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街中キャンパス  作者:
15/19

番外5.あなたを見守る

番外編第五弾。今回はこれまでの番外編でも何度か出てきた『取り乱した蓮』のお話。まぁつまり…本編7話の裏話、といったところですかね。

藤野奈月視点でお送りいたします。

 ――彼女はどうして、こんなに追い込まれなきゃいけないくらい苦しんでいるんだろう。どうしてこんなになってまで、人のことばっかり考えるんだろう。

 携帯電話の向こうから彼女――東雲くるみの泣き声が聞こえてきたとき、わたしは純粋にそう思った。


 最初に相談を受けた時から、わたしは何となく分かっていた。彼女を苦しめる感情の正体が、いったい何であるのかということを。

 だからあの時わたしは、鈍い彼女が今度こそ明確に気付けるように、敢えてはっきりと告げたのだ。それはきっと『恋』である、と。

 案の定、彼女はひどくうろたえていた。だけど落ち着いて、順序立てて、たっぷり時間をかけて考えて……やっと、わかったらしい。初めてわたしに――きっと口に出すのも初めてだっただろう――こう言った。

『あたしは確かに、蓮に恋をしている』

 彼女が、自分の気持ちをようやく認められた。だからわたしは、これでもう大丈夫だと思った。

 あとは彼女の決意次第だ、と。ちゃんと整理をつけて、当人に伝えるだけだ、と。

 なのに……。


 二日後、わたしが耳にしたのは予想外の知らせだった。


「奈月さんっ!」

 その日わたしにそれを知らせたのは、くるみちゃんの想い人である青柳蓮さんだった。キャンパス内をぶらぶらと歩いていたわたしを見つけるや否や、ひどく焦った様子で駆けてきたのだ。相当急いできたと見えて、額にはうっすらと汗がにじんでいる。

「蓮さん?」

 その時のわたしは、純粋にびっくりしていた。

 彼がわたしに話しかけてくることなど本当に稀なことだし、この広い街中で顔を合わせることすら珍しい。実際、最後に関わったのは――その時は確か、馴染みの喫茶店で一緒にお茶をしたんだっけ――もうだいぶ前のことだった。

 しかも、だ。

 いつも落ち着いている彼が、こんなにも明らかに取り乱している。それも大変珍しいこと――というか、通常ならありえないはずのことだった。

「どうしたんですか……?」

 おどおどと声をかける。蓮さんは「あの」とか「えーと」とか言いながら、忙しなく身体を動かしている。わたしの脳裏に一瞬誰かの姿がよぎったような気がしたが、ここはあえて気にしないことにする。

「とりあえず、落ち着いていただけますか」

「あ、あぁ……そうだね」

 わたしが冷静に言ったのとほぼ同時に、蓮さんはようやく動きを止めた。落ち着くためか、幾度か深呼吸をしている。

「いったい何があったんですか。蓮さんが取り乱すなんて……らしくないですよ」

「らしくない、か。……うん。そうだね、そうかもしれない」

 蓮さんは自嘲気味に笑った。そんな表情もまた珍しくて、思わずポカンとしてしまう。

「あの……? 本当に一体、何が」

「とにかく、僕と一緒に来てもらってもいいかな」

 用件を尋ねようとしたら、蓮さんが唐突に言った。とにかく、口で言うよりは見た方が早いということか。

「わかりました」

 多少の不安を覚えつつ、わたしは蓮さんの後をついてキャンパス内を再び歩き出した。


 連れてこられたのは、大学内の医務室。一度貧血で倒れた時にお世話になったことがあるけれど、それ以来は一度も来ていない場所だ。確かあの時はくるみちゃんが連れてきてくれたんだっけ……と、どうでもいいことを思い出す。

 今は養護の先生が不在らしく、シンとした空間の中に、蓮さんとわたしの足音だけが響いていた。

 やがてたどり着いたのは、広い医務室の奥にある、ベッドがいくつも置かれた空間だった。白いベッドはクリーム色のカーテンで一つずつ仕切られていて、使われていない場所はカーテンが開け放たれていたり、反対に現在使われているのであろう場所はカーテンがぴっちりと閉まっていたりと、まちまちだ。

 蓮さんは左から二番目のところで立ち止まると、ぴっちりと閉まっていたカーテンを静かに開けた。

 中の白いベッドは、こんもりと盛り上がっていた。つまり、誰かが今ここを使っているわけだ。

 蓮さんに促されて、わたしはその場所を使っている人の顔を見た。そして――……驚愕に目を見開いた。

 首から下は白い布団で完全に覆い隠され、顔だけが出ている。青白いそれは明らかに具合が悪そうで、瞳は力なく閉じられている。よく見ると肌はひどくカサついていて、唇はプールに長時間入っていた時みたいな紫色。唯一鮮やかで艶を帯びた明るい茶髪が、ふんわりと白い枕に広がっていた。

 見間違えようもない。その人は――……わたしの友人、東雲くるみだった。

「これ、は……」

 傍らの蓮さんに尋ねた。寝ている彼女を起こすわけにはいかないので、自然と小声になる。

「見ての通りだよ。僕の目の前で、突然倒れたんだ」

 やりきれないように蓮さんが呟く。

 なんだか今日は蓮さんの珍しい一面ばかり見ているような気がするなぁ……とか、この場にそぐわないような呑気なことを一瞬考えてみる。

 とにかく、とわたしは蓮さんに向き直った。

「目を覚ますまでは、蓮さんが傍にいてあげた方がいいと思います」

「だけど……」

 彼女を追い詰めたのは、僕だから。

 伏し目がちにそう言うと、蓮さんは悔しそうに唇を噛んだ。連日のことで、さすがの彼も何かを感じずにはいられなかったようだ。

「声だけでも聴けば、少しは落ち着くことができるんじゃないですか。だって蓮さん、このままじゃ心配でしょう?」

 元気づけるように微笑んでみせると、蓮さんはふっ、とかすかに笑った。

「そうかもしれない……」

 なおも弱々しげな彼に、わたしはにっこりと笑って見せた。

「じゃあわたし、外に出ていますね」

「うん」

 そうして一旦、わたしは医務室を出た。


 ――それから、十分ほど経った頃だろうか。

 医務室の入り口で待っていると、控えめにドアが開いて蓮さんが出てきた。漆黒の瞳が哀しそうに揺らいでいる。

 くるみちゃんが目覚めた後、二人がどんな言葉を交わしたのか、わたしは知らない。だけど、あの様子だと……もしかしたら彼女は、蓮さんを拒絶したのかもしれない。

 聞いてみたい衝動に駆られたけれど、あえて言葉には出さなかった。代わりにわたしは、ただ黙って蓮さんを見た。

 蓮さんはこちらに気付くと、微笑みを浮かべた。それはいつもの感情の読めない笑みとは違う、哀しさとつらさとやりきれなさがこもった、ひどく切ない笑みだった。こちらの胸まで、ズキリと痛んでしまう。

「後は、よろしくね」

 蓮さんは力なくそう言った。

「蓮さんは……」

「これから、授業だから」

「そう、ですか」

 蓮さんは廊下を歩いて行く。姿勢や足取りこそいつもと変わらないものの、その後ろ姿はひどく哀愁を帯びていた。

 ふぅ……と長いため息をつき、わたしは医務室のドアに手をかけた。そのまま開けようとして、ふと手を止める。

 ドアの向こうから、すすり泣きの声が聞こえたのだ。普段なら聞き逃してしまいそうなほどに微かだったけれど、辺りには誰もおらず、静かで遮るものが何もなかったから、その声はしっかりとわたしの耳に届いた。

 それはくるみちゃんのものだと、わたしはすぐに気付いた。

 こんな時にわたしが姿を現せばきっと、くるみちゃんは気丈にわたしからその涙を隠すだろう。どうしたのと聞いてもきっと、なんでもないよと言って無理に笑ってみせるのだろう。

 ズキリと胸が痛む。

 それからわたしはドアに手をかけたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 すすり泣きがやがて聞こえなくなった頃、わたしはようやく医務室のドアを開けた。

 ベッドの側へ行くと、くるみちゃんは目を閉じていた。どうやら泣き疲れて、また眠ってしまったようだ。彼女の目のふちには涙がたまっていて、頬にはまだ新しい涙の跡があった。

 傍らにあった丸椅子に腰かけると、わたしは眠るくるみちゃんの横顔を見た。

 彼女は、後悔しているのだろうか。

 結果的に自分がこんな風になってまで、人の恋を叶える。それは果たして、正しいことと言えるのだろうか。

 どうして彼女はいつも、人のことばかり優先するのだろう。どうしていつも、自分の気持ちは抑え込むのだろう。

 どうして……一人で全部、抱え込もうとするのだろう。

「少しは、頼ってくれたっていいじゃない……友達でしょう?」

 自分でも情けないと思うくらいに弱々しいその呟きは、ひんやりとした空気の中に溶けて消えた。

何故でしょうね、番外編を書くたびに蓮の性格が迷子になっていくのは…。何かヘタレになってきたような気がしますorz

番外編はこれで終了(予定)ですが、これから書くおまけ話ではかっこよくて紳士な蓮をどんどん書いていきたいと思います。多分…←


今回の題名は、デュランタの花言葉。

デュランタとはクマツヅラ科の植物で、和名はハリマツリとかタイワンレンギョウというそうです。レンギョウというのは聞いたことがありますね。金木犀に似た小さなお花は高いところから落とすとくるくる回りながら落ちていく…と、某漫画にありました。

が、レンギョウとデュランタは違いますよ。レンギョウはオレンジ色の花が密集して咲きますが、デュランタは紫色のお花が扇状に咲きます。んで、花が咲き終えるとオレンジ色の果実をつけるそうです。

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