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夢の時間


七時に起きてトーストと目玉焼きを食べた。芸能ニュースをながら見しながら身支度を終え、七時五十分に家を出る。学校まではバスで十五分程なので八時過ぎには学校に着く計算だ。

今日は放課後にケーキを食べに行く約束をしているので少し多めにお金を持って出た。昨日から思っていたことだが多嶋を含む三人にケーキを奢ろうと決めている。色々心配をかけたお礼だ。前もって言うとゆずと美織には反対されるだろうから会計のときまで秘密にしようと思う。多嶋は騒ぐだろうから勿論言ってはやらない。


何事もなく一日終えた私は、美織と教室でゆずを待つ。多嶋はまだ奥で男子達と騒いでいた。


「なーんか昨日あんだけ落ち込んでたのがアホらしくなるぐらい平和だねえ」

「そういう気の緩みは良くないんだから。でも確かに、普通の一日だったねえ。このまま何事もなく普通に過ごせるといいよね」

「そうそう、放課後にケーキ食べに行くなんてザ・青春の一ページじゃん!私の地元なんか田舎だったからさあ、中学の時は寄り道する店すらなかったよ。友達と田んぼの畦で座って話そうもんなら老人たちにどやされるしさあ」

「でもそれも楽しそう」

「ごめん、お待たせ~!行こう行こう!」


今日も溢れる笑顔のゆずが教室へ駆けこんで来た。多嶋は男子達とまだ騒いでいたので敢えてスルーしてみる事にする。階段に足をかけた所で煩い足音が私たちの後を追ってきた。


「ひっでえ!俺も行くっていっただろ!?声ぐらいかけてくれよ!」

「多嶋くん楽しそうだったし、邪魔するの悪いかなって」


しおらしい笑顔の美織は、真っ黒通常運転である。


美織とゆずの進めるケーキ屋は、なんとうちの近くの駅前商店街から少し外れた所にあった。何度も近くを通っていて気付かないとは、なんたる不覚。

その店構えはなんともオシャレで、流石東京は違うなあと私は口を大きく開け田舎っぺ丸出しで呆けてしまった。

中に入ると白いシャツにチョコレート色のギャルソンエプロンを付けたこれまた美人でオシャレな店員さんがいらっしゃいませ、と控えめに声をかけてきた。どきどきしながらショーウィンドウを覗くと非常に都会的なデザインのケーキが並んでいた。


「私の知ってるケーキと違う…!」

「ここのケーキおしゃれだよねえ。私はザッハトルテにしようかな。飲み物はダージリンで」

「じゃあ私は木苺のベリータルト。アールグレイイ、レモンで」

「俺はモンブラン!コーヒー、シロップ四つつけてください!」

「えっえっ」


都会っ子は場馴れ感半端ねえ…!と痛感するスピードでみんな注文をしていく。どのケーキもなんとも舌を噛みそうな名前だったため、慣れ親しんだショートケーキを注文した。まあその様相は私の知っているものと大きく異なっていたが。

注文通りにお姉さんがお皿へケーキを載せてゆく。紅茶は後で席まで届けてくれるようだ。私はまとめて払うよ、といち早く握りしめた五千円札をトレイに出した。皆は少し驚いたが、じゃあ席についてから払うね、といって先にケーキを持って移動していった。奢られてるとも知らずに、暢気なやつらだぜ。

会計を終えて振り返ると窓側一番端の席でゆずが大きく手を振っていた。ショートケーキを持って空いた席に着く。窓側にゆず、向かいに多嶋、隣が美織という席順だ。


「なあなあもう食べていい?」

「え~、紅茶来るまでは待とうよ」

「あたしももう食べたいな~、美織~」


うるうるとした瞳で多嶋とゆずが美織を見つめると仕様がないなあと肩をすくめて私たちは両手を合わせた。

フォークを押しあててそのあまりのふわふわさに驚愕する。口に運ぶとしっとりと柔らかく上品な甘さが広がった。


「うまい、うまいよ!」

「ふふっ、私のも食べる?」


美織が差し出してくれたザッハトルテを少し頂いてる間に多嶋がなんと私のショーとケーキにフォークを伸ばしているのが視界に入った。


「ちょ、何やってんの!?お前にはやらん!」

「いいじゃん!俺ショートケーキと迷ってたんだ。モンブラン少しやるからさあ」

「だめ、絶対!」


いくら相手が多嶋とはいえ男子とケーキ交換なんて私にはハードルが高すぎた。なおもしつこく手を伸ばしてくる多嶋から逃れるため皿を宙に上げて死守する。美織とゆずに助けを求めるも二人ともお構いなしにケーキの食べあいっこをしており私は孤独な戦いを余儀なくされた。テーブルに手をついて迫ってくる多嶋からケーキを守る為残りをフォークで突き刺して一口で食べた。口を押さえて咀嚼し、ごくりと飲み込み目の前の多嶋を睨みつけた。


「味わって食べたかったのに!ばか!阿呆!」

「なんだよ少しぐらいくれたっていいのによ~、新澤はケチだな」

「うっさい!」


視線を感じてふと横を見るとニヤニヤした顔の二人がこちらを見ていた。途端になんだが恥ずかしくなって頬が赤くなるのを感じる。否定の言葉を出そうと口を開くが、窓の外にもう一つの視線を見つけてしまった。

片倉だった。

しっかり絡んでしまった視線を外すことが出来ず石像のように固まる私を笑ってみていた二人と多嶋が心配そうに見上げてくるが、私はもう、何も出来なかった。

片倉はそれなりに人通りのある商店街の向かい側5m程向こうに立ってこちらをじっと見つめており、その瞳には確かな憎悪が込められていた。悪寒が全身を走り、イヤな汗が背中を伝う。先程までの和やかさが嘘のように、世界に奴と二人取り残されたような気さえしてきた。

片倉はふっ、と目元を美しく緩めるとそのまま人ごみに紛れて私の視界から消えていったが私は彼の立っていた場所から視線を外すことが出来ずにいた。

ふいに私の袖が引かれ、はっとして自分の右腕を見ると美織が心配そうにこちらを見ていた。そのまま視線をずらすとゆずと多嶋も強張った顔で私を窺っている。まずい、折角楽しい席だったのに。


「ご、ごめん。なんでもない。朝ちゃんと戸締りしたか急に心配になって」

「…本当に?何かあったらお願いだからすぐに言って」

「お前顔色悪いぞ、大丈夫か」

「平気平気!うち盗むもんなんて何にもないし!」

「具合悪いならもうお開きにする?今日から通常授業で疲れた?」

「本当に大丈夫だよ、ごめんごめん」


みんなと離れる方が怖かった。一人になった瞬間片倉に捕まるような気がしてならなかった。かつてないほどの無理をして笑顔を作り、皆に続きを食べるよう促して、毒にも薬にもならない話を広げた。不安そうな顔はぬぐうことが出来なかったが、これ以上の事は誰も何も言わなかった。


「あっ、奈津、お金払うよ。いくら?」

「そうだね、えーと私は…」

「いいの!今日は実はみんなに奢るつもりだったっていうか…、心配かけたお礼です。多嶋も、委員会の日とか、ありがと」

「…なんだよ、新澤にそんなこと言われると調子狂うなあ」


多嶋は少し照れたように頭の後ろを掻いた。ゆずと美織はそんな訳にはいかないと食い下がったが丁重に断って収めてもらった。私たちはそのまま1時間ほど居座り、それぞれ帰途に着いた。

一人になったとたん不安が襲ってきたが、駆け足で自宅アパートに帰る間片倉は現れなかった。先ほどのあれは、白昼夢だったのか…。

ドアを閉めると安堵からか、虚脱感に襲われずるずるとへたり込んでしまった。しずむ夕日を見つめたまま膝を抱きこむ。目を瞑ると片倉のあの瞳が浮かんできて怖かった。私はハイハイのように進んでテレビの電源を何とかつけると、都会に大量発生したカミツキガメの脅威を力説するアナウンサーを見つめた。


「ご飯…何作ろう、お好み焼きとか、あ、牛乳、使いきらないと…。グラタンとか…面倒くさいな…」


夕飯のメニューを呟いてみるも手足が動いてくれない。何よりお腹が空いてない。

静寂をバイブレーションの音が破った。なんとか自分を叱咤して携帯を開くと、美織からのメールだった。内容は今度はおいしい鯛焼き屋さんに連れて行ってくれるというものだった。返信を打っている間にもう一通受信する。ゆずからだ。付いていた添付画像を開くとゆずの飼っている猫の面白画像だった。段ボールに穴をあけて顔だけを出している姿に思わず笑いが零れた。二人には逆に気を使わせてしまったなあ、と思いながら私も実家のおばあちゃんが私の上げたビビッドカラーのキャラクターTシャツを着て満面の笑顔を浮かべている画像を添付したメールを送った。これは鉄板画像なのでハズレることはないだろう。

二人からのメールでうそみたいに気分が軽くなった。


「よっし!」


掛け声とともに立ちあがった。風呂を沸かしている間に夕食の準備に取り掛かる。今日はうどんだ。牛乳は明日の朝いけそうだったら飲むことにしよう。

ものの5分で完成した卵入りのうどんをすすって風呂に入った。

風呂から上がるころには私は完全に復活していた。携帯を見ると二人からの返信と、もう一通今日アドレスを交換した多嶋からもメールが入っている。

三人に返信をして髪を乾かし、布団に入った所でまた不安が押し寄せて来たが、ゆずの猫画像を30秒ほど眺めて目を瞑った。




そして私はまた、不思議な夢を見た。


縁側で私は庭を見ている。誰かが近づいてきて隣に座った。私は見ずともそれが誰かわかっていて、見上げるのも恥ずかしかったので手元の湯のみを見つめていた。すると隣の誰かはそっと私の頭を撫で、その手の平を肩に滑らせ、そのまま自分の胸へと抱きこむ。私はとても幸福で、その永遠のような時を目を閉じて噛みしめた。視線を彼の胸からゆっくりと上げると、その顔は―――――――…。





「あれっ、もう朝…?」





煩くなり続ける携帯のアラームを止めると、私は大きく伸びをした。なんだかとても惜しい所で目覚めた気がするが、自分がなんの夢を見ていたのかどうしても思い出すことが出来ない。

うーん、と唸って見るも、無理なものは無理だった。やがて空腹感が私の頭を占拠し、昨日の牛乳がいけるかどうかを確かめるため、コップにそれを注いで少し舐めた。

これは、アウトだ。



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