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衝撃を受ける日


うだうだ悩むのをやめた私は我ながら成長したと思う。

朝のHRが終わった後珍しく教室に残った菅先生に呼びとめられ、今週の金曜日の放課後に委員会がある事を告げられた。さっさと席を立って廊下で騒いでいる対する多嶋へも伝えるよう言われたが、私はもう平気だった。

一限目のチャイムが鳴ると同時に教室に飛び込んできた多嶋へその旨を伝えると奴はにかっと笑って親指を立ててきた。その顔がすごくうざかったので無視をして教科書を開く。

昨日までの動揺が嘘のように心が落ち着いている事に一番驚いていたのは私自身だった。昨日見た夢がどんなものだったか覚えていないがとても幸せな夢だった事は確かで、どちらかというとその事の方が私の頭を占拠していた。

大丈夫、と言って貰えた気がした。だけど果たしてどんな夢だったのか―――…。


今日のお昼はクラスで食べた。その際、ゆずと私が隅っこで向かい合って話しているところにあの楢崎さんとその友達、増谷さんが机と椅子持参で乱入してきた。


「今日こそははっきり聞かせて貰うよ~、新澤さん」

「な、何を?」

「まったまたぁ~!いっつも否定されるけど、実のところを今日はちょっと問い詰めようと思って。あ、このでかいの増谷千夏(ますたにちか)。あたしと同じく内部上がり」

「よろしく~、ごめんね無理に入ってきちゃって。でも新澤さん面白そうだし、同じ内部生だけど石村さんもあまり話したことなかったから。いいかな?」

「勿論、しかし残念ながら恋愛のお話は何一つないけどね」

「でもなっちゃんの気持ちは実はあたしも聞きたかったりして…」


まさかの親友の裏切りに驚愕の表情で美織を見つめるとにっこりとした美少女スマイルで返された。距離を詰めてくる楢崎さん、増谷さんもにやにやと笑って弁当を広げる。

私の左側でボブカットを揺らして目を輝かせている楢崎さん、いや楢崎はそのまま思った事を口に出すタイプの人間のようで、何度か私を思考停止にさせた。向かい側美織の横に座ったモデルのようにすらりとした千夏ちゃんは、そんな楢崎の発言にさらりとフォローの言葉を入れつつもっとエグイ事をズバリ付いてくるクールビューティーだ。いやなコンビプレーに猛追される私を美織は他人事のように笑って相槌を入れていた。おい!親友おい!


「…でさ、多嶋君の事はもういじり倒して満足したからいいんだけど、こっからは別に無理して応えなくっていいし、なんていうかあたしの勝手な探求心の暴走?だからさ、気を悪くするかも、ごめん」


楢崎が少しトーンを落として挟んで来た言葉に美織が少し警戒するのがわかった。すっかり二人とは打ち解けたが、流石の私も全てを話す気はサラサラない。しかし、隠すような関係性などない事ははっきり告げておくべきだと思った私は自ら切りこんだ。


「うん、片倉くんの事?」


びっくりしたように三人が目を見開いて固まった。言い出した楢崎がむしろうろたえ始め、周りを気にしている。


「いいよ、何もないんだもん。人違いだった。ただそれだけだよ。片倉くんは意外と強情な人だったみたいでそれを認めてはくれないけど、知らないものは知らないんだもん。むしろ私がちょっと困ってる」

「そっか、そうなんだ…。

………正直に言うとね、まあ、別のクラスの子からちょっと探って欲しいって言われてさ、でも私は個人的になっちゃんと仲良くなりたかったし、多嶋君と付き合ってるなら都合がいいなあ~なんてのもあったりして…。

なっちゃんと話して言い寄るようなタイプじゃないってのもわかったし、あたしからハッキリ言っておくから。

…ごめん、こんな事聞ける立場じゃないんだけど、友達認定解く?」


上目づかいで聞いてくる楢崎はちょっと卑怯だ。千夏ちゃんもそのピシリとしていた背中を丸めて私と美織を窺っている。こういう豪快な性格の女子の気弱な一面ってのは、可愛い。これがギャップ萌えというやつか、などとアホな事を考える余裕があるくらい私は傷ついてなんていなったし腹も立ってはいなかった。

逆に美織は私より怒っているようで、冷やかに机の真ん中をじっと見ていた。美少女の無表情は人形のようで怖い。そんな空気を破れるのは当事者の私だけなので、あえて笑って見せて正面で箸を握ったまま固まる美織の手をぽん、と軽く叩いた。


「解かないよ、気になるのは当然だもん。急に現れた外部生を片倉君が気にかけたりしたらそりゃ皆さま面白くないよね。正直に言ってくれてありがとう」

「…あたしもごめんね、楢崎を止める事も出来たんだけど、止めなかったのはあたしも興味があったんだ。実は、中学の時はファンクラブに入ってたし…」

「えっ!?」


まさかのまさかだ。千夏ちゃんは雑誌の中から飛び出して来たような“綺麗”という雰囲気の子だ。そんな子がファンクラブに入って片倉に熱を上げていたなどと、想像に難しかった。

楢崎がにやっと笑って、こいつ以外にアイドルオタクだし、と付け加えると千夏ちゃんは顔をサッと赤くした。


「別に今は興味ないよ、そりゃ綺麗な顔だな、とは思うけど。

…昔から片倉君は他の人とは違くて。顔がかっこいいとか、所作が綺麗とか、そういう表面の事じゃなくて次元が少し違うっていうのかな、ある種の危うさがあって」


電波少年だもん、と浮かんだ呟きはのどの奥に押し込める。正面を見ると美織も少し苦い顔をしていた。


「昔はそんな彼を自分が支えてあげたいな、なんて夢みた時期もあったけど、近づけば近づくほどこの人は誰も必要としていないんだってことがわかってさ。それは中学生には衝撃的だったよ。

他人を必要とも思っていない人間に、周りが何をしたって、それは彼には何も届かないってことだからね。それで、ああこの人は求めてすらいないんだって思ったらショックだったけど変に納得して、おしまい。

だから片倉君の世界に入れた人間にすごく興味があったんだよ。人違いだったみたいだけど、その求めている人が現れた時、彼はきっと一人じゃなくなるんだろうね」


私は千夏の話を聞いてショックを受けた。

もしも人違いじゃなかったら?


彼が誰を求めているのか――――…。


私の揺らぎを見透かしたように美織ははっきりとした口調で沈黙を破った。


「でもそれって、なっちゃんには関係のない話だよね。

なっちゃんが二人を許したから、私はもう何も言えないけど、私たちをそっちに巻き込もうとした分巻き込まれて貰うんだからね。今更知らないふりは、なしだよ」

「それは勿論。私たちはなっちゃんの味方だよ」

「ついでに私はなっちゃん×多嶋の味方だ!」

「ちょっとでかい声で何言ってんの!?」


二人の真剣な瞳に(一名いらん真剣さだが)美織は一つ息を吐いて楢崎のお弁当に入っていたハンバーグを食べた。


「メインが!ちょっと、みおりん!」

「私となっちゃんから楽しいお昼を奪った代償だよ、安いもんでしょ?」


腹黒にっこり美少女スマイルが二人に決まったところで、場に笑顔が戻った。メインを取られた楢崎から護るようにして千夏と二人自分達の弁当を口にかき込み、楽しいお昼休みは再開した。


昼休みが終わる十五分前になると、私たちはロッカーから着替えを出して更衣室へ向かった。次は体育だ。ちなみに今はポートボールをやっているのだが、私は未だルールが掴めていない。

着替えの早い楢崎と私は、美織と千夏ちゃんに先へ行ってくれという言葉に従って校庭へと向かった。

楢崎は内部生であり、あの性格という事もあり知り合いが多いようで男女問わずすれ違う人に皆挨拶を返されていた。パネエ。


「愛実」


校庭に出る為に下駄箱で運動靴へと履き替えていると背後から男子に呼びとめられた。ちなみに愛実とは楢崎の名前だ。子供は親にとっては誰しも愛の実であろうが、……いや何も言うまい。

振り向くとそこには背が高くがっしりとした体つきの短髪でこんがりと焼けた肌の似合うザ・スポーツ青年が立っていた。


「愛実、今日おばさんうちの親と映画行くって言ってたけど聞いてるか?」

「ハァ~?出た~、聞いてないし。松太んちはなんかメシあんの?」

「うちはおふくろがカレー作っとくって言ってたけど、うち来るか?」

「家帰って何にもなかったら行くわ。たぶん、てか絶対ないけど。誓ってないけど」

「おー。

で、ドーモ」

「えっ、コ、コンニチハ…」


にかっと笑って青年の視線がこちらに移った。身長が180㎝以上あるのではないか、と思うほど大きな彼に、私は自然と固まってしまった。困って楢崎に視線で助けを求めると、淡々とした調子で紹介してくれた。


「これ幼馴染で彼氏。祖父崎松太。家隣なんだ。

で、新澤なっちゃんね。今日友達になった」

「ども、愛実が世話んなってます。煩いけど仲良くしてやってくれ」

「おめーのがうるせーよジジー。じゃあまた連絡するわ」

「おー。体育転ぶなよ」


去っていく祖父崎くんの背中を乙女のように視線で見送る事無く、楢崎はさっさと昇降口から外へ出たので私も慌てて後を追った。


「えーと。えっ、彼氏?え?幻聴?」

「彼氏!なに~?意外だとか思ってんでしょ、失礼な奴め!ラブラブだっつの」

「でしたね」


そうかあ、高校生にもなればそりゃあねえ、と思いつつ楢崎を見ると、なんとなく大人びて見えてきた…気がする…。

いつか私にもできるのかな。なんか出来ない予感しかしないけど。

根拠のない絶対的な確信を自分で抱いて自分で落ち込んだ。溜息をつく私に楢崎はにやりと笑って言った。


「だから!なっちゃんには多じ」

「それ以上言ったらブッコロな」


ジャージを抱えてグランドを駆けてくる美織と千夏ちゃんが見えた私たちは手を振って、だらだらと共にポートボール台の前へと向かった。



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