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街中キャンパス  作者:
12/19

番外2.薄れゆく希望

素晴らしく寒いですな…(2012年11月27日現在)

さて。今回はちょっと寂しいタイトル通り、失恋のお話です。お話っていうかもう独白…?←

というわけで、芹沢深雪視点でお送りいたします。

 それは、とうの昔に気付いていたことだったのかもしれない。彼のことが好きだと、愛おしいと、思ってしまったその瞬間から。

 この思いは……決して報われることなどないのだろう、と。


 私――芹澤深雪が、青柳蓮先輩という人を初めて知ったのは、大学に入学した直後のことだった。

 きっかけはほんの単純なこと。だだっ広い構内で迷っていた私を、ちょうど通りかかった先輩が親切に目的地まで案内してくれた。ただ、それだけ。

 それだけのこと……のはずだったのだけれど、当時の私には運命の出会いのように思えた。

 すらりとした体躯、彼が歩くたびにさらりと揺れる綺麗な黒髪、端正な顔に浮かぶ気さくで温和そうな笑顔。まるで王子様なんじゃないかって思うくらい、彼のすべてがキラキラして見えて……。

 心を奪われるのに、そう時間はかからなかった。

 だけど私は引っ込み思案な性格だから、それ以降会っても恥ずかしくて声をかけることができなかった。物陰でただ、切ない気持ちになりながら彼をこっそり見つめるだけ。

 だけどそれが、逆に仇になったのかもしれない。ついに知らなくていいことまで知ってしまう……そんな日は、唐突にやってきた。


「――まったく、くるみは本当に抜けているね」

「うるさいわよ……っていうか、蓮にだけは言われたくない!」

 ある日の構内にて。

 いつも通りに歩いていた時にふとそんな会話が聞こえてきて、私ははたと足を止めた。聞き覚えのある声。その主は間違いなく先輩だ。

 そして今先輩と一緒にいるのであろう女の子の声にも、覚えがあった。……あれは、くるみちゃん?

 彼女――東雲くるみは、私が取っているゼミで同じ班に所属している子だ。人見知りの激しい私にも屈託なく接してくれるから、すごく話しやすい。

 私は反射的に物陰に隠れ、近づいてくる人影を覗き見た。……間違いない。先輩と、くるみちゃんだ。

 二人は茶化しあうように話しながら、仲良く構内を歩いていた。あの様子だと、彼女は先輩のことをよく知っているみたい。

 ……もしかして、付き合っているとか? 先輩はくるみちゃんと一緒にいるとき、すごく楽しそうだし。くるみちゃんもいつもより生き生きしているように見える。

 先輩は、くるみちゃんのことをどんなふうに思っているのかな。くるみちゃんはどうだろう?

 知りたいけれど、このままじゃ知ることなんてできない。このまま、物陰から黙って見ているだけじゃ、いつまでたっても真相なんてわからない。

 ……私も、そろそろ行動に出るべきなのかな。

 そう思った私は、くるみちゃんを試す意味も込めて『恋のキューピッド』と評判の人に――彼女自身に、この恋を打ち明けてみることにした。

 くるみちゃんは初めすごく微妙な顔をしたけれど、すぐに笑顔になって『大歓迎!』なんて明るく言いながら引き受けてくれた。


 聞いてみると、くるみちゃんは私が思っていた以上によく先輩のことを知っていた。不安になって、先輩とくるみちゃんは付き合っているのかと――私にしては少々直球すぎると思ってはいたけれど――尋ねてみた。

 否定の返事は思ったよりもすぐに返ってきたから、これなら大丈夫だって思った……というよりも、半ば自分に言い聞かせた。ちなみにその時のくるみちゃんの表情は、見ていない。

 とにかく、くるみちゃんの後ろ盾をもらえたことに私はほっとしていた。

 だけど同時に私は、どこかで気付いていたのかもしれない。この相談は、後にくるみちゃんを苦しめることになるんじゃないか、って。

 ずるい私は自分の恋のことしか考えていなかったから、そんな考えなんてすぐに払拭しちゃったんだろうけれど。


 ――くるみちゃんのおかげもあって、私はすぐに蓮先輩と仲良くなることができた。

 最初は声をかけるのにすごく緊張して、正直逃げたくなった。けれどくるみちゃんが言った通り蓮先輩は気さくな人で、いろいろと気を配ってくれたから、緊張なんてすぐに解けてしまった。

 時間が合うと一緒に過ごせるようになったり、『蓮先輩』『深雪ちゃん』って呼び合えるようになったり……。

 私は舞い上がっていた。手の届かない存在だからって、半ばあきらめてたのに……大好きな人に名前を呼んでもらって、笑いかけてもらえているだなんて。

 夢にまで見た日々を、私はついに手に入れたんだ、って。

 とにかく嬉しくて。どうしようもなく、幸せで。

 私はほんの少し、希望を抱いていた。このまま、付き合うことができるんじゃないかって。蓮先輩がいつか、私を好きになってくれるんじゃないかって。


 だけど……それは大きな間違いだったって、すぐに気付いた。

 確かに、片鱗があったのだ。

「そういえば前に、くるみがね――……」

 蓮先輩が彼女の話題を持ち出すとき、彼は決まって、普段とは違う表情を見せた。

 柔らかく、甘く、それでいて激しい――……。

 どうしようもなく愛おしそうな。彼女のことが大好きで、大切で仕方がないっていうような、そんな表情。

 だけど私は、それにも気づかないふりをしていた。今はまだ、夢を見ていたかったから。希望を抱いていたかったから。

 そう……決定的に失恋する日が来るまでは。


 その日もいつも通り、蓮先輩とのことをくるみちゃんに報告するつもりだった。

 だけどやって来たくるみちゃんは、ひどく顔色が悪かったから……もう限界だな、って思った。

 ここでけりをつけるしかない。

 覚悟を決め、私はくるみちゃんに「告白するね」と告げた。

 くるみちゃんはさらに真っ青な顔になった。その様子はあまりにも病的で、ちょっとでも触れたらぐらりと傾いて、倒れちゃいそうなくらいだった。

 それでも彼女は無理して笑って、「きっとうまくいくよ、頑張って」なんて私を励ますようなことを言うから……だから、私も嬉しそうな顔を作って「頑張るよ」って明るく答えることしかできなかった。

 ――馬鹿。どうして分からないのよ。この恋がうまくいくはずなんてないって、誰の目から見ても明らかなのに。

 蓮先輩が誰を好きかなんて、一目瞭然だというのに。


 翌日。

 風のうわさで、くるみちゃんが倒れたと聞いた。傍には蓮先輩がいて、彼がくるみちゃんを保健室まで運んだのだということも。

 その時の蓮先輩が、ひどく取り乱していたということも。

 ――ほら、やっぱりね。

 私はくるみちゃんにはかなわない。くるみちゃんみたいに、一心に彼の愛を集めることなんてできない。

 くるみちゃんだって、とうに気付いているんでしょう?

 ……もう希望なんて、これっぽっちもなかった。けれどここで逃げるわけにはいかないから、私はあえて蓮先輩を呼び出した。

 正直な気持ちを、彼に伝えるために。


「――ごめんなさい、いきなり呼び出してしまって」

「構わないよ」

 夕方、落ちていく太陽が照らす構内の一角にて、私は蓮先輩と向かい合っていた。典型的な、告白シーンの完成だ。

 そして私は、ここで振られる。

 けど他の女の子たちみたいに、泣き崩れたりなんて絶対にしてやらない。それだけはしっかりと、心に決めていた。

「くるみちゃんは大丈夫ですか。今日、倒れたって聞いたんですが」

 まずはジャブ程度に、話を振ってみる。

 蓮先輩はちょっとだけ哀しそうに目を伏せると、弱々しげな声で呟くように答えた。

「……もう、大丈夫だと思う。僕が出て行ったあとは、奈月さんがついてくれてたはずだから」

 奈月さんとは確か、くるみちゃんの親友だったはず。名前は……藤野奈月さん、と言っただろうか。とにかく、その子がくるみちゃんと一緒にいてくれたというのなら、心配することはないだろう。

 彼女の精神状態がどうなったのかはわからないけれど、大丈夫。これから彼女は、ちゃんと幸せになれるはずだから。

 私の失恋と、引き換えに。

 私は覚悟を決めると、目の前の優しい笑みを浮かべる蓮先輩の目をしっかりと見据え、すぅ、と一つ息を吸った。

 そして、張り上げた声を構内全体に響かせながら……告げた。

「蓮先輩。私、あなたのことが好きです」


 ――結果は言わずもがな、だ。

 だけど蓮先輩は真摯に私に向き合ってくれて、一言一言かみしめるようにしながら、私に言葉をくれた。私にとって喜びとも……そして同時に、残酷とも取れる言葉。

『君とは恋人同士としてじゃなく、いい友人同士として一緒にいたい』

 ……それでもいい、と思う。それでも、あなたの傍にいられるなら。

 それがたとえ私の望む形でなかったとしても……今までの関係が、完全に壊れてしまうぐらいならば。


 この思いをちゃんと消化して、友情に変えていこう。いつかこの時のことを、笑って話せる日が来るように。


 だけどね……。

 明日から、ちゃんと笑うから。少しぐらい辛くても、それを隠し通す努力をするから。二人の恋を、ちゃんと応援するから。

 だから……どうか今だけは。

 今だけは、思いっきり泣かせてください。

…なんか、かわいそうになっちゃった(苦笑)

作者自身が結構深雪ちゃんを気に入っているので、幸せにしてあげたいなぁ…と思う今日この頃。この連載が終わったら、ちゃんと救ってあげるから。待っててね、深雪ちゃん。


今回の題名はアネモネの花言葉。

アネモネとはキンポウゲ科イチリンソウ属の多年草。和名としては『ボタンイチゲ(牡丹一華)』『ハナイチゲ(花一華)』『ベニバナオキナグサ(紅花翁草)』などがあるそうです。あらやだ、渋い。

『アネモネ』の名は『風』を意味するギリシャ語からきているそうです。ギリシャ神話には、アドニスという美少年が流した血からこの花が生まれたとかいうお話があるそうですが…案外お花ってギリシャ神話に出ることが多いんですよね。水仙やクロッカスなんかもそうみたいです。

ちなみにアネモネを生んだ美少年アドニスは、その亡骸からもう一つ『福寿草』という花を生んだそうな。

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