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街中キャンパス  作者:
11/19

番外1.よい語らい

久しぶりの更新ですなぁ。

というわけで番外編。初回は奈月と蓮のお話です。

一部『街外れの塾にて』を読まないと分かりにくい点があるかもしれません。一応配慮はしたつもりなんですが…分からなかったらごめんなさい。

藤野奈月視点でお送りいたします。

 それは、あまりに偶然のことだった。

「……あれ、奈月さんじゃないか」

 大学の講義を終え、街中をぶらぶらと歩いていたわたしに向かって、唐突に男の人が声をかけてきた。黒髪をさらりと揺らし、端正な顔に親しみのこもった笑みを浮かべている。

 わたしはその見覚えのある姿を見て、思わず目を見開いた。

「蓮さん……」

 彼――青柳蓮にこのようなところで会うとは、正直思わなかった。

 一緒の大学に通ってはいるものの、学科も学年も違う彼とは、構内ですら顔を合わせることは皆無といっていい。ましてや、こんな街中でなど。

 時折友人である東雲くるみから話を聞くことはあったが――蓮さんと彼女は幼馴染らしく、ちょくちょく話題に上るのだ――実際に彼とわたしが直接話をしたことは、ほとんどなかった。

 完全なる不測の事態に、わたしはどうしていいか分からず固まってしまう。とりあえず一応知り合いではあるのだし、少しぐらいは話をしないと失礼だなぁ……と思いながらも、何を話していいやらさっぱり分からない。

 困りながらも「あ……えーと」などという意味のない言葉を発していると、蓮さんがまるで助け船を出すかのようにわたしへ話しかけてきた。

「こんなところで会うのは、偶然だね」

「そ、そうですね。普段ほとんどお会いしませんし」

 無理やり笑顔を作り答える。蓮さんが話を振ってくれて助かった。これで少しは言葉を続けやすい。心の中でそっと感謝した。

 それでもわたしの言葉の端々に、少しでも気まずさやたどたどしさを読み取ったのだろう。蓮さんはおかしそうにふっ、と笑った。

「緊張しているのかな? 奈月さん」

 僕たち、なかなか話す機会ないもんね。

 どうやら、完全に見透かされているらしい。くるみちゃんは普段から彼に対して『余裕ぶっていてムカツク』とか文句を言っているが、その気持ちがちょっとだけわかったような気がした。

 少し悔しいので、とりあえず形だけでも否定をしておくこととする。

「そ、そんなことあるわけないじゃないですか」

「ふぅん。……まぁ、いいけどね」

 蓮さんはすっと目を細めた。

 あぁ……なんだか、この人ちょっと苦手かも。なんだかすごく落ち着かない。こんな雰囲気をまとっている人を、わたしは他に知っているような気がするのだが……まぁ、今はそんなことどうだっていい。

「じゃ、じゃあわたしはこれで」

 少しでも早くこの場を離れようと、早口でまくしたてるようにして言う。そして足早に彼の傍を通り過ぎ……ようと、したのだが。

「あ、ちょっと待って」

 呼び止められた上に、さりげなく腕を掴まれた。

 突然のことに戸惑ったわたしは、強張る顔に無理やり笑みを貼り付けながら蓮さんの方をこわごわと振り向いた。

 こちらの気持ちを知ってか知らずか、蓮さんはそんなわたしに向かってにっこりと笑いかけてきた。

 うわぁ……キラキラしてる。無駄にキラキラしてる。女の子はみんなこういうのに落ちちゃうんだろうな。しかも彼はそんな女の子の心理を全部わかっていそうだ。絶対確信犯だよなぁ……。

 ――と、しばしどうでもいいところに意識を飛ばしていたわたしだが、蓮さんのこんな言葉ではっと我に返った。

「ねぇ奈月さん、今から暇?」

「え? ……暇、ですけど」

 それが何か、と行動だけで伝えるかのように、コテンと首をかしげてみる。

 蓮さんは笑みを深め、同じようにコテンと首をかしげた。その無邪気な行動が、ちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒だ。

 それから彼は、その状態のままで

「じゃあさ、これから少しお茶でもしないかい?」

 と、まるでナンパとも取れるような発言をわたしに振っかけてきた。

 ――……って、え?

「あの、もしかして誘う相手間違えてませんか?」

 彼の想い人を何となく察しているが故に、当然の疑問を感じたわたしは、とっさに抗議する。蓮さんは、至極不思議そうに目をぱちくりとさせた。

「どうして?」

 ……もしかして天然なのだろうか、この人。

「だって、蓮さんは」

「好きな人以外をお茶に誘っちゃいけない、なんていう法律でもある?」

 蓮さんはわたしの抗議など全く気にしないとでもいうように、さらっとそう言ってのけた。確かに法律もそのようなところまでは介入してこないだろうけど、それって常識的にどうなんだろう。

 さらに食い下がろうとするわたしを見て、蓮さんはふと何かに気が付いたようにハッとした表情をすると、途端にニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。

「……あぁ、それとも」

 君のお相手に申し訳ない、かな?

 お相手、という言葉に、わたしは顔がボッ、と熱くなるのを感じた。回らない口をどうにか開き、言い訳を紡ぐ。

「あっ……『あの人』はわたしがそんなことしたって怒りませんし、きっと気にも留めませんよ」

 言いながら、『あの人』を――今頃街外れの塾で仕事をしているであろう、『彼』の姿を思い浮かべる。

 そういう関係であるからには、もちろん無関心というわけではないだろう(と信じたい)けど、でも特別焼きもち焼きというわけでもない。きっと『彼』ならば、さほど気にはしないはずだ。ましてや相手が蓮さんであるならば、なおさら。

 蓮さんは再び屈託のない笑みを浮かべ、無邪気に首をかしげた。

「だったら、別にかまわないよね?」

「っ……」

 なんだか、うまいこと丸め込まれたような気がしてならない。

 けれど、このような機会もなかなかないだろうし……もしかしたらこれがきっかけで、何かしらの変化が起こるかもしれない。

「……わかりました」

 不安に満ちていく考えを無理やりに明るい方向へと変え、わたしは腹をくくり、目の前の笑顔に負けない笑みを作った。

「じゃあ、あそこに行きましょう」

 わたしがいつもくるみちゃんと一緒に利用している、あの喫茶店に。


    ◆◆◆


「奈月さんは、最近どうなの」

 いつもの喫茶店の、窓際の席。

 目の前に広がるのは、まったくもって代わり映えのしない景色。ただ一つ違うことといえば、向かいに座っている相手がくるみちゃんじゃないということだ。

 現在、くるみちゃんの代わりにわたしの向かいに座っている人――蓮さんは、優雅な仕草でストレートの紅茶を口にしながら、わたしに向かって唐突にそう尋ねてきた。

「どう、って」

 質問の意図が読み取れず、わたしは飲み物を片手に眉をひそめた。

 蓮さんはさして気を悪くした様子も、かといって面倒くさがるような様子もなく、わたしの目を見据えながら言い換えるようにもう一度尋ねてきた。

「『彼』とは、うまくやっている?」

 質問の意図をようやく理解し、再び顔が熱くなった。

「うまく、っていうか……えーと、その」

 どう答えていいものか分からず、もごもごと口を動かしていると、蓮さんはふわりと表情を崩した。

「その様子だと、順調みたいだね」

「う……」

 わたしを見つめる漆黒の瞳は、微笑ましそうに優しく細められていた。それはくるみちゃんのものとよく似ていて、少しくすぐったさを感じてしまう。なるほど、さすが幼馴染なだけのことはある、とわたしは思った。昔から常に一緒にいると、ふとした表情まで重なって見えてくるらしい。

「『彼』は、本当に君を愛してくれているようだしね」

 柔らかな表情を浮かべながら、蓮さんがささやくように言う。

 それに関しては、わたし自身も十分すぎるぐらい感じていることだ。『彼』はわたしを、心から思ってくれている。

 そして、わたし自身も『彼』を……。

 ――……というか、今はそんなことどうだっていいのだ。

 これ以上この話を引っ張られるのは、恥ずかしいしいたたまれない。この辺で早々に切り上げることとしよう。

 今度は逆に――もはや聞くまでもないのだが――蓮さんに尋ねてみる。

「れ、蓮さんこそ。くるみちゃんとは、どうなんですか」

「僕かい?」

 自分に話を振られたというのに、蓮さんは恥ずかしがる様子もない。精神が大人なのか。それともただ単に、感情に対して鈍感なだけなのか。

 蓮さんは再び紅茶を口に含みながら、何でもない事のようにさらりと言ってのけた。

「幼馴染としては、うまくやっているつもりだよ」

 一緒にいられるだけでも、今は満足だしね。

 形の良い唇から紡がれる、とろけそうに優しく甘い声。きらりと光る漆黒の瞳は、欲情しているかのように色っぽい。

 彼が浮かべるそれらの表情は、普段彼が見せる温和そうなものと全く違っていた。野生動物のように獰猛でありながら、それでいて確かな柔らかさを孕んだ、そんな形容しがたい、何か……。

 わたしが知っている愛情とは、『彼』がわたしに向けてくれるものとは、決定的に違う。

 男の人って、こんな表情もできるんだ……。

 この表情を生み出しているのは、まぎれもなく彼女――今この場にいない、おせっかいで優しい、わたしの友人で。

 こんなに思われている彼女が、ほんの少し羨ましい……と感じてしまうほどに、それは深く、甘く、激しく……そして、どろどろに溶けているんじゃないかと思うくらい、慈しみにあふれていた。

 もうこれ以上聞かなくても、明らかだ。

 彼は本当に、心から、くるみちゃんのことを……。

「その表情、くるみちゃんにも向けてあげればいいのに」

 気が付けば、そんなことを口走っていた。

 蓮さんは一瞬目をぱちくりとさせたが、やがて困ったように笑った。

「向けている、はずなんだけどね……彼女は何せ、鈍いから」

 的を射た彼の言葉に、わたしは思わずクス、と笑ってしまった。

「確かに」

 こんなにわかりやすい彼なのに、くるみちゃんったら……どうして未だに気が付かないのかしら?

 鈍感な友人を思いながら、抑えられずにクスクスと笑う。蓮さんも彼女を思い浮かべているのか、おかしそうにフフッ、と笑い出した。

 二人して笑い出したのがよほど奇怪に映ったのか、周りのお客さんたちが不審そうにこちらを見ている。それでも自重することはできなかった。

 いつもの喫茶店には、しばらくわたしと蓮さんの笑い声が響くこととなった。

この二人の語らいが書きたかっただけなんです…っていうか、のろけ合わせたかっただけなんです←

久しぶりの更新がこんなんでごめんなさい←


んで、今回の題名はトルコギキョウの花言葉。

トルコギキョウとはリンドウ科ユーストマ属の多年草もしくは一年草で、アメリカとかメキシコとか大体その辺が原産だそうです。トルコじゃない…だと。


ちなみに正式名称はユーストマで、『トルコギキョウ』というのは和名。

その由来はトルコ石やキキョウを思わせる花の色から来ているとか、トルコのターバンやキキョウを思わせる花の形から来ているとか、単に海外から来ているという意味で『トルコ』と充てたとか…諸説あって、正式にはわかっていないそうです。

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