視線
「一応みおりんと話せたよ。最後逃げられたから少しだけだったけど……。
やっぱり引っ込みがつかなくなってるみたいだったから、とりあえず待ってるって伝えといた」
「千夏ちゃん、ありがと」
昼休みギリギリに戻って来た千夏ちゃんにお礼を言って、放課後の件と今までのイヤガラセの件を簡単に話す。どんどん冷気を帯びるその視線に身を縮こまらせながらもなんとか話きって、改めて私は謝罪とお礼の言葉を述べた。
「放課後か、バイト遅れるって連絡いれなきゃ」
「えっ、いいよ!楢崎もいるし、話があるって言われただけだしさ!」
「そうそう、今回は私に任せとけ!終わったら必ず連絡するから」
「そこが一番不安なところなんだけど」
その後納得しない千夏ちゃんを帰りのHRギリギリまで説得し、しぶしぶながら了承を貰った私は委員会が終わり次第落ち合う約束を楢崎と交わして気を引き締めた。
「新澤ー、委員会行くぞー」
「前から疑問だったんだけど、別に私待つ必要なくない……?」
「だってどうせ行く場所はおんなじなんだし、お前って変なところに引っかかるよなー」
周りの私達に対する妙な誤解を少しでもおきたいところなのだが、この男はそんな気遣いをするつもりは一切ないらしい。
というか気付いていない上に言ったところで時間の無駄なのはいやになるくらい理解していたので、私はニヤニヤとこちらを見る楢崎を睨みつけて教室を出た。
そういえば今日は片倉を見ていない。
最近は委員会前には必ず私の前に現れていた奴だが、さすがにこの前のこともあってかその気配はなかった。
「……まあ、どうでもいいけどね」
「?何か言ったか、新澤」
「別に」
私への執着をやめてくれたのなら万々歳ではないか。片倉が“奈津”の事を諦めさえすれば、忘れさえすればこの連鎖も終わるかもしれないし。
いや、こんな事をいう資格なんて私にはないのだけれど。
……また思考の迷路に陥りそうだ。考えるのをやめよう。
そう思っても委員会の行われる一組に足を踏み入れた瞬間、視線を巡らせてしまった自分に私は溜息をついた。
今日の委員会では当日に使う小道具の準備班や食材の買い出し係を話し合った。
もちろん私は上の空である。
珍しく真面目に話を聞き、話し合いに参加していた多嶋になんとなくその場を任せ、時計ばかりを気にして過ごす。
終わったら教室に言って、体育館裏に行って、市原さんとやらと話して、そしたら今日の事も全部、美織にメールするんだ。
返信は、ないかもしれない。でも、言うんだ。
「では、これでクラス委員会を終了します。ありがとうございました」
「ありがとうございましたッ!」
終了の号令が終わるや否や飛び出して行こうとした私の鞄を後ろから誰かが引っ掴んだ。つんのめって立ち止った私は反動そのままにその手の主を振り返りざまにギロリと睨みつける。
「“俺たちは明日”って、お前が言ったんだぞ」
「予定が変わったの!今日はごめん、月曜日にして!」
「だってよー、土日挟むとその間俺が付き合わされる羽目になるしよー」
「はあ?なにそれ」
ちらりと視線をずらすと上手い具合に帰り支度をする生徒の中に紛れ、身を小さくしてこちらを窺う片倉と目が合った。しかし視線がかちあった瞬間それはすぐにサッと逸らされる。
なにあれ、すごいむかつく。めんどくさい。
「悪いけど、本当に今日は無理。楢崎もそうだけど、別のクラスの子も待たせてるから」
「じゃあ待ってる。終わったら教室戻ってこいよ。帰りながら話そうぜ」
「どれぐらい時間がかかるかわかんないから無理だってば」
ぐいと力を込めて鞄を引き寄せると多嶋も少し反抗したが、割とすぐに手を放した。
「もう俺もシラネ。じゃあな、新澤」
「あ、う、うん。じゃあ」
呆れ顔で出て行った多嶋を反対側の扉から身を屈めた誰かが追って行ったがそんな事を気にしている場合ではない。私は小走りで自分の教室へと戻った。
しかし、楢崎がいない。
トイレだろうか。連絡が入っていないか念の為携帯を見ると楢崎からメールが来ていた。
『なんかどーにもどーしよーもないから
体育館でジジイと体動かしてる!』
まあじっと待ってられるタイプじゃないよね。
どうせ市原さんとの待ち合わせはみんな大好き体育館裏だ。私はふう、と一つ息を吐いて力んでいた気持ちを落ち着かせ、踵を返した。
「おらおらおら――――ッ!」
「愛実、舌噛むぞ」
あれって男バスに混じっちゃってる感じですか。
運動神経いいとは思ってたけど男子と渡り合えるほどとは思っていなかった私は、華麗にユニフォーム姿の男子をかわす楢崎をぽかんと見つめた。
フェイントからの絶妙なパスを出した楢崎に、楽しそうな笑みを返した祖父崎君がコートの端、非常に入れにくい場所からのシュートを決めると周りからわあっという歓声が上がる。
市原さんを待たせているのは分かっているけど、なんだか楽しそうな二人に声をかけずらくてまごついていると私が立っている場所からコートを挟んだ反対側から視線を感じた。
「あっ」
思わず声が出てしまう。
ジャージを着ていない事から恐らく応援に来ているのだろう、数人の少し派手な女子の集団の中に河南さんの姿があった。
きゃあきゃあと騒ぐ女子たちの視線はやはり祖父崎君に向いていたが、河南さんの視線だけは私に向かって真っ直ぐ伸びている。
その視線は厳しいものだったが、不思議と悪意は感じない。日々やっかいな男KとTの所為でその手の視線には敏感な私がそう思うのだから、間違いない。ああ、また腹立って来た。
河南さんとも早く誤解をといて仲直りをしたい。いや、“仲直り”というほど仲がいい訳では決してないんだけど、そもそもは存在しない関係に対する誤解だ。出来るなら、これを機に親しくなりたい。だって、河南さんは言い方はキツイが、優しいし、真っ直ぐで好感の持てる人だ。
その為にもまずは一つ、市原さんだ。
またもシュートを決めた祖父崎くんとハイタッチする楢崎に悪いと思いつつも、私はそそくさと体育館を後にした。




