意味
「これ、可愛いかも…」
「すこぶる地味だけど地味なあんたには地味にお似合いかもね」
「何回地味って言うんですか…」
「本当の事言って何が悪いのよ。ほら決めたんならさっさとレジ言ってきなさいよ」
河南さんに連れられるまま駅前のアクセサリーショップにやってきた私達は様々な髪留めやシュシュを手にとってはあーでもないこーでもないと、主に言っていたのは河南さんだが、所狭しと並ぶ色とりどりのそれらを手にとって選んでいた。
背中を軽く押されよろめきつつも私はようやく決まった黒のシフォン素材のシュシュを持ってレジへと向かう。価格は六百三十円。十分予算範囲内だ。
値札を切って貰い、店内の鏡を見ながら髪をやり換えた私はピアスを見ている河南さんに借りていたシュシュを恭しく差し出した。
「あの、ありがとうございました」
「フーン。結構いいじゃない。地味だけど。
私ピアス見てくから先に帰れば?」
「いや、待ってます。色々とお話も聞きたいし…」
「あんたと私が何話すってのよ。…まあ、勝手にすれば?」
横に並んで壁一面にかけられたきらきらのピアス達をざっと見渡した。
河南さんはリボンのゆれピアスとフープタイプをじっくりと見比べていて、その目つきは真剣そのものだ。
私は一度河南さんと話がしてみたかった。
多嶋がどうこうというより彼女との会話は単純明快でテンポが気持ちよく、話していて楽しい。私が多嶋と付き合っているという誤解を解いて、彼女さえ嫌でなければ友達になりたかった。
リボンのピアスに決めたらしい河南さんは迷い無い足取りでそれをレジに持っていき、また迷いない足取りで店を出て行った。
私は完全スルーですか!
慌てて私も小走りで店を出ると、入口のすぐ脇の所にニヤけた顔をした河南さんが立っていた。
「走ってるし、ださっ」
「話したいって言ってるのに、河南さんが置いて行くからじゃないですか!」
じわじわと上がる体温を誤魔化すように河南さんの服の裾を掴んで詰め寄ると、彼女は面白いものを見る目つきをやめて真面目な顔で私に向き直った。
「だーれがあんたと話すって言ったってのよ。
いーい?あんたと私はライバルなの。どこの世界で男を取り合う同士で仲良しこよしする女がいんのよ。じゃあ買い物も終わったし私は帰るわ」
「あの、それ誤解なんですけど!私ヤツとは付き合ってないし!付き合う予定も、それどころかお互い好き同士ですら無いっていうか…!」
「はあ?私ははっきり“付き合ってる奴がいるから無理”って言われたし、あんた達が仲良さげに話してる所何度も見てるんだから。それに例え付き合ってないとしても、あんなに近い距離にいるあんたはやっぱり敵よ、敵。まあ敵って言ってもレベルにはおーきな差があるけど」
口を挟む隙を与えられぬまま私を真っ直ぐ射抜く河南さんの瞳を私も見つめ返す。しばらくそうして見つめあっていたが、ややあって河南さんがつまらなそうな顔でふい、と視線を外した。
「あほらし。本当に、なんであんたなのよ。…私帰るわ」
「河南さん」
私の呼びとめる声に振り向きもせずに河南さんは雑踏の中に消えて行った。
『なんであんたなのよ』
高校に入学してから何度言われた台詞だろうか。
私と片倉と多嶋を繋いでいるのは過去の記憶。
それさえなければ多嶋はともかく片倉と接する機会なんて無かっただろう。多嶋とだってこんなに話すことは無かったかもしれない。
なんで私だったのかなんてそんなの私が一番思ってる。
記憶があった事で怪我もしたし嫌な目にもあった。こうして誰かに拒絶される事もあった。
でも、記憶があったからこそ繋がった人たちもいる。美織に楢崎、千夏ちゃん、ゆず、祖父崎くんも…。
記憶が無かったらなんてたらればを悶々と考えてしまう時もあるけど、それは意味の無い事で、実に不毛な時間だって理解してる。
ちょっと前までは、そのループに嵌って、奈津を憎く思ったこともあった。
「なんで私なのか」
だけど今は違う。
私だった事に意味がきっとある。私が、私達が記憶を持って、同じ高校に集った事にはきっと意味があるのだ。
一つずつ、クリアしていこう。
片倉の事、河南さんの事、それとあのちまちました嫌がらせの事。
まずは順番に、片倉の事から片付けよう。
家に着いた私は携帯のアドレス帳から多嶋を選択して発信ボタンを押した。
『だから、俺がアイツから聞いたのは奈津の全てを貰う約束ってやつだけど、違うのか?』
「うう、違くない、違くないけど、前世でした約束って今世まで有効だと思う?」
『シラネ。だけど言ったろ?前世の事は前世の事だって。奈津はお前じゃない。片倉だって、俺だって違う。
一回お前らきちんと腹割って話せよな。ずるずる引き延ばすのはよくないぞ』
「分かってる。ちゃんと、話すよ」
『じゃあ一旦切るな。片倉に連絡取ったらまた掛けなおすわー』
「は!?ちょっと!多嶋っ」
ツー、ツー、という電子音が虚しく鼓膜を震わせる。なんで多嶋はこう、いつも急で人の都合も心構えとかも丸無視の空気読めない行動を平然とやってのけるのだろう。
嫌な汗をかきつつ、携帯を握りしめて早鐘を打つ心臓を抑えるべく深呼吸をした。
ブー、と携帯が震え、私の手に着信を伝える。すぐさま通話ボタンを押して携帯を耳に押しあてた。
「ちょっと!勝手になんでもかんでも進めないでよ!!」
『えっ?ご、ごめん。だけど、ごめん、何を?』
「えっ、片倉君?えっ?」
『うん、片倉だよ。片倉光景』
思わず耳から携帯を離して画面を見ると、そこには知らない番号が表示されていた。またこのパターンかい。
『奈津?』
「あ、ごめん。ちょっと突然で驚いて。状況の確認してた」
『そう。それで、俺と話があるって多嶋から聞いたんだけど、どうしたの?』
「あー、えっと、出来れば会って話せないかな?きちんとしたいっていうか」
私のトーンから内容を察したのか冷静な、でも少し嬉しそうな声で是と答えた片倉に胸が痛んだ。
私はこれから彼を拒絶するのだから。
『どうしようか。奈津の家に行こうか?』
「え、いやいやいや、家は、散らかってるし、出来れば外で、エート、この前の公園はどうかな」
『そろそろ夕飯の時間だし、外はまだ少し冷えるから店にしよう。駅近くのファミレスはどうかな。駅から少し離れた所のファミレスなら、そんなにうちの生徒もいないと思う』
「…あ、じゃあそこで」
『うん、待ってる。また後でね』
通話終了ボタンを押して、思わず口から大きな溜息が出た。
しかしうだうだしている時間は無い。制服から私服に着替えた私は家を出て教えられた店へと向かった。




