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街中キャンパス  作者:
14/19

番外4.勝利への決意

今回はなんとゲストに来ていただきました!(ぱちぱち)

というわけで今回は、蓮の身近な人にあたるゲスト視点でお送りいたします。青柳蓮の本質といいますか、そういった感じのお話ですね。

時系列は本編9話の少し前ぐらい、と思っていただければ。

 青柳蓮は私の甥である。

 私たちは、彼が小学生のころから訳あって一緒に暮らしているのだが、私たちの関係性は非常に妙である――と、周りからはいつも言われる。別にこちらとしては何もおかしなところなどないつもりであるのだが、何故だかそう見えるらしい。

 いわく、『長年一緒にいるはずなのに、ちっとも打ち解けているように見えない』『互いに隔たりがあるようで、見ていて落ち着かない』とのことだ。

 かつて『二人とも醸し出す雰囲気が不思議だから、どうしても周りからは変な風に見えちゃうんじゃないですかね』と言って笑ったのは、蓮の幼馴染の女の子――東雲くるみだった。

 なるほど、と私はすぐに納得した。言い得て妙、といったところか。さすがに長年我が家のことを、ひいては蓮のことを、近くでよく見てきただけのことはある。

 蓮のことを理解できるのは、もしかしたら彼女だけなのかもしれない。


 ――思えば、蓮は似なくていいところばかり私と同じ血を引き継いでしまったようだ。

 和服が似合いそうな艶のある黒髪とその整った顔立ちは、彼の親のものとよく似ている。その顔に浮かぶ微笑みは、男の私から見ても美しいと思うほどだ。なるほど、ひっきりなしに告白が舞い込んでくるという話もうなずける。

 だが、その表情からは一切本心を読み取ることができない。それが一番厄介なことだと、私は思う。

 『蓮君のそういうところ、龍次(りゅうじ)とよく似てるよ』などとかつて知人の一人が私に言ったものだが、私は蓮よりは感情表現が豊かだと自負している。くるみにそれを言ったら、『つまらない冗談を言わないで下さいよ』などと一笑に付されてしまったが……。

 しかしとにかく、私は別にいいのだ。もう若くはないし、少しぐらい落ち着いていたところで別に誰も構いはしない。現にそうして私は生きているのだから。

 問題は全面的に蓮の方だ。まだ年若いのに、すでに人生を達観してしまっているかのような物腰と、周りに心を開いていないかのようなかたくなな態度……彼の親代わりである存在としては、彼の将来が心配でならなかった。

 彼はこの先、誰とも本音で話をすることができないのではないか――。

 これは杞憂からくるものだっただろうか。いや、そうではない。私はただ、責任を感じていたのだろう。

 彼をそんな風にしてしまったのはきっと、私自身であったのだから。


 そんな我が甥への認識を私が改めたのは、いつのことであっただろう。そしてそれをもたらしたのは、一体誰であっただろう。

 そういえば、幼いころから彼は、唯一くるみとだけは心から楽しそうに話していたように思う。少々天然の気がある彼女を、蓮はいつも傍らで眩しそうに目を細めながら見守っていたものだ。それは兄としての愛情とも、また別の形としての愛情とも取れるような、不思議なまなざしだった。

 私にもよく、くるみのことを話してくれた。その姿は実に無邪気で……そう、本当に年相応で可愛らしかった。

 彼が自分が抱いている彼女への気持ちに、きちんと名をつけていたのかは知らない。何せ当人は一度も話してくれなかったし、私も聞かなかったから。

 ただ、私は彼の態度から幾分感じ取ってはいた。

 彼はきっと、彼女のことが心から愛おしくてたまらないのだろう……と。


「――それで、蓮」

 食卓の向かいに座る蓮に向けて、私は唐突に尋ねた。台所からはジャーッという水の音や、カチャカチャという皿洗いの音が忙しなく聞こえる。向こうにいる人間に、この声は届いていないようだった。

 自ら口を開いておきながら、何が『それで』なのかは、自分でもよくわからなかった。しかし蓮は特に驚きも訝しがりもせず、いつもの通り端正な顔に完璧な笑みを浮かべ答えた。

「何ですか、龍次叔父さん」

 彼が敬語を使うのは、昔からだ。特にこちらから強要したわけではないのだが、おおかた小さい頃に『目上の人には敬語を使いなさい』などと誰かに教えられたのを真に受け、それをずっと覚えているからなのだろう。

 私も同じように――おそらく周りからは、全く同じ風に見えるのだろう――笑みを浮かべ、箸を持ったままの蓮を見た。

 声をかけたからといって、別段何を聞こうと思っていたわけでもない。しかしわざわざ呼んだ手前、『やっぱりいいや』などと言えるような都合のいい人間に私はできていない。

 私があれこれ考えている間にも、蓮は微笑みを絶やさない。我慢強い人間にできているものだな、と、妙なところで感心した。

 とにかくあまり黙っていても仕方がないので、少し考えてから私は口を開いた。

「少しは、腹を割って話ができる人間が見つかったかい」

 蓮は少し目を見開いた。表情をほとんど崩さない蓮の素を見た気がして、私はふ、と吐息にも似た笑い声を零す。

 蓮は困ったように笑った。

「気づいて、いらしたんですね」

 気付かれていない、と思っていたらしい。おかしな話だ。私だけでなく、誰の目にも、蓮が笑顔の裏に本音を隠していることなど明らかであろうに。

 しかしそんな野暮なことは口に出さず、私はただ自慢げに鼻を鳴らした。

「当然だ。私を誰だと思っている?」

 私はこれでも、街外れで小さな塾を経営する塾長だ。

 いくら塾長という立場であっても、生徒や働く講師たち一人一人の顔色から心の機微を感じ取ることぐらいたやすい。むしろそれぐらいできなければ、塾長などという役割は務まらないと思っている。つまり、私は普段から人間をよく見ているのだ。

 蓮はいったん持った箸をテーブルに置くと、軽く数回手を叩いた。

「さすが叔父さん。お見事です」

 妙なオーバーリアクションに、それほどのことでもないだろう、と私は苦笑した。

「で、どうなんだい」

「聞かなくても、叔父さんならわかるでしょう。僕は昔から、」

 そんな蓮の言葉を遮るように、私は蓮に尋ねた。

「昔から、かい?」

 蓮が唯一心を開いていた相手がいたのは知っている。その子を、どれだけ大切にしていたのかも。

 だが……。

「いくら心を開いていたって、その子に一番大事なことを伝えていなければ……意味がないんじゃないのか?」

 一番大切な子に、自分の素直な気持ちを伝えていなければ。

 それは……。

「それは、本当に心を開いているとは、言えないだろう?」

「だけど……」

 黙っていた蓮が、口を開いた。その声はいつもと比べて明らかに弱々しく、かすれてすらいた。

「それを伝えて、今までの関係が崩れてしまったら……それこそ僕は、誰も信じられなくなってしまいます」

「そうやってお前が臆病だから。だから……余計に彼女が傷ついているんじゃないのか」

 え……と、彼の口から声が漏れた。形の良い唇が、小刻みに震えている。

「どうして、そのことを」

「くるみ君の友達から相談を受けたんだ。藤野奈月。お前も知っているだろう?」

 私のあっさりした答えに、あぁ、と蓮は納得したように力なくうなずいた。

 藤野奈月はくるみの友人であり、かつて私の経営する塾に通っていた子だ。高校を卒業し、塾を辞めた今でも彼女はよく遊びに来てくれるし、連絡を取り合うこともある。

 近頃、その彼女を通じて私はくるみの状態を聞いていた。彼女は相当、精神的にやられてしまっているようだ。先日など、ついに倒れてしまったという。蓮がひどく取り乱していたとも、奈月は言っていたような気がするが。

 くるみも、蓮と同じ気持ちを抱いている。だからなおさら、それがもどかしく思えてならない。きっと奈月も、同じ風に思っているのだろう。

 まだ迷っている様子の蓮に、私ははっきりと言った。

「怖くても、伝えなくてはならないことがあるんだよ。蓮」

 包み隠さず、本当の気持ちを話してあげなければ。そうすることが彼女のためにも、彼自身のためにも最善のことだ。

「かつてお前の前に現れた数々の女の子たちが、お前に決死の思いをぶつけていったように。お前も、彼女に――くるみ君に、伝えて来るんだ」

 いいね? と言い含めるかのように問えば、蓮は一度ゆっくりと目を閉じた。深々と幾度か呼吸をする。

 たっぷり十秒ほど経ったところで、蓮はすっと目を開いた。漆黒の瞳が、決意を秘めたように強い光を放っている。

 そして蓮はようやく、芯の通った声を上げた。

「……はい、叔父さん」

 自然と張りつめていた自らの表情が、少しずつ崩れていくのがわかった。思わず安堵の息が漏れる。

「よし、」

 では、食事を続けようじゃないか。

 何事もなかったように言うと、蓮は「はい」と言って笑った。心からの笑みのように、私には思えた。

 箸を持ち、出されたおかずを揃ってつつき始めると、蓮が再び口を開いた。

「そういえば、『腹を割って話せる人間』と言いましたが……いましたよ、もう一人」

「ほぅ、それはどんな人だい」

「女の子なんですけどね。芹澤深雪という子です。最近大学内で知り合いまして――……」

 いつもの通り落ち着いた声で紡がれるその話に、私は「ほう」「ほほー」などと相槌を打ちながら耳を傾ける。

 そうしているうちに台所から聞こえていた皿洗いの音は止み、パタパタというスリッパの音がこちらへ向かってきた。

「あらあら、二人とも今日はお話が盛り上がっているようね」

 どことなく機嫌よさそうな声と共に、妻の椿(つばき)が姿を現した。

「何の話をしているのかしら?」

 含みのある笑みを浮かべ、私と蓮は顔を見合わせた。示し合わせたかのように、順番に答える。

「単なる世間話だよ。なぁ、蓮?」

「えぇ。そうなんですよ、椿叔母さん」

 あらあら、仲がいいわねぇ。

 そう言ってクスクスと笑いながら、椿も食卓に混ざり、事前に並べた自分の箸を持つ。

 表向きは、いつも通りの朝の風景。

 しかし私と蓮にとっては、確実に何かが変わった――……そんな朝だった。

というわけで、蓮の叔父こと龍次さん視点でした。

彼は『街外れの塾にて』の舞台となる塾を経営する塾長です。この作品ではほぼ関係ない設定だったりしますが…(笑)

二人(+龍次の妻)は一緒に暮らしていますが、はたして蓮の両親はいずこに?という疑問があると思います。

答えは…皆様のご想像にお任せいたしますね☆←


今回の題名はオダマキの花言葉。

オダマキはキンポウゲ科の多年草で、ラテン語ではアキレギアとかアクイレギアとかいうそうです。和名のオダマキ(苧環)はもともと機織りの際に麻糸を巻いたもののことで、花の形からその名がついたのだとか。

ちなみにこの花に含まれるプロトアネモニンという成分は毒であり、皮膚炎・胃腸炎・心臓麻痺などの症状を引き起こすそうです。まかり間違っても口に入れてはいけないということですね。もしかしたら触れるのにも注意が必要かもしれません。恐ろしや。

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