第6話
「こんばんは。とてもいい夜ですね」
彼女……イリヤさんはそう言って僕に話しかけてきました。
近くにきて改めて彼女の持つ可憐さにドキドキが止まりません。心臓無いだろお前……。などいったツッコミは無しでお願いします。生前こんなに可愛い人とは話した記憶はないもので耐性が全くないのです。
「……あ、あの……?」
返事をするのも忘れて呆けてしまっていた僕にイリヤさんが声をかけてきます。でも、呆けてしまった僕はまともな返事も返せないで、ただただ見とれているだけです。
「やれやれ……」
とはイリヤさんの腕に抱かれたミラさんのセリフです。やれやれ、と目を閉じて首を振る姿はやけに人間味溢れる仕草ですね。
――とか、頭の片隅で考えていた次の瞬間、
「ぐはっ!」
何処からともなく僕の額を強烈なデコピンみたいな衝撃が襲い、足の踏ん張りが利かず、後ろに倒れてしまいます。あれ? この衝撃は先ほど経験した……?
「ミ、ミラさん! いきなりなんてことするんですか!?」
僕が突然の出来事に目を回していると、イリヤさんが少し慌てた声で腕の中のミラさんに抗議しています。
ああ、やはりミラさんの摩訶不思議の超パワーでやられたんですね。
しかし。ミラさんはイリヤさんの抗議に対してどこ吹く風とばかりに聞き流しています。うう、ひどい。
「大丈夫ですか……?」
ミラさんを地面に下ろしたイリヤさんは心配そうにそのまま僕に手を差し伸べてくれます。ってええ!? 掴んでいいんですか!?
僕はおそるおそる「あ、はい。大丈夫です」と言いながら、差しのべられた手に掴まります。感想は求められていないかもしれませんが、一言でいうなら、最高、でした。やはり人というのは誰かと触れ合って生きていくんですねっ!
イリヤさんの手を借りて起き上がってみると、そこにはジトーっとした瞳で僕を見ているミラさんが居ました。
と、とにかくです。まずは手を貸してくれたお礼を言わねばなりません。
「あの、手を貸してくれて……ありがとうございます」
すっこしぶっきらぼうだったでしょうか? もうちょっとフレンドリーに話しかけた方がよかったかな? 言ってすぐ後悔しますが、もうどうしようもありません。
「いえいえ。それよりも痛くは無いとはいえ、本当にすみませんでした」
相手がなんて返してくるかハラハラしていたんですが、イリヤさんは本当に申し訳なさそうに頭を下げ、そのあと直ぐにミラさんをじと目で睨みます。
しかしミラさんは相変わらずのスルーです。
僕もなんと言っていいものか分からず、その場にビミョーな雰囲気の沈黙がおります。
「そ、そうだ」
と、最初に気まずい沈黙を破ったのはイリヤさんでした。少し引きつった笑顔と手を叩く仕草までして、なんとか場の雰囲気を変えようとしています。
うん。なんていうか……いい人だなぁ。
「自己紹介! 自己紹介しましょう。私たちまだ自己紹介してないですし。
私はイリヤっていいます。ロシア出身です。享年は18歳でした。ほら、ミラさんも!」
「ボクはさっきしたよ?」
「もう一回です!」
イリヤさんの押しに負けたのか、ミラさんは、ちぇー。といいながら僕の前までトコトコ歩いてきて、
「では改めて。ボクの名前はミラ。年は……人間達と違って数えたりしないからよく分からないね。イリヤとはロシアからの付き合いなんだ」
そう言って金色の瞳を一度パチクリしてニャーと一鳴きします。
改めて思うのですが、猫と話すというのはなんだか不思議な感じがしますね。一部のメルヘンな方々だったら泣いて喜ぶのかもしれませんが。
「ご丁寧にどうも。えっと、佐藤博人です。皆からはヒロって呼ばれます。享年は21歳です。
えっと、イリヤさんロシアの方なのに日本語がスゴイお上手なんですね」
僕がそう言うとイリヤさんは少しキョトンとして、直ぐに、ああ。と納得した顔になり、
「ヒロさん私は別に日本語で話しているわけじゃないんですよ」と言って、クスクス笑いました。
はて? つまりどういう事なんでしょうか?
「えっとですね。私たちは幽霊です」
そうですね。と頷くと、イリヤさんは少し真面目な顔になって説明してくれます。
「つまり、私たちの声を発するための体はもう無くなっちゃってるわけです。喉がなければ声を発したりは出来ませんよね?」
な、なるほど……言われてみれば……。
「だから私たち幽霊の会話は声じゃなく意志で相手に言葉を伝えているんですよ。口が動いてしまうのは生前で染みついてしまった習慣で、別に口から声が出ているわけじゃないんです。
相手に伝える気持ちで言葉にしたことが、声を介さず相手に直接伝わる……テレパシーみたいなものかもしれませんね。
伝わった相手にはその人にとって一番理解しやすい言語で言葉が聞こえるんですよ。ちなみに私にはヒロさんの言葉がロシア語で聞こえています」
「じゃないと種族が違うボクと会話なんてできるはずがないしね」とミラさんが横から会話に入ってきます。
「ただ、このテレパシーは基本的に私たち幽霊にしか聴こえません。生きている人たちには届かないんです。例外は、第六感をもった人やいわゆる霊能力をもった一部の人だけですね」
そう言って説明を締めくくるイリヤさん。
な、なるほど……。実家で母親に声が伝わらなかったのにはそういった理由があったんですね。
一人ウンウンと頷いていると、
「君は今後のことはどうするか決めているのかい?」
とミラさんがいきなりな質問をしてきました。
「今後ですか?」
「そう」
うーん。今後といっても死者である自分に出来ることなんかないだろうし、やっぱり成仏? でも何故か成仏できないですよね……。
そういった事を話すとミラさんが、
「ヒロ君、君はすぐに成仏したいのかい?」
と、質問してきました。
「したいというか、するのが普通なんじゃないんですか?」
逆に聞いてみます。そして答えてくれたのはイリヤさんでした。
「いえいえ、必ずしも直ぐ成仏しなければいけないなんて事ないですよ。むしろ直ぐ逝くよりもある程度時間をかけて準備をした方がいいくらいです」
「準備ですか?」
「はい、準備です。
多分、口で説明するより一度見てもらった方がいいかもしれませんね。
ヒロさん、明日の深夜零時頃お時間あったりしますか?」
そう言ってイリヤさんはこちらを伺うように下から覗きこんできます。アイドル顔負けの可愛らしい仕草と顔で言われて断ることができましょうか? 僕には無理です。
「大丈夫ですけど」
僕がそう言うとイリヤさんは見惚れてしまうような笑顔で僕の手を握り……って、うぇえ!?
「よかった。見て頂ければ分かると思うんです。ミラさんや私がヒロさんに声をかけた理由も全て説明しますから。だからまた明日の零時にここで待ち合わせましょう」
僕が何もいう事ができずコクコクと頷くと、イリヤさんは握っていた僕の手を放しました。
「話はまとまったみたいだね。
それじゃあ、帰ろっか。イリヤ」
「はい。
それじゃあ、ヒロさんまた明日ですね」
そう言って一人と一匹は僕の前から去って行きました。
残された僕はしばらく立ち尽くした後、ズルズルとその場に座り込み、先ほどまでイリヤさんに握られていた手を見つめました。
悪い人たちじゃない……んだろうな。きっと。
まだ全然相手のことを知りもしないんですが、なんとなくそう思いました。
死んで以来だれに話すことも、相談することもできなかった不安やストレスが溶けるように消えていくのが分かります。
きっと僕は誰かと話がしたかったんだな。
同じ幽霊としての仲間に出会えたことに安堵している自分が何処か可笑しいです。
また、明日か。
つい数時間前まで鬱屈した心情でいたのが、嘘みたいに軽くなった足取りで僕も自宅目指します。
そしてその数十分後に家に入れず、玄関で体育座りをしながら朝を待つことになるのをこの時の僕は未だ知らなかったのです……。
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