一話
私の目の前には息子のアレスが木剣を構えて立っている。その顔は亡くなった父親に良く似ていた。
「母さん、もう一本稽古をつけてくれ」
「いいわよ、何回でもね」
「今度こそ勝ってみせる!」
元気がいいし、やる気もある。でも残念ながら剣技レベルが低い。
私にあっさりと木剣を叩き落とされて呆然としてる。隙だらけなので頭に軽く当ててやる。
「いってぇ!?」
「あははは!弱いなぁ、いつになったら勝てるのよ」
豪快に笑い飛ばしてるのは娘のアリス。
アリスと並んでいると、美人姉妹と言われるのが、最近の私の密かな自慢だ。
「母さんが強すぎるんだよ」
頭をさすりながらアレスは言い返す。それには素直に頷いてアリスも
「確かに母さんは強いわよね。何で母さんが勇者に選ばれなかったのかしら?」
と疑問を口にする。
そういえば、この子達には勇者がどんな存在なのか教えてなかったな〜・・・
勇者は勇者の血筋からしか生まれないんだよ。
「母さんは異世界で魔王と戦った勇者の仲間だったのか!?だから強いんだな、納得したよ!」
「異世界で倒された魔王は、最後の力を使って母さんをこの世界に飛ばしたの?それで父さんに出会って大恋愛をして、私達を身籠ったのね?」
「だけど勇者の血筋を恐れた魔王が大軍勢で攻撃してきて、父さんは母さんを守るために死んだのか」
ちょっと話をしただけで食いつくなぁ。
でも、ごめんね二人とも。
それは大筋においては、本当なんだけど100%真実じゃないんだよ。
二人が受け入れられるように、美化して語ってるんだよ。
事実は小説よりも奇なり、なんて言うけどさ。それって本当だと思うよ。
だって、母さんはね。
異世界にいた時は男だったんだよ。
これ、二人には絶対に言えないから、私だけの秘密として墓場へ持っていくんだ。
この子達も、もう16歳になる。
あれから16年か・・・。