百二十七話
謁見室の扉は大きくて、魔族の王たる者の居城に相応しい重厚な造りだったんだけど、怒りに燃える私には関係ないんだよ。
思い切り蹴り飛ばして、扉を開いてやったんだ。多分、怒りに燃えてなかったら、蹴り飛ばしてキズでもつけたら、いくら請求されるだろう? とか余計なことを考えたに違いない。
謁見室は広かった。それこそ学校の体育館とか、大企業の大講堂とかを連想させるくらいに広い。考えてみれば魔族の各部族の長を集めて、魔王の権勢を誇示するならば、最低でもこれくらいはないとダメなんだろうね。
でも、今は誰もいない。
以前は大勢の魔族が集まったんだろうけどね。
今は一人もいない。
私が謁見室の中へ入って歩を進めると、私の左右に子供達やニコ、アリマにヴァルキリーズの娘達、ヘラクレスが展開する。さらに、その背後からニコの部下達が入ってきた。
周囲を見渡すと、わりと品の良い雰囲気で、もっと漫画的にドクロの一つや二つは転がってると思ってただけに、ここでも拍子抜けしたんだよね。
悪党のクセに生意気なんだよ。
私が子育てで苦労してたってのに、魔王の野郎ときたら調度品一つとっても贅沢しやがって。
私がそんなことを考えてる間にも、他の連中は周囲を見渡し、罠がないか注意深く観察してる。
大丈夫だってば。
「何を根拠に、そこまで楽天的に考えてんのよ?」
アリスが呆れてるけど、こんな場所に罠なんか設置したら危ないじゃん。
誤作動したら、どうすんのよ?
魔王は平気でも謁見に来た連中まで無事とは限らないし、下手したら離反されちゃうよ。
その強大な能力で抑えつけても面従腹背で、いつ裏切るか分からない連中なんか近くへおけないし。
そんな事を話していたら、いつのまにか敵が悠然と玉座にいたのよ。全然気がつかなかった。別に油断してたつもりはないんだけどね。
それとも、やっぱ油断してたのかな?
何しろ、今の私には頼りになる仲間が大勢いるものね。
そいつは人間に見えた。見えたっていうか、特に個性も無い騎士のような出で立ちで、兜で顔は見えないのだけど、尻尾や羽みたいな分かりやすい違いが無かったもんでね。装備してる鎧も、王国の武器屋に行けば、いくらでも売ってる市販品みたいに見える。これなら王国の甘味処でフルーツパフェを食べてても、誰も何も疑わないだろうね。どこからどう見ても平凡そのものなんだ。
そんな奴が私達がいるというのに、殺気を放つわけでもなく泰然自若としている。
こういう奴こそ危ないかもしんない。だって見た目に騙されて気を抜いたら危ないもんね。
気を引き締めて、私は仲間を見たんだ。
仲間達も突然現れた存在に驚きはしてるけど、すでに武器を構えて戦闘態勢を整えていた。よしよし、さすがだね。ところが、よりにもよって私の身内の三人が武器も構えずに相手を見てた。
なにをやってんだよ、おめーらはよー
アリマは幽霊でも見たような顔をしてるし、アレスは呆然としたまま、身動き一つしない。アリスは敵とアレスを交互に見てる。
それで私も改めて玉座にいる敵を見たんだけど、そいつは兜を脱いで、こちらを見ていた。魔王の玉座に座ってたのは死んだはずのアルスだったのよ。