七十七話
生き残りの老人から話を聞いて事情は理解したんだけどね。問題は、これからどうするか、なんだよね。死霊魔術を使える者が生きていたなら、協力できたかもしれない。あのアンデッドの群れを操って、魔族と戦えたかもしれない。でも、魔術師は死んでしまってるらしい。
「さて、マース王国に生きてる住人は、この老人だけだね。これから、どうするべきだと思うかな?」
私は他の者に意見を聞いてみる。
「森の中に逃げた人達が気になりますね。先生と私達なら大丈夫だと思うんで探索しましょう」
「自分は反対です。森と言っても、とてつもなく大きくて広くて深い。我々が入っても迷子になってしまいます。オーロンへ戻るべきです」
「オーロンでは我々の報告を待ってるでしょうなぁ。アルマ姐さん達が森の中を探索したいってんなら、私が戻ってマース王国の現状を報告しますがね」
サラは森を探索、シードはオーロンへ帰還、スレッジは私達が森の探索をする場合の別行動か。
「参考までに言っておきますがね。もうすぐ王都から1万の軍勢が到着する頃ですぜ」
スレッジの言葉で私の気持ちは決まった。
「じゃあ、オーロンへ戻ろう! このマース王国の現状を報告して、王都から来た軍と共にアーサー達と合流すんのよ。それが一番大事だと思うわ。いつか魔族を追い出したら、ここへ戻ってきてアンデッドを残さず成仏させてやんのよ」
そういう訳だから戻るわねと、私は老人に頭を下げた。
「そうか、いつか町の者達に安らぎをくれるか、ありがとう。私はその時を待っておるよ」
「何を寝惚けたことを言ってんのさ。じーちゃんも来るのよ」
「私は年寄りだ。役には立てないだろう。ここで昔の仲間を見ながら朽ち果てていくのみだ」
「この大量のアンデッドを成仏させんの、他国の私達にやらせて自分は楽するなんて許さないよ。じーちゃんって実は強いでしょ? 身のこなしを見てたら分かるんだよ」
「老人をこき使うつもりかね?」
「立ってる者は親でも使うのが私の流儀なのよ」
老人はため息をつくと、最近の若い者はと言いながら下を向く。そして顔をあげた時、その目は強い意思を放っている。やっぱり思ったとおりだよ。数を頼んでる部分もあるんだろうけど、魔族を追い払うアンデッドの群れが壁一枚隔てた向こう側にいるってのに、一人でも平気で暮らしてた胆力と、襲われたと言いながら無事でいる実力。ただもんじゃないよね。
「私の故郷にはね、老いて益々盛んな人って結構いるのよ。まだまだ隠居には早いよ、じーちゃん」
「私の名前はブンケンというのだ。これから、よろしく頼むよ。お嬢ちゃん」
お嬢ちゃん呼ばわりかぁ。私、子供を二人も産んでるから、そんな呼ばれ方するのって、なんだかくすぐったいなぁ。ちょっと嬉しくもあるけどね。
「うわぁ、先生を小娘扱いしてるよ。こんなの初めて見た」
シード、あんたってば、妙な事に感動してんじゃないよ。さてじーちゃんも仲間にした事だし、一刻も早くオーロンへ戻ろうかね。
城壁の最上階から下へと戻って、ブンケンじーさんの身支度を待ってから、私達はマースの王都を出発したんだ。身支度を待つと言っても、じーさんときたら槍と弓、それから何枚かの着替えを背負い袋に入れただけだから、せいぜい15分程度だったけどね。
帰りの道中は楽しかったよ。一人増えただけなんだけど、森についての与太話をたくさん知ってるもんだから、サラの食いつきが凄かった。ちょっとした休憩時間で試合してみたけど、とにかく強い。さすがにカレドニアのランスローやアーサーには及ばないけど、年齢を考えたら十分だと思うよ。
本来の世界にいた頃、中国の歴史や三国志を読むと黄忠とか馬援とか、強い老人が登場するんだよね。ああいう歴史上の人物は、こんな人だったのかもしれないね。
ブンケンのじーちゃんも私の強さに驚いてたっけ。サラとシードは弟子なんだって教えたら、若いのに弟子まで持ってるのかと言うんだよ。だからサラやシードよりも年上の子供を二人産んだ母親だって言ったんだけどさ。そしたら人生で一番驚いたとまで言われたよ。あとでこっそりとスレッジに、本当に子持ちか確認してたなぁ。
そんな感じでオーロンまで戻ったんだけど、久しぶりに見るオーロンは、かなり堅固な砦のようになっていた。守りを固めるのは悪いことじゃないけど、マースへ行く前だったら頼もしく思っただろうけど、マースの王都の惨状を見ちゃうと、これでも全然足りないと感じるんだ。
顔見知りの兵士がいたので留守中の話を聞いたけど、意外なことに魔族は攻めてこなかったらしい。小競り合いすら無かったらしく、オーロンに駐屯してる者は拍子抜けしてるんだってさ。人間も手強くなってきたから油断させてるんじゃないのかな、なんて思うんだけど考えすぎかな。
ただ敵地だからね、やっぱり油断は全員で戒めあってるらしいので、それを聞いて私も安心したよ。戻ってきたら全滅してました、なんて洒落になんないよ。
嬉しいニュースは王都から、一万の援軍が来たって事だね。これで魔族を攻撃できる。私はブンケンを連れてランスローの元へ向かうことにした。




