百三話
およそ5万の魔族軍が坂を上って進軍してくる。サラ隊はまだ矢を射たりせず我慢している。私は壁と山肌の部隊の、ちょうど真ん中あたりに陣取る事にしたのよ。その方が両方の状況を掴みやすいと思わない? サラ隊から伝令が来て曰く、魔族軍はゴブリンやコボルトを前衛にしているとの事だった。オーガーやトロールなど、大型の魔族は後衛なのだろう。
私は壁の上に登って敵が来るのを待ち受けたんだ。やがてゴブリンやコボルトの騒がしい声が聞こえてきた。敵がいないと思って雑談でもしてるんだろうか。見えた。ついに魔族の先頭が砦を視認できる位置に来たのよ。それまで、魔族達の大声で騒いでた声が静まり返った。こちらの砦を見て驚いているのだろうね。そんな事は知らない魔族の後方部隊が上ってくるので、先頭集団は押されて前に出てくる。
私は立ち上がって、大きな声で叫んだの。
「シード隊立ちなさい! 一斉射撃用意! まずは敵の先頭集団を狙え!」
敵の先頭は、こちらの砦に驚いて足を止めている。そこへ後列の魔族が進んで来たせいで隊列は、これ以上ないくらいに乱れているんだよ。砦を見た奴は状況を怒鳴って、後方部隊へ知らせようとしてる。
報告を急ぐあまり、こちらに背を向けた。敵部隊の足が完全に止まったのよ。壁の上に立ち上がったシード隊に気付いた奴もいるけど、もう遅い!!
私は最後の一言を発する事で、敵にとっては致命的な命令を完成させた。
「撃てぇ!!」
ザァッと音がして千本以上の矢が一斉に飛んでいき、次々と敵に突き立っていく。密集していただけに、最初に放たれた矢に外れは無かったと思えたわね。
倒れていく味方にパニックを起こした魔族は、周囲を気にせず坂の下へと逃げようとして更に混乱が生まれたわけよ。
「敵が混乱してるのに乗じるわよ! 追撃を仕掛けるように敵の頭上から矢を降り注いでやるのよ!」
最初は敵の姿が見えたから狙いを定めて射かけたけど、今度は狙いを定めず、やや上方に向けて矢を放つのよ。
これって逃げる敵にしてみれば、後を追うように矢が降ってくるんだよね。そして、なおも前進しようっていう勇気ある、しかし愚かな敵には致命的な一撃が空から落ちてくるんだよ。
「今よ! 撃て!」
遠くから、よく通る声が響いた。姿が見えなくても分かるよ。私の可愛い弟子のサラだね。今、魔族達の注意は完全に坂の上のシード隊に向けられてるんだ。そこへ横から、サラ隊が矢を射掛けるのよ。
魔族達の怒号や悲鳴が、こちらにも強烈に轟いてくる。いつのまにかシード隊は射るのを止めて、こちらまで聞こえてくる声から、あちらの様子を把握しようと努めてた。まあ私も同じだったんだけどね!
一応、シード達には、いつでも攻撃できるように準備だけはしとけって指示はしといたんで、油断はないよ。
10分後サラから伝令が来て報告を受けたんだけどね。物凄い事になってたみたいなんだよ。サラから見ると、隊列を組んだ魔族達が前進していく。こんなに敵がいるんじゃ、砦で対応できないかもしれないって不安だったみたい。
今すぐ攻撃したい衝動を何とか抑えて、砦で戦闘が始まるのを待ってたら、上から矢に追われた魔族が下りて来た。そしてサラ達の目の前で下から進軍してきた部隊と衝突して大混乱になったんだって。
それを狙って攻撃を開始したんだけど、横からの不意打ちに魔族軍は一層驚いて逆方向に逃走。逆方向ってのは崖なんだよね。矢に追われて次々と崖下に転落していったんだって。
「以上、大損害を出して魔族軍は撤退しました」
「うん、でも大損害をだしたと言っても、ゴブリンやコボルトみたいな小型魔族ばかりでしょ?」
「はい。サラ様も、次は大型魔族が主力となる部隊を前面に出てくると予測しております」
「そうだね。その読みは正しいと思うよ。今のうちに矢の補給と、交代で休憩を取るように伝えて」
「了解です」
「アルマ様! アラディン様より連絡! 大砲が三門使用可能となりました!」
やっと使えるんだね。敵は明るくなってから攻撃してくるに違いないと思うんだ。山の斜面から不意打ちを受けて撤退してるんだし、私達がどう弓兵を配置してるかを確認したいはずだよね。どういう手段を使ってくるか分からないけど、今度は敵の予想できない大砲があるんだから、これを効果的に叩き込んでやりたいわね。
「サラとアラディンに伝えて。次は山肌に配置された二人の部隊にも、敵は攻撃してくるから対応可能なように準備しといてって。それから、大砲と弓矢と、いきなり実戦になるけど連携を考えなさいとも伝えてちょうだい」
「分かりました。アラディン様は、大砲は敵の主力、できれば密集してる部分に撃ちたいと言っております」
「それでいいわよ。大型の戦意を挫いてやれば、この砦は当分安泰だからね。それと、次の戦闘で改善すべき点が多々でると思うから、それをよく見定めておくようにね」
「了解しました。お二人には、そのように伝えます」
伝令が去っていくのを見届けて、私は次が本番なのだと改めて覚悟を決めたのよ。




