第8話
唐突ではございますが、皆様は自分の死について考えたことはありますでしょうか?
僕はあります。いつの日か、自分の心臓の鼓動が止まり、思考することさえできなくなり、意識は闇に塗りつぶされ消えてしまう。
そんな死を想像しておりました。
では皆様。
皆様は自分の死後について考えたことはありますでしょうか? いえいえ、残された家族のこととかではなく、文字通り死んだ自分のその後のことです。
僕は考えたこともありませんでした。天国や地獄といった曖昧で現実味のない世界のことなんか、これっぽっちも信じていなかったのですから当然です。
だがしかし。
どうやらその考えは改めなくてはいけないようです。
死後の世界。
それは僕が想像していたものとは大きく違い、でも確かにあるのだと。
―ヒロさん、明日の深夜零時頃お時間あったりしますか?―
―明日の零時にここで待ち合わせましょう―
―それじゃあ、ヒロさんまた明日ですね―
約束の夜になりました。
彼女いない歴=年齢である僕にとって可愛い女性と待ち合わせの約束というのは初めての体験です。いや、この場合、体がないから霊体験とでも言うんでしょうか? とにかく、今の僕は不安と期待でソワソワしっぱなしです。まさか死後、こんなフラグが立つだなんて……。
こんばんは。暗闇の中、一条の光をみつけた佐藤博人です。
あの後、なんとか家の中に入ることができた僕は、夜までゆっくりと精神を休めて、仕事帰りの父親と入れ替わるように外に飛び出しました。今は約束の時間まで時間を潰し、ゆっくりと土手に向かって歩いている途中です。
到着は約束の時間の三十分程前になる予定です。紳士として当然ですね。女性を待たせるなんてもってのほかですから!!
前に『モテる男の条件』という本を読みこんだ経験が活きようとは……。人生というのは分からないものですね。
その本に書いてあったモテる男の五箇条をしたり顔で思い出しながら、歩いていると約束の土手にはすぐ到着しました。
右見て、左見て。イリヤさんがまだ来ていないことを確認します。
……よしっ。
すぐさまその場に腰を下ろし、自分の中で一番カッコいいと思う座り方をし、月を見上げるように顔を上げます。……あ、雲で月見えないや。
とにかく! とにかくです。自分なりにイケてると思うポーズでイリヤさんを待ちます。
再会というのはいつだってドラマチックでなければ!
十分が経過して。
二十分が経過して。
そしてついにその瞬間がきました。
僕なりに憂いを帯びた表情で曇り空を見上げていると、急に僕の頭上一メートルに靄みたいなものが立ち込めました。
ん? と思ったのは一瞬。次の瞬間、その靄から黒猫のミラさんが勢いよく飛び出して着地しました。僕の顔……それもドンピシャ目の部分に。
「ひぎぃッッっ!?」
目が! めがぁぁあぁあ!! と、どっかの大佐のように叫びながら転げまわります。
痛くない。確かに痛くはありません。幽霊の特徴の一つで痛覚を感じないというのは確かに素晴らしい。ですが、痛覚はなくても触覚はあるのです。つまり僕の目を襲っているのは、ミラさんの柔らかい肉球に僕の眼球が押しつぶされるような……おぞましい感触が……ッ!
そんな感触に僕が、うぉぉ~。とのたうち回っていると、
「わっ! 大丈夫ですか!?」
とイリヤさんが慌てた様子で声をかけてきました。
「ヒロくん、少し大げさすぎやしないか? 別に痛くはないだろ?」
とはミラさんのセリフです。
そのセリフについに涙がシクシクと零れてしまいます。この猫様は僕に対してあまりにも素っ気なさすぎやしませんか?
「もう! ミラさんはまたそういうことを言って!!」
そう言って怒ってくれるイリヤさんが天使に見えます。
「だいたいミラさんはいつも――」
そう言って、ミラさんに小言を言い始めるイリヤさん。そしてそれらす全てを聞き流す、ミラさん。
なんとなく二人(一人と一匹)の日常風景を見てしまった感じです。
「もう……、いいです」
結局、小言を言い続けていたイリヤさんが途中で諦め、ひと段落着きました。
「えっと、途中おかしな感じになってしまいましたけど、改めて。
こんばんは、ヒロさん。いい夜ですね」
いい夜ですねっていうのは幽霊の挨拶の一つなんでしょうか? イリヤさんは初めて会った夜の日のようにニッコリと微笑みながら、僕にあいさつをしてくれました。
「えっと、こんばんは。……あ、いい夜ですね」
僕が取ってつけたように最後のセリフを言うと、イリヤさんは見惚れてしまうような笑顔でニッコリと微笑んでくれます。
――ッ。
これです! これですよ!!
まさに正ヒロインの貫録! 寒い夜空の下で出会うヒロインとか古典的な感じですが、その破壊力たるや、もはや常識の埒外ですね!
あまりの可愛さに、顔がヘラ~。とニヤけてしまいそうになります。
「うわ、なんてだらしのない顔なんだ」
とはミラさんのセリフです。いや、だって……ねぇ?
「それじゃあさっそく行きましょう」
「へ?」
「そうだね。皆も待ってることだし」
皆が待ってる? 誰が? 誰を?
唐突に変わった話の流れについていけずにイリヤさん達に聞いてみます。
「あの、どこに行くんですか?」
「あ! すみません。言ってませんでしたね。
今から行くのは私たち……幽霊の活動拠点みたいな所です」
「昨日、ボク達がヒロ君に話した事を覚えているかい? 見せたいものがあるって言ったろ?」
「あ、覚えてますよ。でもいったい何を見せてくれるんですか?」
「ヒロさん……ううん。私たち幽霊達のゴールでもあるもの……」
そう言ってセリフを切るイリヤさんは嬉しそうで……なんとなく寂しそうな、曖昧な表情で、
「成仏ですよ」
僕に微笑みました。
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