番外6.わがままな美人
つい二時間ほど前に完結したとかぬかしといて、即行で戻ってきました。ほんとすみません←
今度こそ最終回です。多分。
前話『永遠の思い出』に登場した、朱里ちゃん視点でお送りいたします。
わたし――稲葉朱里は小学校時代、すごくわがままで自己中心的な子供だった。
わたしは家がそれなりに裕福だったから、お父さまやお母さまなどの家族や親戚のおじさまなど、とにかくいろんな人に甘やかされて育った。だからそんなわたしが傲慢な性格になってしまうのも、無理はなかったのだろうと思う。
あの頃のわたしは、自分が望めば思うまま何でも手に入ると思っていた。
それが間違いだと気付かせてくれたのは、上級生でわたしの初恋の男の子――青柳蓮くんだった。
小学校時代のあの日。わたしは自分の思い通りになってくれない彼にイライラして、協力してくれていたはずの大事なお友達を――東雲くるみちゃんを、ひっぱたいて傷つけてしまった。
それを目の当たりにした蓮くんが、わたしに向けて静かに言ったのだ。
『少なくとも僕は、今の君を好きにはなれないな。こんな……やつあたりで他の子を傷つけるようなことをする子は、好きじゃないんだ』
それでわたしは、はっきりと目が覚めた。そして、悟ってしまった。
自分の身勝手な感情だけでこんな行為をする者は、誰よりも醜いのだと。姿かたちがどれだけ綺麗でも、心が醜ければ意味がないと。
そんな人間は、誰にも好かれるはずがないのだと。
わたしの涙腺は、完全に決壊してしまった。泣きながら、しゃくりあげながら、いつまでもくるみちゃんに謝り続けた。くるみちゃんはそんなわたしを、優しく抱きしめてくれた。
こんなわたしを慈しんでくれるなんて……本当にわたしは、いい友達を持ったと思った。
そして同時に、本当に素敵な人に恋をしたのだなと再確認した。
あれ以来、わたしは自分を磨き始めた。とはいっても、磨いたのは外見じゃなくて心。極力わがままを言わないようにして、相手がどんな気持ちなのかを考えながら行動するようにした。
そしたら、それまでわたしに恐々としながら従ってくれていただけの周りのみんなと、本音で話ができるようになった。目の前で話している相手が、とっても楽しそうに笑ってくれるようになった。
そうしているうちに、わたしのそばにはたくさんの人が寄ってきてくれるようになった。本当の意味での『お友達』が、たくさん増えた。
嬉しかった。
今までもお友達はいたけれど、所詮はうわべだけの関係だった。わたしに都合のいいように行動してくれるだけの、道具に過ぎなかった。
そんな人たちに囲まれた生活は満ち足りていたけれど、今思えば時々むなしくなってしまうこともあったような気がする。前まではそんなこと感じたこともなかったけれど、今ならわかる。相手の気持ちを汲み取ることが、どれだけ重要かっていうことが。
それから一年たって、蓮くんに再び告白をしてみたのだけれど、あえなく玉砕してしまった。
結果はなんとなくわかっていたから、そんなに傷つきはしなかった。多分、蓮くんは別の子を見ているんだろうなって、感じ始めていたから。
でもわたしは、蓮くんを好きになれて本当に良かった。
彼の言葉のおかげで、わたしはこうして変わることができたのだから。
『今の君は、本当にきれいだと思うよ。一年前よりずっと、ミリョク的になった』
去り際に蓮くんが言ってくれたこの言葉を、わたしはこれからもずっと忘れることがないだろう。
――あれから十年以上が経った。
くるみちゃんとは、今でもたまに連絡を取る。あの時彼女という優しくて素敵な友達を失わずに済んだのも、蓮くんのおかげだ。
この間、くるみちゃんから『蓮と付き合うことになった』と連絡をもらった。わたしはその時心から、素直に二人を祝福することができた。気づかないうちに笑みをこぼしながら『おめでとう、お幸せにね』って、自然に言うことができた。
そして、わたしはというと――……。
突然、だだっ広い家全体にオルゴールの音が響き渡った。これは我が家のチャイムの音だ。
壁に掛けられた古い振り子時計を見る。約束の時間の、ちょうど五分前。ということはきっと、あの人が来たのだろう。
わたしはお気に入りの鞄を手に、鼻歌を歌いながら玄関へと向かった。
ガチャリ。
「おはよう、朱里」
ドアを開けたわたしを出迎えてくれたのは、ブランド物のスーツに袖を通したすらりと長身の男性。わたしの婚約者である彼は、暗めの茶髪をさらりと揺らしながら、こちらに向けてふんわりと微笑んでくれる。
「おはようございます、千里さん」
わたしも穏やかな気持ちで、微笑み返した。
「では、行きましょうか」
彼は自然な仕草でわたしの手を取り、玄関に停められた自家用車へとわたしを誘導してくれた。黒塗りでシックなデザインのそれは、落ち着いたイメージの彼にぴったりだ。
誘導されるままわたしは開けられたドアの方へ向かい、助手席に腰を下ろした。わたしが乗ったのを確認した彼が、バタンとドアを閉めてくれる。
「今夜はイタリアンのお店を予約しているんですが……朱里は、イタリアン好きでしたよね?」
シートベルトを着けていると、運転席に乗り込みながら彼が尋ねてくる。彼の方を見て、案外距離が近かったことに多少の動揺を覚えながら、わたしはうなずいた。
「えぇ、大好きです」
「よかった」
安堵したように彼は笑った。大手会社社長の御曹司である彼は普段から切れ者と評判だが、わたしの前ではこんな風に可愛らしい笑顔を見せてくれる。こんなギャップのあるところが、好きだなぁと思う。
彼――瓜生千里さんと出会ったのは、お見合いの席だった。わたしも彼も裕福な育ちなので、この出会い方自体は当然といえば当然だと思う。
わたしたちはまず、名前に同じ『里』という字がつくということで互いに親近感をもった。それから話しているうちに、好きなもの――例えば映画や画家、音楽など――が似通っていることがわかって、意気投合するのにそう時間はかからなかった。
それで何度か逢瀬を重ね、互いに運命を感じ、惹かれあい……やがて千里さんからプロポーズを受け、正式に婚約し、今に至るというわけだ。
「では、行きましょう。お昼ご飯は何にしましょうか」
「そうですね……せっかく夜にはわたしの好きなものを食べさせてくださるのですから、お昼は千里さんのお好きなもので」
「わかりました。では、僕のお気に入りのお店へ行くことにしましょう。きっと朱里も気に入ってくれると思いますよ」
得意げな顔で言うと、彼はシートベルトを着用し、ゆっくり車を発進させた。我が家の門をスローペースで抜けていき、高速道路へと向かう。
愛する人の車を運転する横顔を眺めながら、わたしはつくづく幸せ者だなぁ……と実感を強めていた。
要はあれですね。金持ちの女の子が譲歩というものを覚えて、わがまま娘から素敵なご令嬢に生まれ変わり、結局金持ちの男と婚約できましたってオチですね(←何)
何を隠そう作者は超貧乏育ちですので、金持ちの描写があんまりにも典型的すぎる点に関しては目を瞑っていただければ幸いです。
で、今回の題名はデンドロビウム及びデンファレの花言葉。
デンドロビウムはラン科セッコク属の花で、実はデンドロビウムという呼び名は学名の仮名読みだそうです。東南アジアを中心に分布している多年草で、ランとしてはそんなに特徴がないのが特徴です(何のこっちゃ)
で、デンファレの方ですが…これは『街外れの塾にて』内の『お似合いの二人』というお話のあとがきにて既に説明をさせていただいているので、割愛させていただきます。
実はデンドロビウムには他に『天性の華をもつ』という花言葉があるんですが…どっちにするか迷いましてね。迷った挙句、結局こっちにしたんですけど。
まぁそんな感じで、今度こそ完結表示にします。
というわけで、ありがとうございました~。