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まさかの救世主

ちょこっと下ネタありです。お気をつけ下さい!


「本当に大丈夫?委員会終わるまで教室の前で待ってようか?」

「私も、多嶋君だけじゃ不安だよ」

「いいっていいって、美織もゆずも気にしすぎ。時間もかかるし先に帰ってて」

「新澤~遅れるぞ~」


私の腕を掴んで離さない美織の手をやんわりはずして、多嶋へ軽く手を上げて応じる。今日は金曜日、委員会の日だ。結局二人は心配だからと委員会が行われる一組まで付いて来た。隣なのにね。


「お前らはいつもべったりだな。大丈夫だって、なんかあったら俺がフォローすっから」

「それが一番不安なんだけど。多嶋君本当に余計なことしないでね」

「今日も石村は毒舌だな!」


二カッと笑った多嶋にある種の安堵感を覚える。どうもこいつはお気楽の国の住民というか、悩んだり迷ったりする人をあほらしくさせる力を持っているのだ。教室の前に付いた私たちは心配性コンビに別れを告げて中に入った。

他のクラスというのは、作りは同じはずなのにどうも違って見える。

一組の担任は結構厳しい事で有名な安野先生だからか、机は等間隔できちんと並べられており、ゴミなども散らかっていなかった。二組とは正反対だ。これが担任の差だろうか。

ちらりと見渡すとまだ片倉は来ていないようだった。教卓にはもう学年主任の前井先生が立っていて、クラス順に席に着くよう促される。八列ある席の端の二つは使わず、クラスごとに前から順に二人並んで座っていくようだ。一組から四組、五組から八組、九組から十二組といったように座るのだが、もう気にしないと決めたとはいえ、七組と席が近い事にちょっと嫌な汗をかいた。


「新澤、お前こっち座れよ」

「え…、あ、うん」


珍しく多嶋が気を利かせ、右側の席を譲ってくれたのでそれに従い席に着いた私は筆記用具を机の上に出した。前には既に一組の学級委員の子が座っていて、多嶋は男子の方ともう仲が良いようだ。前後でちょっかいを出しあって遊んでいる。私は極力目立たないよう減ってもいないシャーペンの芯を詰め始めた。

ガラッという扉が開く音と共に女子の黄色い悲鳴が小さく上がった。それだけで、下を向いていても誰が入って来たのか分かる。もうこれ以上芯を入れたら詰まってしまうとわかっていたが、私はその作業に没頭するふりをして顔を上げずにやりすごそうとした。


「そんなに入れたら、詰まると思うけど」


頭上からかかった透き通るような美声に、つい顔を上げてしまう。そこには案の定片倉光景が立っていて、感情の籠らない瞳でこちらを見ていた。

やはり心は正直で、得体のしれない恐怖に身がすくみ、嫌な汗が背中を流れて行ったが返答しない訳にはいかない。私は口が動くままにまくしたてた。


「えっ、そ、そうかな。いやなんか、限界への挑戦ていうか…。私無精だから、入れるだけ入れておきたくて」

「ふうん。もしも壊れたら言ってね、予備のペンならいくつか持ってるから」

「あ…うん、ありがとう…」


なんだこれ、さすが宇宙人。顔と口調とオーラが全然一致していない。顔はどこまでも無表情なのに口調は天使の様に優しい。それでいてオーラは怒りのそれだ。

電波少年恐るべし。

片倉はちらりと多嶋を見てにっこりほほ笑むと七組の席へと腰を下ろした。しかも右側。そこまで視線で見送って、自分の手元を見やると持った芯はボキボキに折れていたので、ため息を吐いてゴミと化したそれを手で机の端に集めていると前に座った一組の子からティッシュを渡された。


「それそのまま床に捨てないでね。安野先生潔癖症だから。放課後ゴミが残ってると学級委員が掃除する羽目になるの。ティッシュに包んで後でゴミ箱に捨てて。

…それと、気を惹くことが出来たからっていい気にならない方がいいと思う」

「別に、そんな事思って…ないよ」


女子コワッ。目コワッ。

私の言葉を聞いているのか聞く気が無いのか。一組の学級委員ちゃんはこちらを鋭く睨みつけてさっさと視線を黒板に戻す。私も前へ目をやると担任席に座った安野先生の視線が私の手元にある事が分かった。潔癖症とは嘘ではなかったらしい。

丁寧にゴミを集めてティッシュにくるみ、それをブレザーのポケットへとしまう。もう一度安野先生を見ると満足そうに眼が細められた。どうやら私の行動は正解だったらしい。

委員会、片倉以外にも地雷が多すぎる…。

キリキリと痛み出した胃をさすって横を見ると、お気楽の国のお気楽王多嶋は消しゴムを頭にいくつ載せられるかに挑戦していた。案の定安野先生の視線はその汚い消しゴムに釘付けだ。今日の居残り掃除はお前に決定だよ、多嶋。

生徒が皆集まり、少し経った頃に我等が菅先生が教室に飛び込んで来た。


「すんません、遅れました。ってまだ始まってなかったか、セーフですね」

「菅先生、あなたを待っていたのです。それでは委員会を始めましょう」


さっきから二組は恥しかさらしていない気がする。


今回の委員会の議題は六月にある学年交流会についてだった。

学年交流会というのは一年生の顔合わせも兼ねて一緒に何かレクリエーションをしましょう、という会だ。うちの学校は私立なので第二土曜日が登校日となっている。その土曜日を丸々使って一年生の一組から十二組まで全員参加でプログラムをこなし、お昼御飯も生徒たちで作るのだ。今日はそのレクの内容とお昼のメニューの案を出すらしい。その内容を各自一度クラスに持ち帰ってアンケートを取り、また委員会で集計し、決定するという流れだ。


「ちなみに参考までになんだが、去年は偶数組と奇数組に別れての校内鬼ごっこ、その前はドロケイ、色鬼とか…」

「スガセンそれ全部同じじゃね?」

「後は皆でお互いの顔を描く写生大会もありましたねえ」


安野先生の提案に菅先生が露骨に嫌な顔をした。私も絶対にそれだけは嫌だという思いをこめて田嶋を見ると、ヤツは手を上げ大きな声で、


「すいません、シャセー大会って女子はどうするんですか」


とのたまった。一瞬にして場は凍りつき、安野先生・前井先生コンビからはブリザードが吹き荒れていた。菅先生は即座に田嶋の首根っこを掴むと、ちょっと失礼しますと言ってヤツを外へと連行する。廊下側に座っているためにごいん、という鈍い音と声にならない田嶋の悲鳴が聞こえて、私はもう一度ため息をついた。

戻って来た馬鹿は黒板の前に立って「おれ、一つ賢くなりました。すいませんでした!」と言って座った。もうやだコイツ…。

一同は先ほどの出来ごとをなかった事にして案を出していく。写生大会が黒板に書かれなかった事に露骨にほっとしている生徒が幾人か見受けられた。一方安野先生はまだ不機嫌顔だ。

上がったのは前年と同じ鬼ごっこ、球技大会、伝言ゲーム、おどかし役と回る役を午前午後で入れ替えて行うお化け屋敷などなどだ。お昼のメニューは定番のカレー、豚汁、各クラス二品ずつ大皿料理を作ってバイキング形式にする、といった意見が出た。隣の馬鹿と一組の男子がBBQ!BBQ!とはしゃいでいたが屋外での調理は出来ない事、火の管理に関して教員の目が足りない事、衛生上の問題etcで前井先生より丁寧に却下された。彼もまた、先ほどの事について怒っているようだ。菅先生は控えめにチャーハンを案として上げたが否定されるでもなく、賛成されるでもなく、ひっそりと黒板からその姿を消した。

委員会は恙無く進み、最終候補に挙がった鬼ごっこ、球技大会、伝言ゲーム、お化け屋敷、昼のメニューのカレー、豚汁、バイキングの希望アンケートを取ってくることとなった。

始まりこそ不安を覚えたものの、後半は心乱れる事無く委員会に集中出来た事に私は安堵して、油断していた。

取りまとめたノートと筆記用具を鞄に仕舞っている間、多嶋は私の横に立ち、帰り支度が終わるのを待っていた。先に行ってもいいと言ったが、「石村に言われているから」と奴は譲らない。今日のあの発言からコイツと親しいと思われたくないという気持ちが大きかったので、正直一緒にいるのは嫌だったが美織の愛に免じる事にした。

教室を出ようと顔を上げると私たちの席に近い出入り口、前の扉のすぐ横には片倉が立ち、女子に囲まれて談笑している。

あれでは通れないし、気が逸れているうちにさっさと帰ろうと後ろの扉から出て階段を目指そうとした時、目の前に片倉が立っていた。

なんで。瞬間移動しやがったコイツ…。

片倉はまた感情の籠らない瞳で私と多嶋を見やると、どこか焦点の合わない瞳で問いかけてきた。


「二人は一緒に帰るの?」

「えっ、一緒にっていうか、別に、ただ同じタイミングで出ただけだけど…」

「なら俺と一緒に帰らない?」

「えっ?誰が?俺が?それとも新澤?」


驚いているのは私だけではなく、多嶋も、周りの生徒・教員、全員のようだった。こちらの質問に答える事なく片倉は私の手を取り、スタスタと歩き始める。


「わ、私?あの、悪いけど、と、友達を待たせてて…」

「誰?」

「ク、クラスの子だよ」

「…ふうん、じゃあその子も一緒に帰ろうか」

「ええ!?」


片倉は階段へ向かっていた身体をくるりと翻し、二組のクラスへと足を進める。しかしこのままではマズイ。美織とゆずには先に帰って貰っているし、このままでは嘘だとばれてしまう。振りほどこうにも掴む手の力は強く、しっかりと私の手首を捕えている。片倉が二組の扉に手をかけた時、多嶋がその手を止めた。


「悪い、俺そいつ送ってく約束してんだ。手、離してくんねぇかな」

「さっきは約束してないようだったけど」

「コイツと約束したんじゃなくてコイツの友達としてんだよ。先に帰る事になったから、新澤の事よろしくってな。だからクラスには友達は待ってねえし、まだ新澤には言ってなかったからコイツは知らなかった事だ」

「友達の代わりに送るなら俺がするよ。ありがとう、多嶋君。それじゃあさよなら」

「待てって。自分の意思ばっか押し付けてねえで新澤の意思を確認しろよ。

新澤、お前はどうすんだ」


誰だコイツ、本当に多嶋か?と思うほどのイケメンぶりに開いた口がふさがらない。しかし掴まれた手首の痛みが私を現実に引き戻させた。

どっちを選んでもBAD END感が拭えなかったが、私がこの得体の知れない電波男を選ぶはずもなく、視線を多嶋に向けた刹那、間抜けな声が廊下に響き渡った。


「修羅場、キタ――――――――――!!」


喜色満面で廊下の奥から現れたのは楢崎だった。

その笑みのまま私たちにダッシュで駆け寄ると、手刀で持って私の手首を掴む片倉の手を無理やり引き剥がす。勿論私にもダメージは大だ。


「姫は私が貰った!男どもよ、己の貧弱さをかみしめるがいいわ!」

「なんだよ楢崎~、いい所だったのによ~」

「多嶋君推しの私としては渡したいのは山々なんだけど、なっちゃんのレベルまだ達してないから!城下町周辺でレベル上げ要だから!て事で、片倉君も、さらばだ!」


私の肘の辺りを掴んだ楢崎は再びダッシュで彼女が現れた廊下の奥へと走った。私も必死に足を動かしてそれに付いていく。奥ま走って第二階段の角を曲がった所で、楢崎は倒れ込むように突っ伏し、私もそれに倣った。

ぜぇはぁと息を整え、楢崎を見やると、彼女もまた瀕死の顔をしていた。


「なんで、きゅ、に、ハァ、現れたの?」

「ゼェ、たまたま、松太とバスケしてて、ハァ、携帯教室に忘れた事、思い、出してきたら、修羅場に遭遇しちゃった、から。ハァ、なっちゃん、困ってた、でしょ?相手も悪い、し」

「…ごめ、あり、がと」

「いいって、気にスンナ」


ハァーっとお互い息を吐いて深呼吸をした。四つん這いの状態で楢崎がこちらへ近寄ってきて、私の頭を撫でる。さすが大人レベル高いことだけはあるよ楢崎。私は今、泣きそうです。


「ほんと、わけわかんないんだ、片倉光景…。いきなり絡む理由も、なんも、かんも」

「そりゃあお前、なっちゃんがすきなんでしょ。一目ぼれなんでしょ。じゃないとあんなことしないよ。馬鹿もの」

「そっ!そんなんあり得ないし!私何もしてないし!みたとおり平凡な見た目ですけど!?」

「ははっ、見た目は関係ないよ。私は松太がチビでも凶悪な顔してても、アイツならすきだもん。何度でも一目ぼれするよ。まあ、人違いって線もあるみたいだけど、まずいのは大勢の前で片倉くんが行動を起こしたことと、ファンクラブ会員があの場にいたことかな。多嶋くんもちょーっと警戒が足らなかった」

「え!?」

「一組のあの目つきの悪い女いたでしょ?高場みずほ。あいつはなー、ちっと厄介だなー。なっちゃん、今日は一緒に帰るよ」


あのティッシュをくれた子だ。あの子もファンクラブなのか。ていうかどうしよう、どうしよう…。


「愛実」

「うわお!このタイミングかよっ」


落ち込む私たちに声をかけてきたのは、祖父崎くんだった。その手には恐らく楢崎のものと思しき鞄が握られており、彼女を迎えに来たのであろう事が窺えた。もしかしなくとも、私はお邪魔虫だろうか…と思ったが、その考えを察してか楢崎が強い口調で祖父崎くんに「なっちゃんも今日一緒に帰るから」と言い切る。笑顔で了承してくれた祖父崎くんと、にっこり笑って私の頭を撫でる楢崎のお言葉に甘えて、私はぺこりと頭を下げた。


「何、片倉と噂になってた女子ってなっちゃんだったの?なんで?」

「おせーよジジー。ていうかあんまそこ掘り下げないで。そこ女子のデリケートゾーンだからっ」

「単に私が絡まれてるだけってそんだけだから…」


毎度繰り返される問答に私もいい加減うんざりしていた。祖父崎君にではなく、片倉とそのファンに、だ。色々と面倒事をかぶせては地味に生きたい私の人生を邪魔してくれている。

ていうか一男子生徒に話しかけられただけで騒ぎすぎじゃないの、この学校。

そんな私の怒りを知ってか知らずか、祖父崎君はカカと笑って私の事をまじまじと見つめた。


「それがすげーよ。あの優しい顔して他人に興味のない完璧超人がなあ。人に興味を持つなんて」

「だーからその辺触れるなって。それより問題は明日からだよ!ファンクラブからなっちゃんを護りつつ今後の打開策を考えないと!」

「私が片倉君無視するって事で、片付かない?」

「今日だって無視出来てなかったじゃんかお主はよぉ~!」

「そ、それを言われると言葉もない…!」


そう。結局チキンな私には無視などという高度スキルを使うにはまだレベルが足りていなかった。ていうか相手が魔王過ぎた。村人Aが無視出来る存在ではなかったのである。


「とりあえずはなっちゃんを一人にしないってことだな!多嶋君と、みおりん、千夏にも声をかけて、ていうか多嶋くんももっと危機感持ってもらわないと。未来の嫁候補のピンチなんだから」

「だからないっって…」

「いいや、ただ頼まれただけではあんな目で片倉君を見たりしないね!

それと松太も警護ヨロシク。そのでかい図体壁として生かす事を許そう」

「そりゃー光栄だな」

「じゃあ来週からローテーションで!対応策についてはうちの参謀腹黒美少女みおりんの策を仰ごう」

「ちょ、悪いよ!そんなしなくても大丈夫だって!」


私の主張は無視され、というかまるで聞いていない楢崎は片倉一派撃退方についてとても楽しそうに語っていた。せめてもと祖父崎くんに迷惑をかけてすいません、と頭を下げると、「むしろこっちがごめんな」と笑ってくれた。本当に出来た彼氏だ。



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