百七話
トシュウは目をあけると、重々しい口調で言ったの。
「いいだろう。我々は人間と共に生きる道を選ぼう」
「ありがとう! トシュウ村長、あなたの決断を私達は嬉しく思うよ」
「だが、この村は人間と共に生きると決断したが、私の決断がコボルト族の総意ではない。そして他の獣人族が、どう判断するかも分からない」
「それは構わないわよ。でも、お願いがあるの」
「どんな願いだね?」
トシュウが少し身体を緊張させているのが分かる。たぶん、人間の側に味方すると宣言した途端に無理難題を言われるかもしれないと、警戒してるんじゃないかな。そこを信頼してもらうには、まだ少し時間が必要だよね。
「いくつかあるのよ。まず1つ目。知ってる限りの獣人族の村の位置と、魔王から離反しそうな魔族がいれば、その村の位置を教えて欲しい。2つ目、私達はトシュウ村長相手に交渉したように、その村々を説得して回りたいんだけど、説得を成功させる為に、私達より先に村長からも使者を出して欲しい」
「そういう理由なら教えよう。そして使者も出そう。質問してもいいかね?」
「何かしら?」
「もし、その村が説得に応じなかったら、どうするのかね? その場で虐殺するのかね?」
「私達が去った後に奇襲してくるようなら、村を非戦闘員諸共に破壊すると警告するわよ。ただし魔王に忠誠を尽くす為に、後日魔王軍に参加するってだけなら私達は何もしない。トシュウ村長が悩んで私達に味方するように、彼らもまた悩んで魔王に味方するのだろうからね。そして魔王に打ち勝った後、魔王に味方した彼らに何かするようなマネもしないわよ。そうね、精々私達の世界に仲間入りしなさいって言うくらいかな」
「そうか、それならいい。有難い話だ」
「だからね、味方しなくてもいいから、敵にもならないでくれると嬉しいな。日和見大歓迎だよ」
そう言うとトシュウ村長は苦笑したみたいなんだけど、私から見ると牙を剥いたように見えて迫力があったよ。これで唸り声をあげてたら噛みつかれるって思うところだね。
「他の頼みもあるのだろう? 他は何だね?」
「そうね、3つ目は私達の軍には通訳として獣魔族の人達がいるんだけども、この村からも何人か、各部隊に通訳として配置したいのよ。こっちの人間だけじゃなくて、コボルト側の通訳もね」
「それくらいなら構わないが、若い者達を兵士として参加させろとは言わないのかね?」
「そうね、この前の砦戦では獣族の身体能力を思い知らされたから、ぜひ参戦して欲しいけど、魔王相手では通用しないと思うのよ。内力を教えて、そこから先は共に戦いたいわね。今回は私達に任せてちょうだいな」
「内力?」
「魔力で魔族に劣り、身体能力では獣人族に劣る私達の必殺能力よ」
「それを我らにも教えてもらえるのか?」
「当然よ。でも、マスターするには個人差もあるけど長い年月が必要なの。今は魔王を相手に最後の戦いをするときだから、教えてあげる余裕はないわ」
「うむ。分かっている。手の内を我等に見せるという事は、我等を信頼してくれるという事かと嬉しくなったのだよ」
「当然よ。誰かに信頼して欲しいなら、まず自分から相手を信頼しないとね」
「裏切ったら?」
「ボッコボコにぶん殴ってやるわ!!」
トシュウ村長は今度は大笑いしたんだけど、やっぱりその顔は恐い顔だったよ。いつか私達の子孫は、この顔を心からの笑顔として認識するのかなぁ? そして共に大笑いするのかなぁ?
「他には?」
「う~ん、とりあえず無いかな」
「では思いついたら遠慮なく言ってくれ」
「ありがとう。村長が使者を出してくれるなら、私達はその後に村々を尋ねた方がいいわね。ここに全部隊を集結させるけど良いかな?」
「構わないぞ。それに各部隊に我々を何人か配置するのだろう? ならば、その為にも集まってもらった方がいいだろう」
おそらくはニコニコしてるであろう村長、どう見ても唸る寸前にしか見えないんだけど、声から判断すると、機嫌がいいのよね。トシュウ村長は立ち上がって村人に何かを指示している。
「人間に味方することを全員に伝えよう。もし良かったら、アルマさんも手伝ってくれんか?」
「よろこんで!」
私は通訳を連れて村長の後ろをついていく。この後、私は村長に言ったことを繰り返し語り説得に努めたんだけど、村長がずいぶんと手助けしてくれたので助かったのよ。将来、もしかしたら、ここで国家を建設するであろうニコは、村のコボルトの子供達を相手に遊んでて人気者になってた。これって本当はニコの仕事じゃないのかなって思ったんだけど、どうせニコはやらないだろうからね。
こうして全部隊が集結するまで、そして村長の使者が帰ってくるまで私達はコボルト村で親睦を深めたのよ。




