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取り戻す日常


目覚めは最悪だ。頭はガンガン痛むし、目の奥が熱い。一応体温計で熱を計ると三十七度五分あった。


「絶対、知恵熱」


時計は早くも無く、遅くも無く。いつも起きる通りの時間で、ようやく長い夢が終わったのだと実感した。

光景との約束は“残りの時間と私の全てを捧げる”事。

あの時、道で出会った片倉が私にそれを要求したのは彼が“光景”そのまま現代を生きているからなのだろうか。彼の中では二人の約束は続いたままなのだ。

よもや生まれ変わって再び出会うなんて事を思いもしない奈津の思惑が外れた結果になるが、そもそもこれって有効なのか?

残りの時間って、普通、いや普通の定義を考え出すとキリがないけど一般的に考えて、寿命が尽きるまでって意味だと思うんだけど。そして約束を果たして欲しいってのはあれか、付き合えっていうか結婚しろっていうか一生一緒にいてくれや的なあれなのだろうか。


「む、むりぃ」


その辺も一度本人と話し合わなければならない。その前に多嶋にもう一度確認した方がいいのだろうか。奴は片倉と私の約束を聞いたと言っていたし、片倉が約束を現代風にどう解釈しているのかを知っているはず。

取りあえず、学校にいかなければ。

昨日の残りのハンバーグを食べれる状態では無かったので食パンを三口ほど齧って、薬箱から解熱剤を出して飲む。口元に苦みを感じながら制服を着替えると、憂鬱な気持ちで家を出た。


「おはよう、新澤さん」

「あ、お、おはよう」


登校途中私に声を掛けてきたのは意外にも小早川さんだった。

照れ隠しなのか眉間に縦皺を寄せて頬を紅潮させている様子がツンデレ好きには堪らない感じだ。私は別にそんな属性はないはずなのだが、数日前に私を思いきり突き飛ばしてくれた彼女に可愛いなんて感情を抱けるなんて、私の心は秋の空どころの変わりようではない。


「何よ!その微笑ましそうな顔止めなさいよ!」

「いやそんな、ただ可愛いなって思ってただけだから」

「なんで挨拶して可愛いと思われなきゃいけないのよ!ああもう、話しかけるんじゃなかった!」


そう言いながら行ってしまった小早川さんの耳は赤くて、私もつられて顔が紅潮するのがわかった。なんだろう、巷では私にデレるのが流行っているのだろうか。んな馬鹿な。

教室に着くと、先に着いていたいつものメンバーに挨拶を交わして他愛の無い話をした。深夜にやっているバラエティ番組の話とか、流行りの歌手の新曲の話とか。普通、びっくりするほど普通だ。私の求めた普通の日常がそこにはあった。

何にもなく一日を終え、私は美織と部活が休みだと言うゆずも一緒に帰りに鯛焼き屋さんへと寄り道した。ちなみに楢崎は祖父崎君と帰り、千夏ちゃんはバイトだ。

美織お勧めのそのお店の鯛焼きは通常の三分の一のサイズで、皮はもちもちとしていて甘く、たっぷりと入ったクリームと相まって凄くおいしかった。一つ五十円という大変私に優しい値段設定であったので、スタンダードなあんことカスタードクリームをその場で食べ、なおかつ持ち帰り用にいちごクリームと抹茶、プリン味まで買ってしまった。

それでも二百五十円、今度来るときは是非バナナとチョコ、期間限定味にも手を出したい。

このまま解散するのもなんだし、話して帰ろうと言う事になった私達は鯛焼きを頬張りながら駅近くの公園に寄った。そう、片倉と話をしたあの公園だ。

なんとなく微妙な気持ちになりながらあのベンチは避け、不自然過ぎる私の提案により入口より遠く離れたベンチに座った。

ひとしきりくだらない話で盛り上がり、少し間が空いた頃、ゆずがあったかく笑ってこちらを見た。


「本当に、よかったよ。無事解決して。あ、無事ではないか。

でも意外だったなあ。あの小早川さんがそんな気を回してくれるなんて」

「…言いにくかったらいいんだけど、美織の事、その」


いじめたのは彼女ですか、とハッキリ言う事が出来ず情けなく語尾を濁す私を察して、二人が可笑しそうに笑う。答えてくれたのは美織だ。


「違うよ、色々としてきたのは前にも言った、賭けの対象に上がってた、有力だったけど振られちゃった子。今思えば有力でもなんでも無かったんだけどね。だって片倉君のなっちゃんに対する態度みてれば、うん。もう全然だ。

結局その子は中学卒業後、外部受験してもういないの。片倉君の振り方って結構きついみたいで、結構外部に出てった子も多いよ」

「何カ月も毎日欠かさず話しかけて告白しても、君の名前は?とか平気で言ってくるらしいからねー。

ただ小早川さんはいじめの主犯格ではないけど、そのグループには参加してたかな。だから私も美織も彼女にはあまりいい思い出は無いけど、多面性って言うか、人には悪い部分もいい部分もあるから。私達が彼女を好きになれなくても、なっちゃんもそうする必要はないからね」

「…ごめんね、二人には色々と気を遣わせちゃって。本当に、ありがとう」


私が二人に頭を下げると、困ったように眉根を寄せたゆずが慌てて私の肩を押して顔を上げさせた。美織も髪が乱れるくらいぶんぶんと顔を横に振っている。


「いやいや、私なんか部活が始まってから全然付いててあげられなくて、逆にごめんね。今回の件で、こういう言い方はあれだけど、楢崎さんと増谷さんを味方につけられたのはすっごく大きかった。内部の中で男女ともに人気のある二人だし、増谷さんなんかは元FCであっちにも友達が多くて顔が効くし、楢崎さんはあの調子で大抵の事は突っぱねちゃえる運を持っているというか…」

「わかる、愛実ちゃんて猪突猛進!て感じだよね」

「確かに、楢崎に来られたらめんどくさいし、もういいかってなるよね」


笑いあった後、先ほどの真剣なトーンとはまた違った、少し言いにくそうな顔で今度はゆずが頭を下げた。


「ごめん!なっちゃん!この前の事なんだけど、あの、多嶋君の…。なっちゃんに伝えなかったのはのけ者とかそういんじゃ」

「いやあのまじで私多嶋と何にも無いから謝って貰う必要ないからね」


ゆずの両頬を手で挟んで目を合わせ、言い聞かせるように滑舌よく答える。困ったように眉を下げて笑ったゆずと美織をじとりと睨みつけると、二人は目配せをしてそれきり何も言わなかった。


「…それに、その子と会ったよ。薬局で偶然、負けないとかなんとか言われて、何のことか分からなかったけど後でその話し聞いて、ああって」

「あー、そっか。ごめん、あの子悪い子ではないんだ。ちょっと思いこみの激しい所があって。…なんか言われた?」

「うーん、言われたは言われたけど全然イヤミが無いと言うか、私は好印象を抱いたよ。なんであんな可愛い子が多嶋を好きになったのか人類の神秘すぎるよ」

「なんか多嶋君に助けられたみたいだよ。バスで酔っ払いに絡まれた所をこう、「やめろよオッサン」って。どうするー?なっちゃん!多嶋君は断ったみたいだけど高校生活まだまだ始まったばっかりだし早い所決めないと盗られちゃいますよ?

「私、多嶋だけはないから!」


前世で夫婦で今世も一緒なんて冗談じゃない。奈津の記憶を取り戻しながら、彼女の“感情”を思い出して引っ張られる事が無いとは言わない。だけどそれ以上に私はあんな空気の読めない奴はごめんなのだ。

言いきった私に目を丸くした二人だったが、再び目を合わせてニヤニヤと笑うと、分かってるから、とも言う様に頷いたので、私は益々多嶋とは絶対に付き合わないという気持ちを固くした。






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