奴を相手にしてる。ミノタウロスのパワーアップバージョンって奴なのかな。特大ミノタウロスは普通の人間では五人でも持てないような巨大な斧を軽々と振り回している。
巨大な破壊力を持った竜巻みたいで、シードは特大ミノに近寄れない。あの斧の攻撃がかすったら、それだけで即死しそうで、何とも不利だよねぇ。
サラはブタ野郎の全身に打撃を高速で叩き込んでいるんだけど、全く効いてないね。昔、マンガで主人公が似たようなのと戦って苦戦してるのがあったなぁ。連打で脂肪を掻き分けて秘孔を突いてたっけ。でもウチのサラは、そんな器用なマネは出来ないんだよね。
サラが蹴りとパンチを叩き込むたびに、ブタ野郎の体からは、ドヴォ! ゴブォ! ボグォ!と気持ちの良い打撃音が響いてくる。いいなぁ、あれ。サンドバッグとして類稀な才能を持ってるよね。どんだけ無茶な殴り方をしても痛めないしさ。
ふっと、ブタ野郎と目が合った。そしたら、この野郎。あからさまに嫌そうな顔しやがった。魔族に哺乳類とか爬虫類って分類は無いんだろうけど、見た感じ哺乳類なブタ野郎は表情が分かりやすい。すくなくとも、私の相手のドラゴンモドキに比べれば、だけどね。
「センセー! ニタニタと邪悪な笑みを浮かべてないで、早くそっちの魔族を倒して下さいよ~!」
サラに怒られた。つーか、ニタニタと邪悪な笑みって、どんな表現だよ。もしかしてブタ魔族も、そう思ってイヤそうな顔したんだろうか。反省しよう。そういやサラの戦いに見入っちゃったけど、このドラゴンモドキは攻撃してこなかったね。まぁ自分の硬さを見せ付けたかったから、攻撃してこなかったとか?
「待たせて悪かったね。アンタの御自慢の防御を叩き潰してやることで、お詫びとさせてもらうわ!」
私はドラゴンモドキに剣を構えた。




