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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゆめ

作者: 狐嫁入

百合です。

 わたしは、さやちゃんがすき。さやちゃんもきっときっと、ぜーったいわたしのことがすき。さやちゃんに抱きついて、その大きな胸に埋もれながら、幸せを感じる。

「よしよしー、かえちゃんかわいいー」

「えへー」

 いつも通り、学校が終わってからわたしの家で、さやちゃんに甘える。甘えまくる。すき、さやちゃんだいすき。

「かえちゃんはやっぱり今日も小さいねー」

「かわゆい? かわゆい?」

「うんうん、とってもかわゆい」

「えへ、えへへへへへー、じゅるり」

 おっと嬉しくてついヨダレが。他の人に小さいって言われると、ちょっとしょんぼりするけど、さやちゃんになら、良い。かわいいって言ってくれるから。かわいいって言って、とってもかわいく笑ってくれるから。

 さやちゃんだって平均から見れば少し小さいけれど、そのさやちゃんから更に十センチぐらい低いのがわたしだ。

「髪、だいぶのびたね、かえちゃん」

「うん! さやちゃんと同じくらいになったよー!」

 元々わたしは、肩に届かないぐらいの長さの髪だった。けれど、さやちゃんがすきすぎて、同じくらいの長さにしようって決めた。でもその時さやちゃんは腰ぐらいまであったから、時間かかるなーって思ってたら、さやちゃんが髪を切ったから、もう追いつけた。――きっと、さやちゃんが、わたしのために切ってくれたんだと思う。嬉しい。嬉しくてつい顔が綻んじゃう。

「かえちゃんニヤニヤしてるー」

「だってさやちゃんと一緒にいると幸せすぎるんだもーん」

「私も、とっても幸せだよ」

「でへへへ、じゅる、でへへへへへー」

 また嬉しくて思わずヨダレが。――と、わたしのお腹がそのヨダレに反応したのか、グゥと乙女らしくない音を鳴らした。

「よしよし、お腹すいたんだねー、かえちゃん」

「えへへー、すいたー」

「待っててね、今夕飯作ってあげるからねー、ちゅ」

 そうして、さやちゃんはわたしのお腹に、キスをした。もー、そんなことされたら――。

「おしたおしちゃうぞー!」

「きゃー! もー、かえちゃん、私は今からごはん作るんだから、めっ、だよー」

 あぁ、かわいい、かわいいなぁ。

「よいではないかー、よいではないかー!」

「あははは、かえちゃんなら良いけど、今は、だーめっ」

 その言葉に感動しすぎて、心の奥が痛いほどときめいた。本気で、さやちゃんなら、わたしも体を捧げたい。けれど、わたしたちは二人とも女の子。どうしようもない、現実。その現実から逃げるように、さやちゃんをもっと強く抱きしめた。

「わたしなら良いだなんて……さやちゃんだいすきー!」

「私も、大好きだよ、かえちゃん」

 ……でも、女の子同士でも、これ以上どうにもならなくても、この関係が幸せだから良いかな。さやちゃんに優しく頭を撫でられながら、目を閉じて、そう思った。




「――さ―ちゃ―き――……はっ!」

 目が覚めた。少しぼーっとしてから、目覚ましで起きたわけじゃない事に気づき、寝坊したかと青ざめ慌てて時計を見る。七時前。アラームが鳴る三十分も前だ。

「よかっっったぁー……」

 安堵の息を吐くのと同時に、ベッドへと倒れこむ。夢で見た、さやちゃんの手の感触を思い出そうと、自分で自分の頭を撫でてみるが、無意味だった。それを分かっていてやった自分がどうしようもなくバカらしくて、ひたすらに虚しかった。

 寝汗に加え、襲いかかる七月の暑さに二度寝する気分にもなれず、起きあがり、階下のリビングへと向かう。両親は、先週から海外へと仕事に行っており、月末にならないと帰ってこない。

慣れているはずの、一人。

「……あははー……」

 楽しすぎる夢を見たせいか、心がぐちゃぐちゃになって、どうしたら良いか分からず、思わず口から渇いた笑いが出た。洗面台で顔を洗い、腰まで届く自分の髪を見る。――今なら、さやちゃんが切る必要も、ないな――

 朝食を食べ、お風呂に入り制服を着て、誰もいない家へ行ってきますと言い、通学路を歩いても、夢で見たさやちゃんの笑顔とぬくもりが、どうしても頭から離れなかった。


 自分の席に座るなり、突っ伏せる。涼しい学校と教室に入るたび、つくづくお金持ちの女子校に来てよかったな、と思う。快適な環境の代わりに夏休みは短いけれど、家にいるより学校のほうが良いという子も多いので、やっぱり良い学校なのだろう。

「おーい、大丈夫かー? 生きてるかー?」

「……うー……」

 隣の席の、恵来ちゃんがわたしを心配して声をかけてくれる。良い友達を持ったなぁ、わたしは。

「っていうか今日早くない? いつももうちょっと遅いのに、どした? 彼氏に振られた?」

「そーもーそーもーいーなーいーしー、いーらーなーいーしー」

「あはは、そーだったね。男嫌いでここ来たぐらいだもんね」

「うー」

 自分でもうなり声なんだか返事なんだか、よくわからない声で答える。――ただ、わたしが女子校に進学したのは、男が嫌いだからではなく、さやちゃんが――。

「なに悩んでるのか知らないけど、相談だったら聞くぞー。あんまり悩むと、更にちっちゃくなっちまうぞー」

「やー、これ以上なったら困るー」

「あははは、よしよし、菓笑はかわいいなー」

「やーめーてー」

 ぐしゃぐしゃと頭を撫でるのは、わたしを少しでも慰めようとしているのだろうけれど、今やられると、今朝の夢を余計に思い出すだけだった。


 授業が始まっても、ぼんやりと外を見ることしかできなかった。内容などとても頭に入ってこない。頭をよぎるのは、同じ学校に通っているのにもう一年以上も会話をしていない、さやちゃんのことばかり。――あんなに仲が良かったさやちゃんとは、自然と離れていってしまった。進学して、今まで小さな学校だったから絶対に同じクラスだったのが、初めて別々になって。それでも最初はお互いがお互いのクラスに遊びに行ったりしていた。

 そのうち、ぼんやりしてるけど、なんとなく癒されて包容力があって、かわいいさやちゃんは直ぐにクラスの人気者になった。わたしが休み時間に、さやちゃんのクラスに遊びにいっても、いつも色々な女の子に囲まれていて、さやちゃんが大好きなわたしは当然拗ねた。そしていつの間にか、会いに行くのをやめてしまった。

 わたしもわたしで、この小さい体と甘えたがりの性格のおかげか、先輩やクラスメイトともすぐ馴染み、色々な人に関わっていき、やがてわたし達は自然消滅のような形で、別れた。もっとも、別れた、なんて言葉を使って勝手にカップル気分でいたのは、わたしだけだったのかもしれないけれど。

風の噂によると、二年にあがり、さやちゃんは後輩にも好かれ、ますます人気者なようだ。……まぁ、風の噂っていうか、気になって必死に情報集めたんだけど……。

「はぁー……」

思わずため息が出て、慌てて先生の方を見ると、黒板を書くのに集中していて幸い気づかなかったようだ。安心してまた一つ息を吐くと、隣から何かが飛んできた。そちらを見ると、恵来ちゃんが心配そうにわたしを見ている。そして、大丈夫か? というジェスチャーをしたので、指でOKサインを作って笑う。いまいち納得していなかったが、授業中なのでそれ以上追及もできず、ノートを書き始める。わたしもどうにかさやちゃんのことを一端隅におき、ノートにペンを走らせる。けれど気づけば筆は止まり、思わずさやちゃん、と書きたくなる自分の重病っぷりに、心の中で苦笑した。


「おい、ほんっとーに大丈夫なのか?」

 放課後、よほど心配したのか、何よりも部活が大事な恵来ちゃんがわたしに声をかけてきた。というより、誰もいない教室でずーっとぼーっとしてたし、そりゃ心配させちゃうよね……。

「う、うん。だいじょーぶ。ありがとー」

 真剣な顔で心配してくれるのがうれしくて、少し泣きそうになった。世話を焼いてくれるのが、さやちゃんと重なったからかもしれない。

「いやそれ絶対嘘じゃん。だって昼も食べてなかったろ?」

「うん、まぁ、えへへ。あ、そう! ダイエット! ダイエット中なんだ、わたし」

「小さいの気にして、小さい胃袋に無理やり詰め込むぐらい食べてた菓笑がダイエットとか……それも絶対嘘じゃん」

「あはははは……」

 我ながら嘘が下手だ。でも他に何も言うことができなかった。まさか、好きな女の子が夢に出てきて、それで一日思い悩んでました、なんて、引かれちゃうこと間違いなしだし。

 本当のことを言わないわたしを、恵来ちゃんは泣きそうな顔で見ていて、わたしは大丈夫だよ、という意味をこめてまた、えへへ、と笑った。

「……菓笑が笑ってくれないと、あたしまで調子出ないよ」

「え、な、なに言ってるの恵来ちゃん。わたし、笑えるよー」

 わたし、笑えてなかったかな。そう思って、もう一度笑顔を作る。――と、突然、何が何だかわからない衝撃があって、気づけばわたしは、恵来ちゃんの胸の中にいた。

「そんな無理した笑顔、辛くなるから、やめて」

 その言葉を耳元でささやかれて、思わず涙が一筋頬を伝った。それと同時に、さやちゃんに抱きしめられた思い出が甦り、その温もりがとても恋しくなった。

「……あたし……、……菓笑の、ことが――」

「――! やっ、だめっ! 恵来ちゃっ……!」

すぐに恵来ちゃんが何を言おうとしているのかを理解してしまった。告白、する気だ。だめだ。わたしに告白しても、恵来ちゃんが傷つくだけで――。

「かえ、ちゃん……?」

 息が、止まった。きっとその一瞬は、心臓も止まってしまったと思う。どんなに長い時間聞いていなくても、忘れるはずがない、大好きな人の、声。夢の中で、わたしのことを大好きだと言ってくれた、世界で特別な人の声。

「――さ、や―ちゃん――」

 なんで、どうして、こんな時に限って、さやちゃんが、ここに。

「……ごめん、ねっ……!」

 走って教室を出ていくさやちゃんの後ろ姿を見ながら、私は瞬間的に、嫌われた、終わった、という言葉が頭をよぎった。もう一年以上も話していなかったのに。そして、卑怯なことに、わたしを好きだと言おうとしてくれた恵来ちゃんの胸の中で大号泣したのだ。見離せない、と知っていながら。



 家についたのは、すっかり日が暮れてからだった。あの後教室でずいぶん長いあいだ恵来ちゃんの胸の中にいた。そして告白しようとしていたその恵来ちゃんは、どこまでも男らしかった。

「くぅー……告白する前に振られんのってなんかモヤモヤするなー」

 相当勇気を振り絞って言おうとしたのに、それが成功しなかったのに、恵来ちゃんはにかっと笑ってそんなことを言った。

「ぐすっ……ごめん、ごめんね、恵来ちゃん……」

「あははは! 他に好きな子いたなら仕方ないわなー。女の子が女の子好きになって引かれなかっただけよかったよ」

 嫌われるかもしれない、というリスクを負ってなお、思いを伝えようとしていた恵来ちゃんはすごい。……というか。

「いや、その、別に好きな子ってわけじゃ……」

 そもそも、きっと今回のことでもう話してくれないだろうし……。その前から嫌われていたかもしれないけれど。

「でももし誰かと付き合うってなったら、あたしは考えられないけど、あの子ならオーケーするだろ?」

 うん、まぁ、もちろん、それは。

「……うん。ごめん……」

「はい素直で大変よろしい! いーんだよ、あたしは。告白できただけで――まぁ最後までは言えなかったけど、それで満足!」

 少しでもわたしを慰めようとしているのか、頭を撫でてくれる恵来ちゃんに本当に申し訳なくなる。

「でもあの子、確か同じ学年の雨雲 沙耶だろ? 菓笑って交流あったっけ? ……あ、あれか、一目惚れみたいな感じか」

 あぁそうか。そういえば、この学校になってから友達になった恵来ちゃんは、知らないんだ。一から説明してもよかったが、気づけば外はずいぶんと暗くなってきていた。

「あしたでも、いい? もうちょっとで下校時間になっちゃう……」

「ん? ぉあー! マジだ! 部活行くのすっかり忘れてたー!」

「ごーめーんーねー! わたしのせいだー!」

「あはは! いーのいーの! 好きな子のためなら部活ぐらいいくらでも休むし」

 それでも、恵来ちゃんの部活命っぷりを知っている友達のわたしとしては、どうにも申し訳ない。思わず涙ぐむと、がしがしと頭を撫でられた。

「それでもお詫びしたいっていうなら、菓笑の体で償ってもらっちゃうぞー。……誰もいない教室に、好きな子と二人っきりでいて、いつまでも我慢できるほど、あたしはできちゃいないんだぞー?」

 そう言ってぐぐぐっと顔を近づけてきた。慌ててわたしは顔をそむけ、カバンを持って教室の扉まで逃げる。

「ご、ごめんねっ! か、かえろっ、恵来ちゃんっ!」

「くくくっ、仕方ないなー! 一緒に帰るってだけで勘弁してあげるかー!」

 そのあまりの爽やかな笑顔に、もしわたしがさやちゃんに会ってなかったら惚れていたかも、なんてくだらないことを考えた。


 ――そして、家に着きベッドで沈み、今に至る。大きくため息を吐いて時計を見ると、八時を過ぎたところだった。当然のように夕飯を食べる気にもなれず、結局今日は朝に少し食べただけだ。

「……それは、さすがにまずいよね」

 その呟きに反応するかのように、お腹が小さく鳴った。

 階段を降り、暗いリビングに明かりをつける。静かな部屋に、外を通る車の音だけが響く。今日何度目だろうか、寂しい、と感じた。

 買ってあった冷凍食品のチャーハンをレンジで温めながら、テーブルに座る。何もしていないと、ついさやちゃんのことを考えてしまう。

「さやちゃんのせいだよ……」

 チャーハンをレンジから取り出して、食べながら、ボソリとつぶやいた。わたしの両親は、わたしが丁度中学にあがった頃から忙しくなりはじめた。さすがに今みたいに家に帰ってこないっていうことはなかったけど。そしてそれと同じ頃、隣の席だったさやちゃんと仲良くなって、よく我が家で遊ぶようになって……。両親の帰りが遅い時はさやちゃんが夕飯を作ってくれて、よく失敗してたけど、すっごく美味しくて……。だからきっと、料理ができないのはさやちゃんのせいだ。

 ――好き、だったの、かな。好きだったのかも、しれない。こんな突然交流が途切れるぐらいなら、あの時に告白しちゃえば良かった、なぁ……。

「……あはは、はは……ぐすっ……っぅ…、くっ……」

 チャーハンはしょっぱすぎて、とても食べられなくなっていた。


    


 翌日。昨日とは対照的に、目覚ましが鳴っても起きようという気分にはなれなかった。わたしの髪は見るまでもなくボサボサで、おそらく目も腫れていることだろう。一瞬休むことも考えたが、仮に休んで家にいたところで、絶対に気が晴れることはない。何より恵来ちゃんとの約束がある。頑張って学校に行くことを決め、勢いよく起き上った。


「おー、やっぱひどい顔してんなー」

 教室について早々、いつもより遅く来た恵来ちゃんに暴言を吐かれる。でも怒るより先に、そう言った本人の目も腫れていることに気づいて、何も言えなかった。珍しく遅く来たのも、きっとわたしのせいだ。

 昨日は夢の事でボーッとして授業を聞いていなかったが、今日は単純に昨日で疲れてしまって聞く気になれなかった。一応ノートはとるが、内容は一切頭に入ってこない。元々頭が良いほうではないから、そんなに影響はないのかもしれないけど。

 ふと、隣を見ると、同じように何かを考えるようにボーッとしている恵来ちゃんがいた。最初は昨日わたしがフってしまったからだ、と思ったのだが、なにやらそんな感じではない。消しゴムをちぎり、投げてこちらに気づかせる。

 大丈夫? と小声で聞くと、明るくニカッと笑って親指を突き立てた。なんだか本当に大丈夫そうだけど、でも逆に大丈夫だったらなんでボーッとしているのかの説明がつかない。わたしは訝しがりながらも、それ以上の追及はやめた。気丈に振る舞っているだけかもしれないし。


 そして放課後、わたしと恵来ちゃんは昨日と同じように二人で教室にいた。昨日約束した通り、わたしがさやちゃんを知っている理由を話すためだ。

「部活、だいじょうぶなの?」

「あったりめーよー! あたしは確かに部活命だけど、部活か好きな人かって言われたら好きな人を選ぶタイプだ!」

「えへへ、ありがと、恵来ちゃん」

「あたしが聞きたいって言ったんだからお礼なんてやめてってば」

「……うん」

 本当に清々しいほどにサバサバしている。そういえばよく色々な女の子から告白されてるって言っていたし、男に生まれていたらさぞモテたんだろなー。

「それで、わたしがさやちゃんを知ってる理由、なんだけどね」

「好きな理由、でしょ」

「……もー、ちゃかさないでよー」

 ちゃかされて顔を赤くしてしまったわたしもわたしだけど。

 それからわたしは、さやちゃんと中学で知り合ったことや、とても仲が良かったことを話し始めた。話しているわたしは自分でも分かるぐらい明るい顔をしていた。思えばこの学校に入ってからさやちゃんと話さないのはもちろん、さやちゃんのことを話す人もいなかった。それがきっとわたしを浮かれさせているのだ。……これも、恋をしているからなのだろうか。

「でね、でね、さやちゃんはすっごくかわいくて、ぎゅーってするとすっごい柔らかくてね、つつまれるみたいで、もうしあわせでしあわせで」

「ははー……、こりゃかなわんなー」

「へ?」

「隙あらばあたしがー、って思ってたんだけどなー」

 恵来ちゃんはそんなことを思っていたのか。諦めていないその強い心と、さやちゃんが他の女の子と話すだけで拗ねた、自分の弱い心を比べてしまい、胸がズキリとした。

「わ、わたし、もしかして恵来ちゃんに攻撃しちゃってた……?」

「もー、そりゃもー! かなり来たね! こう、グサグサーって! あはは!」

「ご、ごめん……」

 説明だけに、しておけばよかったかな……。しかも今まで自分が幸せに話していた分、ふとこうして現実に帰ってみると、もうあんな過去には戻れないということをより実感して、自分まで傷ついた。

 教室に夕日が差して、遠くからは吹奏楽部の演奏が小さく聞こえる。近くの教室が何かを引きずる音や、校庭からは運動部の元気な声や、下校していく声が届いて、わたしはなんだかとても感傷的になってしまった。

「……バカだよね、わたし」

「? なんでさ」

 聞かれてしまうと、もう止まらなかった。

「さやちゃんのこと大好きだったのに、ちっちゃいことでイライラして……。わたしが行かなくなってから、さやちゃんの方からわたしのクラスに来てるの知ってたのに、当てつけるみたいに他の女の子と話したりしてワザと無視して……。なのにやっぱりさやちゃんとまた仲良くなりたいな、なんて」

「また、仲良くなりたいんだ」

 そんなこと、聞かれるまでもなく。ううん、聞かれるまでわからないぐらいのおバカだったから、きっとこんなことになってしまったんだ。

「……うん。なりたい。……なりたいよ、わたし……だって……」

 だって。

「さやちゃんのこと、好き、だもん……。ぜったい……他のどの女の子よりも、ぜったい」

 ポタリと目から涙がスカートに落ちた。重い重い涙だった。視界がにじんで、声を出そうとしても、もう何も言えなかった。

「でも……、むり……っでき…ない……っ! さやちゃ……ちゃん……っに、もう……」

「んなことないと思うけどなー」

「……ぇ…っく……むり、だよ……! もう、話しかけ……られない、もん……!」

「できるって」

 どうして、そんなきっぱりと言えるんだろう。わたしは、わたしは恵来ちゃんみたいに強くないから、そんなに自信持てない――

「ふつーにまた仲良くできるよね? 雨雲さん」

 誰のことだか分らなかった。恵来ちゃんがわたしの名前を間違えたのかと思った。でもそれがわたしの大事な人の名字だということに気づいて、教室を慌てて見渡す。わたしと恵来ちゃんの二人以外、誰もいない。

「じゃあ、あたし、帰るから。はぁー、なんかあたしとんだミスおかした感じだなー。好きな人のキューピットになってどうすんだろーねー、ほんと。バカだなー、あたし。じゃね、菓笑」

「……な、なに、いって、るの……? 恵来ちゃ」

「ちゃんと謝るんだよ。あとこれでまた別れたら教えて。あたしが慰めるから。きししっ。じゃねー」

 頭は真っ白で、ただカバンを持って教室を出ていく恵来ちゃんの背中を見ることしか、わたしにできることはなかった。――見捨てられたのか。そんなことを考えながら、茫然とその見えなくなってしまった扉をみつめていると、やがてっ誰かの制服と髪が見えて、そして、さやちゃんが、そこに、いた。まだ何も理解できていないわたしは、さやちゃんが走ってきて抱き着いてくるのを、映画のように見ていた。

「……か、かえちゃぁぁん! うぅっ、ぐすっ……! ごめん、ごめんね、ごめん……!ごめん……ごめんね、かえちゃん……!」

「さや、ちゃ……!」

 何もわからないけれど、懐かしい温もりと匂いと、わたしの名前を呼ぶその声に、涙が止まらなくなっていた。

 謝って、許されて。謝られて、許して。そしてわたし達はまた、特別な関係に戻った。


 後で、なぜまた教室に来たのかを聞くと、どうやら恵来ちゃんが呼んでいたらしい。朝、珍しく遅れてきた理由は、それだったのだ。どこまでも男らしく、良い友達をわたしはもったのだと、しみじみと感じた。




 二人してひどい顔をして、わたしの家に向かったものだから、通りすぎる人が何事かと見てきて恥ずかしいこのこの上なかった。

「かえちゃんのおうち、久しぶりー。かえちゃんママとかえちゃんパパは?」

「今月末までかえってこないんだー」

おうち、という何ともさやちゃんらしい言葉に思わずわたしは吹き出しそうになる。それと同時にとても嬉しい気持ちになった。またさやちゃんが我が家に来てくれた。

「先にわたしのへや行っててー、ジュース持っていくよー」

 そうして冷蔵庫へ向かおうとすると、後ろからギュッと抱きしめられた。

「だーめっ、今日はもうずっと一緒にいるんだよ」

 顔からバーナーのように火が出るかと思った。恥ずかしすぎて、嬉しすぎる。一年以上経ったのに、さやちゃんはまだわたしを喜ばせる天才だった。

「も、もー、さやちゃんってば、もーっ。それにずっとって、さやちゃんも遅くならないうちに帰ら」

「友達の家にお泊りするってメールしてあるー」

 もうその場ですぐにでも転がりたかった。でもそんなことをしたらさすがにさやちゃんに引かれそうなので、振り向いてわたしもさやちゃんを抱きしめた。

「うぅー、さやちゃん、すきー、すきすきすきー!」

「よしよし、私も大好きだよ、かえちゃん」

「でへへへへへへ。じゅるり」

 いけないいけない。どうしても好きって言われるとヨダレが……。こんなことじゃいつまでたっても冷蔵庫からジュースを取り出すことができない。さやちゃんから惜しみつつも離れて、冷蔵庫を開ける。

「あー!」

「わー! な、なにっ、なにっ?」

 突然大声を出されたから、わたしもつられて大声を出してしまった。

「かえちゃん、もしかして……! ちゃんとしたもの食べてないでしょー!」

「ぎくり」

 図星だった。今開けた冷蔵庫の中身はほとんど空っぽで、どうやらそれでバレたらしい。

「だ、だってー」

「さー、一緒にスーパーに買いに行くよー」

 振り向いたさやちゃんに、今度はわたしが抱き着いた。

「……ぅー。さやちゃんに部屋でずっと甘えてたいよー……」

「で、でも、かえちゃん、お夕飯が……」

 もし、さやちゃんが前から変わっていないなら、これでっ!

「…………だめ?」

 さらに強くギュッとして、お願いするような目で上目遣い。すると最初は困った顔をしていたさやちゃんの表情が段々と柔らかくなっていき、最後には笑顔になった。

「……かえちゃん、わかっててやってるでしょー」

「えへー、やってるー」

「もー……。よしよし、ダメじゃないよー」

「でへー、さやちゃんだいすきー!」

 わたしはさやちゃんに甘くて、さやちゃんはわたしに甘い。こんなお互い砂糖みたいな関係がまた続けられるのかと思うと、もう他には何もいらないと思えた。


 二人でカップ麺という、おおよそ年頃の乙女らしからぬ食事を終えて、二人でベッドに寝転がる。

「むー、さやちゃんまた大きくなってるー」

 むにむにと目の前のおっぱいを堪能する。

「こらこら、だめだよー。かえちゃんもそのうち大きくなるよー」

「ぜったいならないー」

 むにむにむにむに。

「か、かえちゃ……、だめー、だーめーだーよー」

「わー……ぴとっ」

強引にはがされた。でもまたすぐにくっつく。あたたかい。しあわせ。冷房を強めにつけて涼しいのに、暖かい。贅沢なことをしている気分だ。さやちゃんに抱きしめられる。わたしも抱きしめる。

「……ごめんね、かえちゃん」

 まださやちゃんは、この離れた期間のことを気にしているようだった。わたしも、元々原因を作ったのは自分だし、気にしていないと言えばウソになるが、それでも今があるから良いと思える。

「もーいーの! 先にすねた、わたしの方がわるいんだもん」

「ちがうよ、私がかえちゃんが他の女の子と喋ってるの見てやきもちしちゃったのがいけないんだよ」

「ちーがーうー! わたしがさやちゃんが他の子としゃべってるの見てすねちゃったのがいけないのー!」

 あぁ、おそらく今わたし達は他の人が見たら、なんともバカバカしい言い合いをしているのだろう。それでも、それでも、わたし達は真剣だった。

「……かえちゃんを、だれにも、あげたくないよ……」

 変わっていないと思ったさやちゃんは、すこしだけ甘えたがりになっただろうか。けれど、良かった。求めていたのは、わたしだけじゃなかったんだ。

「わたしも……、さやちゃんをだれにもあげたくない」

 そして二人で、何もしゃべらず、ただ抱き合う。触れていなければ相手が消えてしまう魔法をかけらてしまったかのように、強く、抱き合った。

 先に魔法から解けたのはさやちゃんだった。

「あははは、カップルみたいだね、私達」

 そう言われて、ついまだ夢心地だったわたしの理性がゆるんだ。

「……みたい、じゃ、なくて、……なりたい、なー……」

 言ってしまった後に、しまった、と後悔する。でも言ってしまったからには、もう後戻りはできない。

「……え?」

 当たり前のような反応が返ってきたが、めげるわけにはいかない。

「さ、さやちゃんは、わたしのこと、すき?」

「す、すきだけど――」

「そっ、それは! それは……、ライク? ……それとも、その……、そのー……」

 恥ずかしくて、消えてしまいたくて、逃げてしまいたくてしょうがなかったけれど、勇気を振り絞りさやちゃんの顔をじっと見つめる。困ったように考えている顔。わたしはじっと待つ。

「……私で、いいの? かえちゃん」

「で、じゃなくて、が、いいっ! さやちゃんが、いい!」

 真剣にじっとさやちゃんを見つめて、力強く宣言する。

「私、きっと、かえちゃんに迷惑いっぱいかけて、それでも離れないし離さないよー?」

「いいっ! それでもいい! わたしもいっぱい迷惑かけて離れないし離さないからっ!」

 一度だけ、うーん、と唸って、そして最後に、さやちゃんはじっとわたしの目を見て、聞いたのだ。

「――でも女の子、なんだよ?」

 ドクン、と胸が高鳴る。出会った中学の頃から、何度どちらかの性別が男だったら、と思ったことか。でもその男の子にさやちゃんを取られるのだけは絶対に嫌だったから、二人で女子校に行こうと誘った。男になれない。男にとられたくない。もちろん女の子にも。だったら、だったら――。

「うん。それでも……、いい。それでもさやちゃんが、好き。愛してる」

 そこでやっと、さやちゃんは笑ってくれた。

「ありがとう、かえちゃん。実はずっとずっと前から、私も――愛してたよ」

 何度も見た、大好きな可愛い笑顔。初めて知った、さやちゃんの柔らかい唇。

 間違いなくわたしは、その瞬間、世界一幸せだった。


 遠くで、コオロギが鳴いている。

 今年の夏休みの計画を考えながら、わたしはまたギュッと、強く抱きしめたのだった。


「そういえば、なんで昨日はわたしの教室に来たの?」

「かえちゃんの、夢を見たからだよ」

 きっとわたし達は、お似合いのカップルだ――。

貴重な、本当に貴重な時間を使って読んでいただいて、本当にありがとうございます。

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