十一話
王都から調査団が来るらしい。すっかり顔馴染みになった衛兵のおじさんに教えてもらった。
勇者の村をどれだけ探しても何も出やしないと思うけど、まぁせいぜい頑張ってちょうだい。
一番のお宝は私のお腹の中にあるのだよ。
たぶんね。
妊娠してないと私は勇者の血筋を探して東奔西走しなくちゃならない。
そんなのイヤだからね。
アルスの一球入魂、一発必中に期待したい。
村の調査が続く限り、私は食と住を保障されてるので、永遠に続けば良いなと思う。
だけど世の中は、そんなに美味しい話は無いので私は酒場で働いている。
いわゆるウエイトレスって奴?
いっらっしゃいませ~、三番テーブルへどうぞ~とか言うんだよ。
時々、お尻を撫でようとする客もいるけど、私は上手くあしらっている。
拳を握って、人差し指と中指を揃えて伸ばして、二本指の真ん中下に親指を揃えるんだよ。
その三本指で、お尻を撫でようとする客の手の甲のど真ん中に一撃くれてやんの。
結構、痛いよ?
でも誰も文句を言ってこないんだ。お尻を撫でようとした負い目と、女の子にやられたって、ばつの悪さで言えないんだよね。私の勝利だ!
そんなこんなで楽しく仕事をしてたんだけどね。
天敵ってのはいるんだねぇ……
魔王には勇者、ナメクジには塩、私にはこいつだ。
最初に見た時は、カエルの魔物かと思ったんだ。
即抹殺しようとして、店の人と周囲の客に止められたのよ。
このカエルはアルコンでも有名な大商人で、もちろん王国でも屈指の大富豪らしい。
そんな金持ちカエルが、私を偶然見かけて惚れ込んだんだって。
毎晩でも通ってくるんだよ。
見れば見るほどカエル。
こいつは絶対にヘソがないと思う。
だって両生類に間違いないもの。
今も何か私に熱心に言ってるし。
ケロケーロ、ゲロゲロ?ゲ~ロロロ!
人間の言葉を喋れよ。
あぁ、ちゃんと人の言葉を喋ってるんだった。カエルの顔を見ると私の脳が勝手にカエル語に翻訳しちゃうんだった。そうだ目を瞑ろう。
「どうかねアルマさん、私の妻の一人にならんかね?一生大事にさせてもらうよ!」
おおっ!人間の言葉に聞こえる!でも碌な事を言ってないなぁ。カエル語のままでも良かったね。
何が悲しくてカエルにエッチな事をされなくちゃいけないんだよ。
男はアルスだけで十分だっての。
「私は亡き夫に操を立てておりますので、お断り申し上げます」
どっかでグラスや皿が落ちる音がした。
そそっかしい奴がいるなぁ、もう。
結婚してたのか、なんて声が微かに聞こえてくる。
「まだ若いのに勿体無いじゃないか。体が夜泣きをせんかね?私が慰めてやろう」
「いいえ、夫は私を、それはもう可愛がってくれました。おかげで今、私のお腹には夫の子が宿っています」
またしてもグラスや皿が落ちる音が響く。どんなに酔っても、落としたりするんじゃない。
割れた音が響いた方へ振り向くと、やけに落ち込んだ野郎共が大勢いる。
どうしたってんだか、ホントにもう。
「お腹の中の子供ごと、私が愛してやるから、な?な?」
カエルが抱きついてきやがった。
抱きつかれて分かったけど、こいつはカエルじゃない。
焼きたての餅だ。ぶよんぶよんで柔らかくて熱くて、オマケに酒くせぇ!
もお~~~~~~~~~~っ!!堪忍袋の緒が切れたああああああああああ!!
カエル餅の足の甲を思いっきり踏んでやると、奴は私から離れて片足でピョコピョコ飛んでいる。よろけて私の方へ来たので、アゴへ右掌底をあて、右足を一歩踏み込む。
体重を右足にかけると同時に腰を右回りに回転させつつ、右肩を入れて右腕を伸ばしきって掌底に力を送り込む。これって外から見たら、私はよろけて抱きついてくるカエル餅に手を当てて押し返すようにしか見えないはず。
実は殴るよりも効いてるんだけどね。
やはり客商売ですし、お客様を殴るのは良くありませんから。
おほほほほ
衝撃でアゴを突き上げられたカエルはひっくり返って、召使に抱えられて帰っていった。
一昨日きやがれ、ケロケ~ロ!
翌日、カエルの奥様が怒鳴り込んできた。
ちなみにカエル婦人は、とても美人で両生類には勿体無いと思ったよ。
カエル婦人は、私を狭い部屋へ連れ込むと親指を立ててグッジョブと言ってくれた。
一応、世間体があるので文句を言いにきたけど、バカな亭主の女遊びに困っていたので、ちょうど良かったとか。カエルは部屋で安静だそうだ。
慰謝料として、2~3年は遊んで暮らせるくらいの金貨をもらったよ。
「亭主が寝てる間に愛人は整理してやるわ。優秀な番頭も育ってきたし、亭主を追い出してやろうと思ってんのよ」
奥様はそう言ってニヤリと笑う。
カエルは入り婿だそうで、昔は優秀で良い男だったとか。
こんな女傑を嫁にしたら、かよわい娘を手折りたくなるのかな?
まぁ自業自得だよね?