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最後の




「奈津?」

「…あと一回だ」

「何がだよ。寝ぼけてんのか?」

「…そうかも。おはよ」

「おう」


ヒロくんが用意してくれた朝食を二人で取り、服を着替えた。

ヒロくんは昼過ぎの飛行機に乗るらしいので、少し早目に空港に行ってお土産を買おうと言う事になった。昼も奢ってくれるらしい。やったね!

ばあちゃん用と、ばあちゃんを世話してくれている隣の中村さんと、迷惑を掛けてしまった職場の人と。両手にたくさんの紙袋を抱えながら、私達は広すぎるくらい広い空港を物見遊山に見て周った。

宛ても無く彷徨う事に疲れた私達は適当な蕎麦屋に入り、一息ついた。本当は折角の奢りだし、一人暮らしじゃご縁が無いステーキなどのお肉を食べられる店に入りたかったのだが、思いのほか歩き回ることに疲れた事もあり空いていた店にしたのだ。私は自分が思っているより体力が落ちているみたいだ。まあ病みあがりだし、家事なんかはヒロくんが全部やってくれたのでここのところゴロゴロしているだけだったので、当たり前といえば当たり前なのだが。

保安検査場の前で「辛い所無いか?」「本当に大丈夫なのか?」「変な奴に騙されるなよ」「きちんと電話しろよ」などと、“お父さん”スイッチが入り全くその場から動こうとしないヒロくんの背中を押して半ば強引に列に並ばせた。係りのおじさんにも笑われて、全く、心配してくれるのは有難いが場所を考えろと言いたい。

何度も私の方を振り返るヒロくんを手で追い払う仕草で見送った私は、その姿が見えなくなると襲い来る寂しさに身悶えた。ああ、自分がキモチワルイ。


「少しぐらいデレてやるか…」


今頃は携帯の電源を落としている事を見越して、メールを打った。


『来てくれて、ありがとう。ヒロくんのお陰で元気が出たよ。GWには戻ります』


二時間後、電源を入れたヒロくんから電話が来ることを見越して私は指定留守番電話に叔父の番号を設定した。これでかかって来たとしてもダイレクトに留守番行きだ。デレた分ツンも足しておかないと、ツンデレの比率が狂うからね。


土曜日という事もありごった返す空港からさっさと抜けだして私は自宅へ戻った。

荷物を置いて、床に座る。

人が帰った後に来る特有の虚無感から私は何もする気が起きずそのままぼうっと暮れゆく空を眺めた。

あと一回だ。

これは予感ではなく、確信だ。

あの朝片倉が現れるのが分かったのと同じ、根拠の無い確信。

もう一度、眠ってみようか。

のっそりと立ち上がってベッドに潜りこむ。布団を引きよせて目を瞑っても、冴えた頭は中々眠ってくれなかった。

眠れぬまま枕元に置いた携帯を手繰り寄せて時間を見る。なんと、一時間も経っていた。ついでに言うと留守電も入っていた。


『おう、奈津か。今着いたぞ。つーかお前留守電にしてんじゃねーよ!出ろよ!

…メール見たぞ。俺はお前の家族なんだし辛い時傍に行くのは当たり前なんだから、うじうじ悩む前にさっさと電話しろよ。じゃあ、またな』


「ぐああああ…」


私は羞恥による深刻なダメージを誤魔化すように勢いよく起き上がると夕飯の準備をすべくキッチンへと向かった。


昼にステーキを食べられなかった代わりにハンバーグを作って食べた。数個小さなサイズも焼いておき、冷めた頃にラップで巻いて冷凍庫に入れておく。これはお弁当用だ。一人ではそんなに食べられないし、冷凍食品を買うより安く済む。

ここのところヒロくんがお腹に優しいメニューをずっと作ってくれていた事もあり、いつもはハンバーグを二つぐらいならぺろりと平らげられるのだが突然の肉に驚いた胃袋が消化を拒否したので、私は一つ目を半分くらいだけたべて後はラップをして冷蔵庫にしまった。

凭れた胃をさすりながら私は携帯電話を見つめた。

多嶋に、電話してみようか。

端的な夢が繋がって過去の輪郭が見えてきたが、私は“奈津”の記憶しか引き継いでいない。あの女中の話から分かった事と、偶に聞こえ入る情報を繋ぎ合わせてやっと光景の裏切りまで考えが至ったのだ。

菅先生の言った通り、私は多嶋からもきちんと過去の話を聞いてみたかった。出来れば約束を知る前に。

知った後、自分がどんな風に揺らぐのかわからないし、知りたくないって思ってしまうかもしれないから。

ええい、出るかもしれないし、出ないかもしれない。半ばやけくそに通話ボタンを押した私はバクバクと嫌な鼓動を刻む自らの鼓動を耳元で感じながらコール音を聞いた。五コールで切る、五コールで切る…。


『もしもし?』

「うわっ出たよ」

『お前がかけたんだろ?第一声にその言い草はないだろーが。それとも間違えたんか?俺多嶋だけど』

「間違えてないよ、ええと、夜遅くにごめん」

『別に!まだ八時だしな。そういえば片倉のファンとの事、解決して良かったな。残るは“本題”だけって訳だが、解決しそうか?」


うう、嫌な所を突かれてしまった。低いうなり声を上げた私を多嶋が軽く笑い飛ばしたけど話を流してはくれないようだ。


「それも、来週中にはって思ってる。

…多嶋に一個確認しておきたいんだけどさ、過去の、あの時攻めて来たのは“私の実家”だったの?」

『いや、違う。まあ裏で糸を引いてたのはお前んとこみたいだったけどな。援軍要請しても全然来なかったし、来たと思ったらあれだろ?

でもま、そういう時代だったんだ。それにもう終わったことに後から文句言っても何も変わんねえし、仕方ねえって笑っとけ』

「ほんっと、うらやましい性格してるよ。」

『それが俺のいい所だろ?』


世界中の皆が多嶋みたいな性格してたら争いとか起こらなさそうだ。そんな世界絶対いやだけど。

適当に電話を切った私は一つ大きな溜息を吐いてから浴室へと向かった。

風呂からあがり髪を乾かしながらぼうっとテレビを見ていると、段々瞼が重くなってくる。布団にもぐりこんでゆっくりと目を閉じて押し寄せてきた睡魔に身を任せた。

これで終わりかな。

明日になったら何かが変わるのかな。


ゆるやかな眠りは、私を夢の世界へと(いざな)った。









「光景、今はまだ冬なのかしら。なんだかとても寒いの」

「もう外は春だ。早く良くなって一緒に庭を見よう、桜がとても綺麗なんだよ。だからお願いだ、お願いだから…」

「泣いているの?いい年をして、子供みたいね」


俯いた光景の震える肩に手を伸ばして見ても、それは思ったよりも遠くて届かない。やせ細った自らの腕を見て、私はもう長くないのだと悟った。


「光景、貴方は本当に私に良くしてくれました。だからどうか自分を責めないで」

「そんな話はしたくない。もっと普通の話をしよう。もう少ししたら躑躅(つつじ)が咲くよ。幼い頃、よく二人で蜜を吸ったね」

「…そうね。幼い時から今まで、貴方とはたくさんの思い出を共有したわ」

「そういう言い方はだめだ、だめだよ奈津。貴女は良くなる、だから」

「返事をしましょう。貴方に返せなかった、私の気持ちを」

「今は聞きたくない!」


子供が駄々をこねるように耳を塞いだ光景はそのまま部屋を辞してしまった。

色々な事があった。

夫を愛していたし、愛されていた。私達の想いは天秤がどちらに傾く事無く並行だった。

だけど光景の愛は違う。

光景は私を手に入れる為に彼を裏切り、亡きものとした。

私はその想いに釣りあうほどの想いを持たぬまま光景の優しさに逃げた。しかし曖昧なままの感情と過去の想いの歪が私の心と体を蝕んだ。どこまでもずるい女だ。死という誰も追いつけない場所に逃げ込もうとしているのだから。


「薬湯を持って来た。起き上がれる?」

「ええ、ありがとう」


やがて何食わぬ笑顔で戻って来た光景から薬湯を受け取り、少しずつ嚥下した。しかし少量でも私の喉はそれを上手く流す事が出来ずに咳き込んでしまう。背中をさすってくれる光景の手を掴んだ私は、真っ直ぐにその置いて行かれた子供の様な瞳を見つめた。

言おうと思った言葉は喉の奥に詰まり、かわりに私の目からは涙が溢れる。これは何の涙なのかは、自分でも分からなかった。


「奈津、俺は貴方を愛している。貴女は俺を少しでも、想ってくれていた?」

「友愛でもなく、親愛でもなく、私も貴方を愛しているわ」

「本当に?では、約束をして。

残りの時間全てを貴方の全てを、俺にくれると」

「ええ、約束しましょう」


私はずるい。残りの時がもういくらもない事を知っていてこんな約束を交わすのだから。

だけどこれが、私に縋るこの男への最後の愛であり、私が愛した彼を奪った男への復讐。


ねえ、光景。私は貴方を裏切るけれど、どうか、どうか。




「私を、私と貴方の罪を、忘れないでね」




掠れた声で呟いた言葉が、貴女に届いたのか。確認する前に、私は深い眠りへと落ちていった。






愛しているという表現はこの時代では使われていない言葉ですが、他に適当な言葉が思いつかず、そのまま使用しました。違和感を覚えられた方もいらっしゃるかもしれませんが、ファンタジー戦国時代という事で流していただけると幸いです。


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