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墓穴


私は私を弱弱しく睨みつける瞳を見つめていたが、やがてその視線は居心地悪そうに彷徨い、下へと落とされた。静寂が私達を包みお互い身動ぎせずに沈黙を守ったが、やはり先に声を発したのは片倉だった。


「奈津の言う友達って、何?」

「え?」


小さく呟かれた言葉を、思わず聞き返す。そんな私に気を悪くした様子も無く、今でも随分近い距離を更に一歩、片倉が埋めた。


「俺には友人と呼べるような人間がいないから良く分からないけど、こうやって避けたり逃げたりするような関係って友達って言えるの?」

「………ごめん」


言い訳はない。避けたのも、逃げたのも真実だ。自分から言い出した事だと言うのに、不甲斐ないのは私だ。


「…俺のクラスメイト達は、友達同士、何かを貸しあったり、助けあったり、ふざけたりしていた。

俺は、奈津の事を助ける事が出来る。求めるものを与える事が出来る。なのに何故、求めない?」

「私が求めるものって?」

「眼中にすら、ないって事かよ…」


私の返答に片倉は苦笑しながら頭を垂れていたが、求めるものが何か、さっぱり見当がつかない。助けるって、あの嫌がらせの事を言っているのだろうか。

なんと言葉を返そうか逡巡している私の肩口に、片倉が何かを押しつけるように突き出してさっと背中を向けて歩き出して行く。


「使って」


訳が分からず渡された物を確認すると、それは正に私が昼休み中探し求めていたプリントだ。

いつもの事ながらなんで私がこれを探している事を知っているのだろうか。

しかしそんな事はどうでもいい。大事なのは私はお礼も何も言っていないって事だ。


「…ここで逃げたら、もう一生だめなままだ」


だるさの残る足を振り上げて廊下を走り、片倉の背中を追いかけた。

突き放したのも、約束を破ったのも私。裏切っておいて手前勝手な理屈をおしつけたのも私。

だけど片倉は電波ながら、いつも健気だった。

許さないといいながらこうして私を許して、甘やかす。いつも一歩踏み出してくれる。


だから今度は、今度は私が。


「片倉!」


やっと追いついた背中が、ぴたりと動きを止めた。

乱れた息を整えながら近づくと、少し驚いた顔の片倉がこちらを振り向いた。

足を止めたその隙に小走りで今度は私から距離を詰めると、片倉はニ、三歩後退ったがその距離すらも埋める。先ほどとは逆の状況だ。

そして一つ深呼吸をして声を出す態勢を整えて、片倉に向き直った。


「プリント、ありがとう。失くして困ってたんだ。悪いんだけど、多嶋と菅先生の分もコピーさせて貰ってもいいかな」

「…そんな事言いに、追いかけて来たの。あいつらのために」

「違うよ。又貸しするんだもん、きちんと許可を取りたかったの。誰かの為とかじゃなくて、私と片倉の信頼の問題だよ」

「………信頼」

「そう、信頼。友達同士ですっごく大事なこと」


まっすぐに見据えた瞳からは何も読み取る事が出来なかったけど、私は私の出来る最大限で応えたかった。


「奈津は、俺を信頼してる…?」

「信頼、する。だから片倉にも私を信頼して貰えるように頑張る。対等になれるように」

「…対等?」

「私は自分の事しか考えていなくて、いっつも無理だ、無理だってそればっかりだった。だけど片倉はそんな私をこうして甘やかすし、でも、こんなんじゃ駄目なの。私が言った言葉くらい、責任を持つから。だから、頑張る、頑張ろう」


走ったせいで上がった息も鼓動も落ち着いていて、私の心も穏やかだった。

一つ、とりあえず小さな一歩だけど進めた気がする。少しは成長出来てるのかな、私。

しばらく軽く目を見張ったまま私を見ていた片倉だったが、やがてふ、と小さな笑みを漏らした。


「…あなたは、奈津とは違うね。彼女より、ずっと強いよ」

「そういうあなただって、光景より、ずっと子供っぽい」


私の言葉におかしそうに笑った片倉は、また少し私に近づいて右手を差し出した。


「片倉光景だ。よろしく」


少し面食らったが、私も右手を出してその手を握った。そういえば私達、ろくに自己紹介もした事なかったっけ。


「新澤奈津だよ。よろしくね」


思わずお互い噴き出して声を上げて笑う。

こんなに素直な、年相応な笑い方をする片倉を始めて見た気がする。ここからやっと私達は始まるんだ。友達として。

そう感じた時、ふいに繋がれた腕が引かれバランスを崩した私は前に倒れ込んだ。

私の頬に伝わるぬくもりに思考が停止する。

あれ、あれ、えっと。友達…、友達って…。


「とっ友達は抱きしめあったりしません!!」

「海外のドラマなんかではよくやってるよ」

「ここは日本ですけど!?」


非常に楽しそうな声で笑った片倉はいつの間にか私の背中にまわした手にぎゅっと力をこめやがった。落ち着いていた体温も鼓動もさっきの非じゃ無いくらい急上昇して、私は両手を片倉の胸に突き出した。


「は、はなせえ!」

「ねえ奈津、俺たちは友達で、対等でしょ?だったら名前で呼んで欲しいな」

「呼ぶから、呼ぶからとりあえずこの拘束を解いて下さい!」

「今、呼んだら放してあげる」


ああ!数分の私の口をガムテープで塞いでやりたい!


「み、光景!!」


「こら!もう授業が始まってますよ!早く教室へ戻りなさい!」

「すいません、つい話込んでしまって。すぐに戻ります」

「あら、片倉君。めずらしいわね。ほら、あなたも、…大丈夫?顔がだいぶ赤いようだけど」

「なんなら俺が保健室まで付き添おうか?奈津」

「結構です!」


生活指導の先生の横を抜けて教室へと走った。後ろから廊下は走らない云々と叫ぶような注意が聞こえたが、そんなことはどうでもいい。


「はめられたっ、はめられたっ、はめられたっ!」


力を込めて握りしめてしまった所為で折角借りたプリントが多嶋レベルに皺くちゃになったが、そんなことも、どうでもいいのだ。

私はただひたすらに、廊下を走った。



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