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つみ

「覚えていないか?お前が死の間際、光景に言った言葉を」


何を言った、何を言ったんだっけ。


奈津は、私は、何を。そして何故、先生は。


「何で…」

「それは、『何でそんな事を言うのか』か?それとも『何でそんな事を知っているのか』なのか?後者なら簡単な事だ。『聞いた』からな」


ニヤリと笑った先生の顔が半分夕日に染まり、私の肌が粟立つ。

そうなると、それは光景から?片倉から?


「光景からだよ」


私の心を見透かしたかのように答えた先生の声は、いつもの気だるげなトーンに戻っていて、不安に揺れる心が少し落ち着いた。

じっと見つめ続きを視線で促すと、先生は埃の積もった机に指を沿わせ一本の線を引いた。なんとなくそれが気になって見ていると、先生は並行に幾つもの線を引いていく。


「これで何回目だと思う?」


それが引いた線のことではない事はすぐに分かったが、先生の言葉が何を指しているのか分かったからこそ私の頭は思考を拒絶した。

怖い、聞きたくない。

だけど勿論先生は待ってはくれない。淡々と積み上がった埃のついた指先を見つめて言葉を紡ぐ。再び心がざわめいて握りしめた手の平の中は汗でぐっしょりと濡れていた。


「あいつはずっとお前を探してたよ」

「なんで、なんで先生が、そんな事を知ってるんですか…」

「なんでだろうな。なんでだか俺はいつも見ていた。ずっと見てたんだよ、新澤」


指先から目線を外してこちらを見た先生の瞳に耐えきれなかった私は頭を抱えた。前のめりに身体が傾いでいくがそれを支える力が入らない。額が膝につき、汗が膝を伝って脛に流れ、不快に感じるもそれを拭うことすら出来なかった。

まるで水の中にいるみたいだ。ガンガンと頭は痛むし、先生の声がなんだか反響して聞こえる。息の出来ない、水底。

なんとか持ち直したくて浅い呼吸を繰り返して心を整えようとするも、無機質な先生の声が現実を私につきつけて、呼吸の仕方すら思い出す事が出来ない。


「だけどな、あいつは今まで一度も奈津に会うことは無かった。奈津どころか多嶋にも、昔を覚えている者に会うことは無かったんだ。」


私がどんな様子だろうと語る事を止めない先生の口調は、決して責めるようなものでは無いのに心が追い立てられる。


「それがどういう事か分かるか?

自分の持つ記憶を肯定するのは己のみという中で、会えるか、いるかどうかも分からない奈津を探し続けるんだ。

あいつはそんな生を何度も繰り返してる」

「先生は、ずっと見ていたんですか。なんで先生が、なんで、知ってたなら、助けるとか…」


こんな事を言う資格など私にはないと分かっていたが、自分の心を守ろうとする本能が勝手に薄っぺらい偽善を語る。


「俺があいつを助ける?どうやって?奈津はいない、諦めろって言うのか?それこそ奈津の存在を肯定する事になる。

それに、」


ギッと椅子の軋む音がした。私にかかっていた夕日が陰り、先生が立ち上がった事が分かったが、顔をあげる事が出来ない。


逃げてはいけない。


そう思うのに私の全てがその純然たる事実を拒否していた。


「責任転嫁は良く無いぞ。そもそもはお前の言葉があいつを縛ったのだから」

「いわ、言わないで!分かった、分かったから!!」


叫ぶように声をひり出すも、それは掠れた空気音と重なって、殆ど声にはなっていなかった。私の左耳の上あたりに先生の気配を感じる。



「私を、私と貴方の罪を、忘れないでね」



突き付けられたのは、私の罪。

この言葉が光景を縛り留めてしまった。


断罪されるべきは、私。

私なのだ。



「新澤」


先生がいつもの、まるで朝の出欠を取る時のように自然に私を呼ぶ。

ゆるゆると顔をあげて、立っている為に大分高い位置にある先生を見上げると、その顔は真剣なもので私は益々身を硬くした。


「これがお前が忘れてしまった真実、片倉、いや、光景がお前に語らなかった言葉だ。

全ての事はまだ、明らかになっていない。俺はな、酷い事を言ってお前を追い詰めるけど、俺だっていい加減終わらせたいんだよ。

巡っているのは片倉だけじゃない」


そう、先生もだ。奈津のたった一言が二人の生を縛ってしまった。


ぽん、と頭に手を乗せられるが、そこにいつものような温かみを感じることが出来ず、私は反射的にその手を振り払う。

先生はそんな私に眉を顰めるでも、苦笑するでもなく行き場をなくした右手を頭の後ろにまわしてぽりぽりと頭を掻いた。


「だけどな、今ここには新澤がいる。新澤だけでなく多嶋も俺も一つの場所にこうして集った。その事に確かな意味があるんじゃないかと思ってる。

それがどういう事か、いや、そもそもなんで俺まで巡っているのかわかんねぇが、新澤(・・)なら断ち切れるって俺は思ってるんだ。頑張ってくれ、な」


ぎゅ、ぎゅ、とゴムの軋む音が遠ざかりやがて聞こえなくなる。私は椅子を降りて地べたに座り込むとすっかり暮れてしまった空を見上げた。



「私に、できること…」



どうしたら解放出来る?私達が集った意味は何?

あの日、片倉と始めて会った日。拒絶された彼は何を思った?


どれほどの思いなのかとか、そんな事は何も知らず生きていた私には想像すら難しい事で、でも、だからこそ、私は。


「つぐなわなくちゃ、いけない…」



難産でした…

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