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街中キャンパス  作者:
18/19

おまけ3.永遠の思い出:後篇

おまけ話、完結編です。

前回に引き続き、東雲くるみ視点でお送りいたします。

 それ以来、蓮のそばにはあたしじゃなくて朱里ちゃんが常にいるようになった。あいかわらず蓮はあたしのところに来るけれど、自然に朱里ちゃんとくっつけるように仕向け、あたしは自然に二人からはなれていくようにした。

 それまでのあたしと蓮を知っていた友人やクラスメイトたちには「ケンカでもしたの?」とたずねられ、朱里ちゃんのちょっとゴーインな性格を知る子には「大丈夫なの?」と心配された。

 あたしはみんなに、蓮と朱里ちゃんが付き合うかもしれないんだよね、というようなことを答えた。朱里ちゃんから蓮にアタックしているなんて言ったら、朱里ちゃんのメイヨにかかわるだろうと思ったから。

 そんなことをくり返すたびに、なんだかむなしいようなフクザツな気持ちになったけれど、それはきっと、あそび道具を取られた幼稚園児の感情とおんなじなのだろうとカイシャクしていた。


 そんなある日の休み時間、朱里ちゃんがとてとてとあたしの席までやってきた。ほっぺたをバラ色に染めている彼女は、やっぱりかわいい。こういうのを天性のかわいらしさ、というのだろうか。

「もうそろそろ、蓮くんはわたしのトリコになっているにちがいないわ」

 あたしのところにくるやいなや、朱里ちゃんは自信満々にセンゲンした。

 他の人がそんなことを言ったらナルシストだとバカにされるけれど、彼女が言うのならば納得できる。なぜなら、彼女のミリョクに取りつかれない男の子はいないんじゃないかと思うから。

 あたしは自分の中に生まれたモヤモヤとした何かを飲み込むように、笑顔で言った。

「じゃあ、告白してくれるのも時間のモンダイだね」

「そうね」

 ふふん、と朱里ちゃんは胸をはった。

「きっと今日のホーカゴには、呼び出しをくれるはずよ」

「そうだね」

 あたしは答えた。大きくなっていく自分の中のモヤモヤには、気付かないふりをして。


 放課後、あたしは蓮がくるのをまたずにさっさと帰った。なんとなく今日は、二人でいるところを見たい気分じゃなかったから。

 帰ってからすぐに部屋へ行き、ベッドに飛び乗りふかふかのお布団にもぐりこんだ。それからあたしは晩ごはんも食べずに、早々とねてしまった。


 ――次の日。

「おはよう、くるみ」

 いつも通り、蓮があたしの家にやってくる。あいさつを返し、あたしは蓮と学校の前まで向かった。

校門前ではいつも通り、あの子が蓮をまって……いなかった。

「あれ?」

「どうしたの」

 思わず声を上げてしまったあたしを、蓮が不思議そうに見てくる。

「朱里ちゃんがいない」

「あぁ、あの子ね」

 それでようやく、納得したように蓮がうなずいた。

 ということは、あたしが言わなければ蓮は彼女の存在に気が付かなかったのか。あんなに可愛くて注目を集めるような子なのに、蓮にとってはその辺のモブキャラ程度でしかなかったのだろうか。

 ちょっとだけ意地悪な考えが、頭の中に浮かぶ。

 だけどすぐに首をふって、なかったことにした。きっとこれは、たまたまだ。蓮だってまだ朝起きてそんなに時間がたっていないから、頭がちゃんと働いてないってこともあるだろう。そうにちがいない。

 まぁ、どうせカゼを引いたとかそんなことだろう。そうでなければ、彼女が蓮のところへ来ないはずがない。

 あたしはそうカイシャクすると、げた箱まで向かい、そこで蓮と別れた。


 だが、あたしの予想に反して、朱里ちゃんは教室にいた。

 あれ? ならどうして今日は来なかったのだろう。不思議に思い、本人に直接たずねようと朱里ちゃんの席に向かう。

 朱里ちゃんはフキゲンそうにほっぺたをふくらませていた。あたしの姿を見つけるやいなや、形のいいまゆ毛がキッとつり上がる。

「朱里ちゃん?」

 声をかけるが、朱里ちゃんは「ふんっ」とそっぽを向いてしまった。

「……?」

 わけが分からず問いつめようと口を開いたところで、チャイムが鳴ってしまった。しかたがないので、あたしはシャクゼンとしないまま席に戻った。

 先生のお話を聞きながら、教科書を引き出しに入れようとしたところで、引き出しの中に何かが入っていることに気がつく。取り出すと、それは折りたたまれたかわいらしいメモだった。

 開くと、そこには整ったきれいな字でこう書かれていた。

『くるみちゃんにはなしたいことがあります。ほうかご、きょうしつにのこっていてください。 あかり』

 あたしは思わず朱里ちゃんの方を見た。

 彼女はなにごともなかったかのように、姿勢を正してマジメに先生のお話を聞いていた。だけどその表情は、やっぱりフキゲンそうだ。

 今朝といい、いったい何があったんだろう……。

 その日は放課後までが長く感じて、すごくイライラして、いつもは楽しいはずの授業にも全く身が入らなかった。


 長い一日が終わり、ようやく放課後になった。

 みんなが帰ってしまったあと、教室には約束通り、あたしと朱里ちゃんの二人だけが残った。朱里ちゃんがこっちにきたため、あたしも朱里ちゃんのところへと向かった。教室の真ん中のところで、あたしたちは向かい合う。

「ねぇ、どうしたの。朱里ちゃ……」

 ばちんっ

 あたしがたずねようと口を開いたところで、朱里ちゃんはいきなりあたしのほっぺたを強くたたいた。予想外の攻撃にバランスをくずして、あたしはその場にたおれこんでしまう。

 ジンジンと痛むほっぺたをおさえながら、あたしは痛みで泣きそうになるのをなんとかこらえた。そして視線を上にあげ、立ったままの朱里ちゃんを見た。

 朱里ちゃんのきれいな顔は、今にも泣きだしそうにゆがんでいた。手をふり下ろしたままで、サクランボ色のつややかな唇を強くかみしめている。

「朱里……ちゃん?」

「どうしてっ……どうして!!」

 朱里ちゃんは突然声をあらげた。その拍子に、大きな瞳に浮かんでいた涙がポロリとこぼれ落ちる。その表情は、憎しみに満ちていた。

 突然起こったできごとに頭がついていかず、立つこともせずにたおれた状態のままでポカンとしていた時、タイミングよくガラリと教室のドアが開いた。

 そちらに視線をやると、そこには蓮が立っていた。ほっぺたをおさえてたおれている涙目のあたしと、手をふり下ろしたまま泣いている朱里ちゃんを交互に見て、目を丸くしている。

「あの……これは、いったいどういう状況なんだい?」

 蓮の声で我に返ったのか、朱里ちゃんがハッと息をのむ音が聞こえた。おそるおそる蓮の方に視線を向け、完全に固まってしまう。こんなところ――朱里ちゃんにとってはきっと、ゼッタイに見られたくなかったところ――を見られてしまったのだから、むりもないだろう。

 フツーの子なら、ここで先生を呼びに職員室へと走るだろう。しかし、さすがはしっかりものの蓮。教室へ入ってくると、まず手をさしのべ、たおれたままのあたしを立たせてくれた。それからいまだにぽろぽろと涙をこぼしている朱里ちゃんに向き直り、怖がらせないように優しい声で問いかけた。

「ねぇ。どうしてこんなことになっているのか、教えてもらってもいいかな」

 朱里ちゃんはしばらく迷うように視線をおよがせていたけれど、やがてカンネンしたように口を開いた。

「蓮くん、が、いけないんだもん」

「僕が? どうして」

 蓮の声は、相変わらず優しかった。朱里ちゃんは完全にタガを外してしまったようで、ぬれたままの大きな目から次々と涙をこぼし、しゃくりあげながら蓮にうったえた。

「蓮くんがっ……蓮くんが! いつまでたってもっ、わたしを……好きになって、くれないからっ……!! わたしは昨日、ずっと……ずっとっ、わくわくしながらっ……待って、たのに……っ」

 あたしは昨日の休み時間、朱里ちゃんがほっぺたを赤くしながらうれしそうに言っていたのを思い出した。

『きっと今日のホーカゴには、呼び出しをくれるはずよ』

 そうか。朱里ちゃんはそれを信じてうたがわず、昨日ずっと待っていたんだ。

 だけど予想に反して、蓮はこなかった。朱里ちゃんがどれだけ待っても、蓮が朱里ちゃんのところにくることはなかった。

 それで朱里ちゃんは、プライドをズタズタにされてしまった。すごく、すごく、傷ついたんだ。

 あたしが何か言おうと口を開きかけたところで、蓮が言った。

「ね、朱里ちゃん」

 朱里ちゃんがハッと目を見開く。あたしも目を丸くした。蓮が朱里ちゃんの名前をちゃんと呼んだのは、初めてだったから。

 そんなあたしたちの反応にかまわず、蓮はつづけた。

「もし今まで通りだったならば、僕は君を好きになっていたかもしれない。君はきれいな子だし、うちのクラスでもよく話題に上がっているからね」

 なるほど……蓮はうわさ話を気にしないんじゃないかと思っていたけれど、案外そうでもなかったのか。

 あたしはヘンなところで納得してしまった。

「でもね、」

 蓮はそこでいったん言葉を切り、目を伏せた。その横顔は、さいきん覚えた言葉で言うとまさに『憂いに満ちた』表情だった。

 蓮はやがて顔を上げると、朱里ちゃんをしっかりと見すえた。その視線に射止められたかのように、朱里ちゃんの身体がこわばる。

 すぅ、と息を吸い、蓮はきっぱりと言った。

「少なくとも僕は、今の君を好きにはなれないな。こんな……やつあたりで他の子を傷つけるようなことをする子は、好きじゃないんだ」

 朱里ちゃんの顔から、一気に色が失われた。その姿はまるで、白くなってしまったバラのようだ。

 ぷっくりとした唇を震わせながら、朱里ちゃんはあたしを見た。いまだにジンジンと痛むほっぺたに、白くほっそりとした手が触れる。その手はひんやりと冷たくて、あたしは思わず目をつむった。

「はれちゃった……ね。こんなに赤くなって。わたしのせいだ」

 たどたどしく、朱里ちゃんが言った。

「ごめんね、くるみちゃん。いろいろ助けてくれたのに、こんな……『おんをあだで返す』ようなことしちゃって……ごめんね。ホントに、ごめんね……」

 何度もあたしにあやまりつづける朱里ちゃんの顔は、涙でぐちゃぐちゃだった。

 あたしは何も言わず、そんな朱里ちゃんを抱きしめた。

 蓮はそれから一度も口をはさむことなく、抱き合うあたしたちをただほほえんだまま見つめていた。


 ――それ以降、朱里ちゃんは本当にいい子になった。それまでの自分勝手でプライドの高い女の子じゃなくて、優しくて思いやりにあふれた、姿も心もきれいな女の子に生まれ変わったのだ。

 あれから一年たって、朱里ちゃんは再び蓮に告白したけれど、あえなくギョクサイしてしまったらしい。だけどふられてしまった朱里ちゃんの顔はすがすがしくて、見ているこちらもすっきりしてしまうほどだった。

『わたし、もっとキレイになる。顔だけじゃなくて、心からキレイになりたいの。わたしがそう思えるようになったのは、蓮くんのおかげ。蓮くんを好きになれて本当によかったよ』

 そう言って笑った朱里ちゃんは、今までよりもずっときれいだった。


    ◆◆◆


 もしもあの時、蓮が入ってきてくれなかったら……あたしたちは、どうなっていたんだろう。想像するだけで怖い。

 あれ以上あたしと朱里ちゃんの仲がこじれなかったのも、朱里ちゃんが自己中心的な女の子でなくなったのも、きっと全部、蓮がいてくれたおかげだ。


 あれからこの出来事を思い出すたびに、妙な気持ちがあたしの心を占領するようになった。

 それまでにも蓮が他の女の子と話していたりする時など、かすかに感じていたような気がするのだけれど……あの出来事があってからはその気持ちが少しだけ大きく、はっきりとしたものになったような気がする。

 いつまでたってもモヤモヤとはっきりした形を伴わないまま、あたしの心をかすかに、だけどしっかりとくすぐっていった、あの気持ちは。

 どこかでこの話を聞いたらしい友人たちから頼まれて、キューピッドをするようになってからも、時折感じていたあの気持ちは。


 あれは、もしかして――……。


 ――ぱちんっ


 それまで考えていたことの答えが出る前に、再びあたしの目の前でシャボン玉がはじけた。びっくりして、閉じていた目をぱっちりと開ける。

 気付いたらあたしはベンチに横たわっていて、目の前では……いつの間に来ていたのか、蓮が穏やかな笑顔でこちらを見ていた。

「おはよう」

 蓮がにっこりと朗らかに、それでいて爽やかに笑う。

 眠りの世界から徐々に意識と感覚が戻ってきたあたしは、今現在自分が置かれている状況に気付いて固まってしまった。

 今、あたしはベンチに横たわっている。なのに、頭の裏には固いベンチの感触じゃなくて、ふにふにで柔らかくて温かい感触が伝わってきていた。

 そんなあたしの視界には、何故か蓮の顔がドアップで写っている。しかも……髪には、誰かに手で梳かれているような感触。

 これは……。

 あたしは思わず、びっくりして跳ね起きた。幸い蓮が「おっと」と華麗によけてくれたので、あたしをのぞきこんでいた蓮と出会い頭に頭をぶつけてしまうとかそういう大惨事には至らなかった。

 だって……だって! 今まであたしがされていたのって……。

「ちょっと膝枕しながら髪を撫でていただけなのに、そんなに滑稽な反応をしなくてもいいじゃないか」

 蓮が苦笑する。暴れ馬のように心臓が荒れ狂っているあたしに対して、蓮の態度はムカツクぐらいに飄々としていた。

「なっ……何であんたは、そんなに余裕ぶっていられるのよ」

「余裕ぶった覚えは何一つないけどね?」

 笑顔を崩さないまま、蓮はコテンと首をかしげる。まったく、小さい頃からこいつは変わらない。優しくて頼もしい性格も、飄々とした態度も……人を惹きつけてやまない、その綺麗な顔も。

「さぁ、行こうか。そろそろお昼だよ」

 端正な横顔をぼんやりと眺めていると、蓮が腕時計を見ながらゆっくりと立ち上がった。そうして座ったままのあたしに向けて手を差し出す。それは小学校の時と同じように白くしなやかだったけど、あの時よりずっと大きくて、大人の男性らしい骨格をしていた。

 あたしは差し伸べられたそれに自分の手を重ねようとして……止めた。ふと思いついたことを、実行してやろうと思ったのだ。

「――わわっ!?」

 あたしは、蓮の腕を両手で思いっきり引いた。蓮はバランスを崩しそうになったけど、どうにか堪えたようだ。あたしは反動で立ちあがると、そのまま蓮の腕に自分の腕を絡めてみせた。蓮もさすがにこれは予想外だったらしく、あたしを見て驚いたように目をぱちくりとさせる。

「どういう風の吹き回しだい、くるみ」

「いいじゃん。それより、早く行こ? おなかすいちゃった」

 蓮の腕に甘えるように、わざとすり寄ってみる。あの時朱里ちゃんが蓮にしたのと、全く同じように。

 蓮は最初こそ驚いたような、困惑したような表情をしていたけれど、やがてあたしを見ながらふんわりと笑った。そのままあたしを振り払うことなく、ゆっくりと歩きだす。あたしもそれに合わせて歩を進めた。


「――まさか、くるみが甘えて来るなんてね。もしかして今日は雪でも降るんじゃないのかな」

「何言ってんの、あたしはいつも通りよ」

「またまた、御冗談を。どこかで傘を買って行った方がいいかもな」

「失礼ね! 雪なんて降るわけないじゃない」

「どうだか」

「もうっ! 蓮の馬鹿」

「はははっ……」

「ふふっ……」

…はい、やっぱりこいつらも結局はバカップルでした。

朱里ちゃんのその後の話などは、気が向けばまたいずれ書くかもしれません。…まぁこの話で見た目も性格もよくなったわけですから、どうせ今頃リア充確定でしょうけど(ぷんすか)


ところで、今日はクリスマスイブですね(2012年12月24日現在)

明日がいよいよクリスマスということですが、皆様は何かご予定などありますか?…ほうほう、恋人とデートですか。そうですか爆発しろ←

作者はこんなリア充ネタを、一人っきりの部屋で更新しております(涙)

明日も明日で、一人冬籠りをすることでしょう。


…な、泣いてなんかないんだからねっ。


ってなわけで、今回で一応この物語も完結ということにします。

もしかしたらまた戻ってくることもあるかもしれませんが…その時はご贔屓のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

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