三十六話
体が二つあれば良いのに。そんな願いを持った事はないだろうか?
どうにも忙しい時に、そう考えた事は何回もある。
今がまさにその時だった。
皆に内功を教えて魔族を倒す、その踏ん切りがついたってのに……。
その時、私の脇を通って何者かが魔族へ走っていく。
あっというまに数体の魔族を斬り倒した。
それを見て子供達も、二手に別れて今にも斬られそうな仲間を救出していく。
シーラの回復呪文が間に合い、もっとも遠くにいた者が回復して魔族と戦いを開始する。
このチャンスを逃してはアルスに説教をされてしまうよね。
私も近くにいた魔族と戦いを開始する。
客席から、サラが飛び込んできてシードを襲おうとした魔族と戦いを開始してる。
大丈夫かな?
そう思ったけど、内功を理解してから飛び込んできたらしい。
両手を光らせながら、魔族に突きを加えている。
こうして時間を稼ぐ間にも、次々と回復呪文をかけられた者達が戦列に復帰していく。
どうやら戦いの流れは私達に完全に傾いたみたい。
で、あの男は誰なんだろう?
私は戦いの中で、その男の正体を確かめようと近寄っていく。
こんな奴がいるなら魔族との戦いも有利になるよね。
ただ、その顔を見たランスロー達の反応は、今まで見た事がないってものだった。
私の内功の話を聞いて強さを発揮するようになったのかな?
そうだとしても、初めて内功を使ったランスロー達があれほどに消耗してるのに、この男は全然その様子がない。
シーラが目をハートにして、うっとり見つめてるけど……
あんたってば、私の男性時代の姿に惚れてるんじゃないのかよぅ!?
そんな心の声が聞こえたのかと思うようなタイミングでシーラは、こちらを見た。
「先生、あの人ですよ!!」
あの人ですよって言われてもねぇ……
全然心当たりがないってのよ。
最後の魔族が斬り倒されて、あたりは静寂に包まれている。
その男の顔を見てやろうと足早に歩いていく。
すると、そいつは振り返った。
「私!?」
そう、男性時代の私だ。
それも、この世界へ来た頃の私だ。
そいつは小声で私に囁いた。
「いよぅ、俺。どういうワケか分離しちまったなぁ?」
「先生、この方は先生と重なっていた方ですよね!?」
シーラが興奮しながら聞いてくる。
私は頷いたけど、この男と自分をどう説明するか悩んでいた。
ランスロー達も興味津々でやってくる。
「姉が世話になっております、弟のアリマ・リュージュです」
そんな自己紹介をしてるのを横目で見ながら、ホントはアリマ・リュージだけどね。
心の中でそう付け加える。
同じ自分なのに弟かよ。見た目が若いってだけでズルイよね。
シーラは大喜びでアリマと話している。
これで寂しい独り身ともお別れだね、おめでとうシーラ。
しかし、こいつは誰なんだ?
私は、私がアリマ・リュージだったんだ。
その私が、ここにいるのに目の前に自分がいるなんて、そんなバカな事があるんだろうか。
「あとで、ちょっと話をしよう」
アリマが私に言った。声にはなってない。唇を動かしただけなんだけど、私には分かった。
読唇術が得意ってワケじゃないんだけど、やっぱり自分だからなのかな?




