空回る
「みずほ?確かラウンジでご飯食べるって言ってたけど…」
急いで一組に駆けこみ、手近にいた生徒に聞いてみたが高場さんは不在だった。今日はとことんついてない。
再び走ってラウンジに向かい混みあう中を探すも、その姿が見つからない。擦れ違いになってしまったのだろうか。並ぶテーブルの間をちょこまかと探し回る私に、声が掛けられた。
「誰か探してるの?」
「え…うん。エート、高場さんって、分かる?」
私に声を掛けて来たのは今まで見た事ない女子生徒だった。小柄で、少しふくよかだがぱっちりとした目が可愛らしい。
誰だろう、ファンクラブの子だろうか。悪目立ちをしている自覚はあるので面白がって声を掛けて来たのかもしれない。
「みずほ?さっきまでここで一緒にご飯食べてたんだけど、本の返却期限切れてたの思いだしたって図書室に行ったよ」
「ありがとう!行ってみるね」
にっこりと笑った彼女にお礼を述べて三階にある図書室へと走った。もう足が乳酸漬けで思う様に動いてくれなかったがちんたら歩いている時間はない。
図書室に着いた私は、カウンターに座る図書委員に声を掛けた。
「すいません、一年一組の高場みずほさんて、本の返却に来ましたか?」
「えっと、少々お待ち下さい」
待っている間広い図書室を見渡してみるも、高場さんらしき人影はない。もうすぐ予鈴も鳴るし、教室に帰ってしまったのかもしれない。大人しく教室で待っているのが無難だったと後悔しながら、額ににじむ汗を手の甲で拭って貸出履歴の確認作業の様子をじっと見つめた。
「あの、高場みずほさんは本を借りた履歴はありませんけど…」
「え…。あ、そうですか。ありがとうございました」
なるほど。子供っぽい事をするとは思っていたけど、自ら犯人と名乗り出るような事をするとはやっぱり彼女は嫌がらせをするには少し足りてない。
あの子は誰なんだろう。高場さんの事を知っていたから、一組の子か、内部の子か、片倉のファンクラブの子か。
範囲が広すぎる。
だけど外見が分かった以上探そうと思えばすぐに分かるだろう。イライラした気持ちを押し込めながら教室へと歩く。
ふと窓に目を向けると、廊下を左に曲がった先の窓の向こうに気まずい相手を見つけてしまった。片倉だ。
一度図書室に戻ろうか。
「いやいやいや、なんで逃げる感じなの…。私…」
咄嗟に“友達”になろうなんて言ってしまったけど、本当にその言葉は彼にとって、私にとって適切だったのだろうか。
片倉が望んでいたのはそんな関係では無い事は百も承知だ。だけど、所謂“恋人”という関係も、本当に片倉が望んでいるのかという部分で私は納得出来ていなかった。だってあの人は、私に恋愛感情などないだろうから。
彼を動かしているのは奈津への執着。三年しかない高校生活を私の事を好きでもない人と付き合ってふいにしてしまう程私はお人よしになれないし、第一好きでもない人と恋人になんてなれない。
私は、恋愛が怖い。
今まで誰かを好きになった事が無い分未知のモノに対する恐怖という所もあるが、やはり、奈津の記憶が私に干渉している部分も少なからずある。
奈津の、過去の辛い別れの記憶が私を躊躇させる。この平成の世で私と関わって死ぬなんて事は99.99%の確立でないだろうけど、それ以上にあんなに人を狂わせるほどの想いというものが怖かった。自分が自分でいられなくなるような熱情を、私も抱く事があるのだろうかと。
考え過ぎだって分かってる。でもまだ、一歩踏み出す勇気を持てないでいるのは片倉の感情がストレート過ぎる所もあるからだ。ええ、責任転嫁ですよ。
だから今日はまだ逃げよう。
イケメンの睨みというものは紙で指を切ってしまった感じの痛みが心に走るから。
踵を返して一度図書室に戻った私はプリントは次の最後の中休みに走って高場さんに借りるか、最終的には多嶋のアレをコピーさせて貰う事にしようと決めて昼休みが終わるまで本でも読むことにした。
うちの図書室はさすがマンモス校というか、利用生徒が多い分テーブルスペースも多くとられているし、蔵書の数もなかなかのものだ。入口脇のカウンターに申し込めば奥にある自習室も利用可能であり、一席ずつ仕切り板が左に付いているタイプなので集中出来るとテスト前になると大変混みあうらしい。
勿論今は使う用事も無いので等間隔に並ぶ背の高い本棚の間をゆっくり歩きながら興味のそそられる本が無いかと背表紙を指でなぞる。しかし場所が悪かったのか専門書のような訳のわからない日本語の踊る文字の羅列にめまいを覚えた私は無難に手塚治虫でも読もうとタ行の棚を探して奥の方へと足を踏み入れた。
独特な匂いと静寂、人気のない様子は何か出るんじゃないのかと少し警戒してしまう。
「て、て、て…」
さっさと借りてさっさと人のいる方へ行こうと集中して本棚を見ていると、カタン、という本を戻す音がすぐ横から聞こえた。
「わあっ」
誰もいないと思っていた事もあって、ふいに耳に入った決して小さくない音に自分でもびっくりするぐらいの大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえ、音の方向を見る。
見て、心のどこかでやっぱりな、と呟いた。
「何探してるの?」
「…ブラックジャックでも、あればなあって………」
「授業中に漫画を読む生徒がいるからって去年撤去されたんだ。だからもう、奈津の探しているものはここにはないよ」
「そうなんだ、知らなかった。どこにでもあるものかと…」
「逃げられたと思った?」
笑顔なんかじゃない。優しい声でもない。怒りすら滲まない無表情ではあるが、悲しい、寂しいのだろうかと思った。
本棚に手をついた格好の片倉は、私を逃がす気など更々ないようだ。
「思ってないよ。もう、慣れた」
ストーキングに?それとも片倉に?
それにしても、なんで私はこんなに冷静なんだろう。
こんなに奥まった、人目につかない場所で、しかも退路を完全に塞がれているのに、笑みすら浮かべないこの男を私は何故だか真っ直ぐ見つめることが出来ていた。




